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24:消えたフィーナ

前半フィーナ、後半からアッシュ視点になります。

アップルパイ編スタートです。

 昼前に起きて、ルゥインからの手紙を読み返して、頭がシャキッとしたら、着替えと洗面を済ませて迷いの森に出ることが私の日課だ。

 アッシュさんが魔法を調整してくれたお陰で、少なくとも店の周囲半径500mの中で迷子になることはなくなったので、土を耕してハーブの家庭菜園に挑戦し始めたのだ。


(初めは見た目が可愛いカモミールを考えてたんだけど、アッシュさんの話を聞いて変えたんだよね……)


 私は、植えて間もないハーブに水をやったり、近くの雑草を抜いたりしながら、先日のアッシュさんの話を思い出していた。

 彼が契約している大精霊が制御できなくなる時がある、という話だ。


 そもそも精霊と契約できること自体が稀有な現象だというのに、彼の精霊は自分や周囲を害する可能性があるなんて、さらに驚きだ。私はアッシュさんのことを経営の片手間に魔術を極めた人、くらいに認識していたけれど、実は逆なのかもしれない。


(私ってアッシュさんのこと、ぜんぜん知らないんだなぁ……)


 可愛いハーブたちの葉を、愛おしさを込めて撫でる。

 育てているものは、寒さに強いタイムやローリエ、ラベンダーといったハーブだ。

 もしアッシュさんの魔力が暴走して家庭菜園が全滅してしまったら、きっと彼は表に出さなくても、自分を責めると思う。自己中ぶっているが、実は彼は責任感が強いから。だから、寒耐性のハーブを選んだ。


 食べごろになったら一番にアッシュさんに振る舞ってあげよう。アッシュさんが好きなハーブはなんだろう?


 今までのアッシュさんには、触れようとしてもスッと逃げていく猫のような雰囲気があったので、必要最低限のことしか聞いたことがなかった。

 けれど最近は、手を伸ばせば撫でさせてもらえるような距離に近づいた気はする。彼自ら自身の魔力について話してくれたことが、その証だと思う。


(もっとアッシュさんを知りたいな……。聞いたら教えてくれるかな……)


 ルゥインを探すことも大事だが、アッシュさんのことも放っておけない。アッシュさんはプライドが高くてエリートな人だが、多分マウントが取れる相手がいなくなったら死んじゃうタイプの人だと思う。でもちょっと待って。ルゥインとアッシュさんが仲良くなったら、すべて丸く収まるような気がする。


(よし! ルゥイン探しも全力でしながら、アッシュさんの大精霊をコントロールできるようなホットなスパイス料理をたくさん作ろう!)


 私はうんうんと力強く頷くと、水やりに使ったジョウロを持って、羽が生えたかのような足取りで店に戻ったのだった。



◆◆◆

(一雨振るのか……?)


 僕は夜更けに【スパイス食堂】にやって来た。星も月も見えない真っ暗な夜で、なんとなく湿っぽい空気が体にまとわりついて来るので、もしかしたらこれから雨が降るのかもしれない。嫌だな、髪が膨らむじゃないか。

 しかも諸侯会議が長引いたせいで食事も食べ損ね、僕は空腹でたいそう苛ついていた。


(今夜の賄いは何だろうな……。お腹が空いた……)


 この僕アシュバーン様は人気者なので、帝城に努める文官や武官たちから仕事終わりの食事に誘われることも多いのだが、【スパイス食堂】を初めてからは軒並み誘いを断り続けている。

 まぁ、店が軌道に乗るまではフィーナをバックアップしなければという義務感からだ。一応侯爵の身分にある僕が、お金に困るということは天地がひっくり返ってもあり得ないのだが、それでも開店したばかりの店を潰されてしまったら大いに不愉快だ。他の店のブランド力にも傷が付く。


(決して、フィーナの料理に惚れこんで通っているわけじゃない)


 誰に聞かせるわけでもないのに、心の声は一段と大きい。

 

(店の中が暗い……?)


 照明の灯っていない店内を目の当たりにした僕は、嫌な胸騒ぎがして、「フィーナ‼」と大声で叫んだ。

 だが、人の気配はどこにもない。

 僕は無意識に手紙を握りしめ、「チッ」と大きな舌打ちをした。


 とっくに開店時間を過ぎているというのに、店にフィーナの姿が見えない。念のため、家中の灯りを点けて二階やバスルームも覗いてみるが、やはり彼女はいなかった。


 夕方に料理をしたらしく、キッチンには仕込みが終わった状態の鍋が置かれている。ということは、昼の買い出しから一度帰って来ている。強盗にでも入られたか? いや、出入り口は施錠されていたし、争った形跡もない。ということは、彼女自ら出掛けたのか?


 僕はハッとして店の玄関に戻り、ドアの外側を魔法の灯りで照らした。すると、フィーナが書いたものらしき小さなメモ紙が、一枚ペタンとテープで貼り付けられている。


「おいおい。小さすぎるだろ」


 思わず声に出してつっこんでしまうほど存在感のないメモには、「料理のお届け中です」と書かれていた。

 つまり、フィーナはデリバリー注文のあった料理を届けるために外出中、ということだ。


(なんだよ。びくっりさせるなよ、まったく)


 憤慨して店内に戻ると、カウンターテーブルの下に出前の注文のメモが落ちていた。ドアに貼ってあったメモと同様、こちらも小さい紙だ。どこかよその店のビラを何等分かに切って、その裏に書いているようだ。やれやれ、貧乏くさいな。今度、もう少し大きくてしっかりしたメモ束を渡してやろう……と、僕がそのメモをぴらりと拾い上げると。


「‼」


 メモに書かれた届け先を見て、僕は苛々と頭を掻きむしった。フィーナはなかなか面倒くさい場所に行ったらしい。

 僕は「手間をかけさせてくれる」と恨み言を述べると、短縮版の呪文を唱えて転移魔法を発動させたのだった。


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