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27:アッシュの焦燥

 なぜだろう。無性に苛々する。空に氷塊をぶっ放したいような衝動を抑えて、僕はフィーナを連れて【スパイス食堂】に戻って来た。


 結局フィーナは誘拐されたわけでも、ヴェルファさんにふしだらなことをされたわけでも、娼婦になることを承諾したわけでもない。というかそもそも、ヴェルファさんが本気だったとも思えない。冷静に考えれば、僕という存在を無視して、あの人がうちの従業員を引き抜くなんて有り得ないからだ。


(そうだ。ロムルス帝国で、魔獣戦争の英雄たる僕をぞんざいに扱う者なんていない。このスパイスオタクを覗いては……と思っていたけど……)


 僕が眉間に皺を寄せてフィーナの方を見やると、彼女が「う……」と気まずそうに体を小さくしたのが分かった。僕は、すっかり怯えられているらしい。


(なんで僕を怖がるんだ。助けてあげたってのに)


僕が「あのさ」とおもむろに口を開くと、フィーナが小リスのようにびくっと震え上がった。無論、僕はいっそう不愉快になり、無意識に声のトーンが落ちてしまう。


「君、もっと危機感持ちなよ。相手がヴェルファさんだからよかったけど、仮にも婚前前のご令嬢なんだから。僕がいつでも助けに来ると思ったら、大間違いだからね」


 自分が思っていた以上に刺々しく、攻撃的な言葉ばかりが口を突いて出て来る。違う。本当はこんなこと言いたかったんじゃないはずなのに、自分でもなぜそうしてしまうのか分からない。

 僕はいったい、何を焦っているんだろう。

 僕はただ、時間内にできることを効率的に捌いて、理想を現実に近づけようとしているだけなのに。思いも寄らない何かが心の中で燻って、僕の邪魔をしている気がする。


(なんだこれ……)


 イライラして、握った拳を舌打ちしながら自分の太腿に打ち付けた。すると、打ち付けた拍子に僕の拳から雪の結晶がシャララと辺りに飛び散った。周囲に痛いくらい冷たい空気が漂い、僕の吐く息は白くなっている。


 僕は「まずい……」と少し青ざめた顔で、キッチンに逃げ込んでいたフィーナの方を見た。フィーナは僕のことを動揺が隠しきれない様子で見つめていた。


 魔力の制御が効かなくなってきた瞬間を見られてしまった。なるべく早く大魔法を何発か打ち上げなければ、暴発して彼女を巻き込んでしまう。それだけは避けなければと、僕が足早に店から立ち去ろうとした。


「今日はもう閉店だ。僕はちょっと森に行くけど、君は朝まで外に出ちゃダメだからね」


「アッシュさん、待って!」


 意外にも、フィーナは慌てて駆け寄って来た。てっきり今日は僕と距離を置くのかと思ったのに。


「ついこないだ、話したところじゃないか。時々膨れ上がる魔力を散らすだけ。君は気づいてなかったと思うけど、今までだってそうしてたんだ」


 僕はフィーナを無視してドアノブに手を掛けたようとした――が、ものすごい勢いでドアの前にフィーナが滑り込んできた。僕が思わず目を丸くしていると、彼女は「ついこないだ話したところなのは、私も同じです……!」と、ドアの前で両手を大きく広げて通せんぼしてきたではないか。


「私、言いましたよね? 二人で温かいスパイス料理を食べましょうって。今夜の分、まだ食べてません!」


「はぁ? 君……」


「呆れたっていいですよ。でも私は本気です。初めて会ったあの日、凍えていたアッシュさんは私の作ったカレーを食べて元気になりましたから。今夜だって、あなたを温めてみせます‼」


 フィーナの真っ直ぐな瞳が僕を射抜く。

 多分、本当は僕にキツく当たられて落ち込んでいたはずだ。なのに僕が離れようとすると、自分を奮い立たせて追いかけて来る。その行動は、君にとっては衝動的なものに過ぎないのかもしれない。でも、僕にとっては――。


「駄目だ。君に何かあったら、婚約者に顔向けできない」


 僕は泣き出しそうなフィーナを一人残し、【スパイス食堂】を後にしたのだった。


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