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31:皇帝ギルベル①

 数日後の夜――。


「我ながら上々の出来だ!」


 俺は、夜の帝都を歩きながら、ショーウインドーに映った自分の姿を見てガッツポーズをした。

 どこからどう見ても、いい筋肉をした騎士。まさか俺が皇帝ギルベルだとは、誰も思うまい。

 いつも町に視察で出る時はアシュバーンお手製の幻覚魔法具で姿を丸ごと変えるのだが、今夜はあいつに内緒の外出なので、自らの手で変装をした。まぁ、近しい者でなければ気が付くことはないだろう。


 俺はアシュバーンのストレスの原因たる【スパイス食堂】のご令嬢がどんな女性なのかを知るために、張り切って城を抜け出していた。

 この日のために俺は皇帝権力を活用して舞踏会を主催し、なるべく夜遅くまでアシュバーンを会場に拘束する計画を立てた。

 あいつの好きな酒をたくさん飲ませて酔わせ、俺はタイミングを見計らって、護衛騎士のハンスを身代わりにして城を出る――予定だった。だが、アシュバーンはかなり酒に強く、計画は大きく違えた。あいつに想いを寄せる令嬢が百人ほど周りをうろうろとしていたので、彼女たちに話し相手を任せて飛び出した次第だ。


(もしバレたら……とは考えないようにしよう。今はアシュバーンのストレス問題が重要だからな!)


 怒ると喋らなくなるアシュバーンの殺気立った目を思い出しながら、俺は町の路地の角を曲がった。たしかこの辺りに店の入り口を繋いだと、アシュバーンが言っていた。

 森にある店と帝都の建物を常時繋ぎ続けるなんて魔法、有識者が聞けば泡を吹いて倒れそうな内容だが、それをやってのけるのがアシュバーンという男だ。


 貴族学校時代から、アシュバーンの魔法の才能は抜きんでていた。魔術師団の団長だった父親の血をしっかりと受け継ぎ、見えないところでしている本人の努力もあったのだろう。あいつは教師もお手上げの傲慢な優等生となり、わずか一年で学業を修め切り、学校を卒業してしまった。


 当時、悲しいことに俺はアシュバーンから友人と認識されてはいなかったらしいのだが、その実力に惚れこんだ俺は、何度も何度もあいつを口説きに行き、ついに宮廷魔術師としてスカウトすることに成功したのだった。


 それからのアシュバーンは、俺の右腕、そして帝国の頭脳として八面六臂の大活躍をしてくれた。

 初めは優秀過ぎるがゆえに、ゲーム感覚で政治に取り組んでいたように思える。だが、二年前のあの日を境にあいつは時間に急き立てられ、身を犠牲にしながら働くようになり、「僕には時間がない」が口癖になるような今に至る。


(頑張るあいつのために、俺がしてやれることは何だってする。それが俺の恩返しだ)


 まずはストレスの除去だな! と、俺はいよいよ【スパイス食堂】の看板が下がったドアに手を掛けると――。



 こぢんまりと落ち着く雰囲気の店で出迎えてくれたのは、くすんだ金髪に綺麗なグリーンの瞳をした若い女性だった。たしか名前は――。


「フィーナちゃん、また来るね~っ!」


 俺と入れ違いに店を出て行く男性客は、満足そうに顔をほころばせていた。少し酒の匂いもする。

 彼を丁寧に見送った後、フィーナは俺の方を向いて「いらっしゃいませ。初めてのお客様ですよね?」とにこやかに微笑んでくれた。


 第一印象は悪くない。

 俺が「帝国騎士の仲間に勧められてきた」と話すと、フィーナ嬢は嬉しそうにカウンター席に案内してくれた。

 座席数こそ少ないが、テーブル席はすべて先客で埋まっており、なかなかの繁盛っぷりだ。晩酌をする商人や、ディナーを楽しむ若い男女、アフター中の娼婦なんかの姿が見える。なんだかとてもアットホームな雰囲気で、皆、幸せそうに料理に舌鼓を打っていた。


(アシュバーンがこれまで立ち上げた店とは異なる空気感だな。貴族の出入りがあまりないのか、畏まらない感じが気楽でいい)


 俺が店内をさりげなく見渡していると、カウンター越しにフィーナ嬢と目が合った。

 フィーナ嬢はにこりと目を細めると、「お好きなものをお申し付けください」と言いながら、グラスに入った水と手拭き用の小さなタオル出してくれた。


「メニューはないの?」


「はい。その日に入った美味しい食材で、お客様の食べたいお料理をお出ししています。できる範囲で……ですけど。もしお好きなスパイスがあれば、そちらをリクエストしてくださってもいいんですよ! クミンがいいとか、フェンネルがいいとか、ピンポイントでも大歓迎です!! あ、実はスパイスの一覧表を作っていて!! ご覧になりますか⁉ なりますよね⁉」


(なんだか後半の圧がすごい……!)


 俺はスパイスのメニュー表を半ば無理矢理に押し付けられ、仕方ないので軽く目を通そうと思って広げてみたが、紙にびっしりと書き込まれた情報量に目を回しそうになった。字がやたら小さいのに、文字量が半端ない。しかも、読んでも頭に入らないし、イラストは世辞にもうまいとは言い難い。


「気になるスパイスはございましたか⁉」


「あ……えーと、まだ考え中です」


 やはり、キッチンからの圧がすごい。期待の眼差しの輝きが眩しい。


(アシュバーンのストレスの原因はこれか……⁉)


 フィーナ嬢が重度のスパイスオタクすぎて、アシュバーンが疲弊してしまった可能性があるのでは……?


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