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22:心温まるたんぽぽ茶

「っと」


 踏み台から落ちかけた私の背中を咄嗟に支え、おまけに缶もキャッチしてくれたのは、アッシュさんだった。想像よりも逞しい腕の感触に、私の思考は一瞬停止した。


「あ……ありがとうございます……っ」


 ヒヤッとした恐怖を味わい、まだ心臓がドキドキしている私は、震える声を搾り出した。


「危なかったです……。調理台に激突していたら、せっかくのケーキをぺしゃんこに潰すところでした」


 私はアッシュさんによって踏み台からひょいと下ろされながら、浅い息を吐き出した。

 一方アッシュさんは自分の手に視線を落とした後、何やら思うところがありそうな様子で首を捻りながら、キャッチしていた缶をコトンと調理台に置いた。


(え。もしかしてフィーナ重たッ‼ とか思った?)


 私は違う意味でまたヒヤッとしたのだが、アッシュさんはこちらの体重のことには触れなかった。口にしたのは、危機感の話だった。


「ケーキじゃなくて、自分の心配しなよ。危なっかしいな」


「あはは、すみません……。実はけっこうそそっかしくて……。婚約者にもよく言われました」


「やれやれ。婚約者の負担の大きさを思うと気の毒で仕方ないよ」


 てっきりもっとグサッと刺さってくるような嫌味を並べ立てられるのかと思いきや、アッシュさんはそれ以上何も言って来なかった。私としては、ちょっと拍子抜けだが、とりあえず身も心も無事で何よりだ。


 そして、いよいよ例の缶だ。

 私が自信満々に缶の蓋を開けると、アッシュさんは形のいい眉をぎゅっと寄せて中身を睨む。


「ごぼう?」


 干からびた小さな輪切りの根っこらしきものが、缶にたくさん入っている。

ふふふ、ごぼうっぽく見えますよね、と私は思わずニヤニヤしてしまう。


「実はこれ、たんぽぽの根っこなんです! 迷いの森って人が来ないので、たんぽぽ取り放題で! たくさん掘って来たんですよ!」


「えっ。たんぽぽの根って食べれるの?」


「根を煮だして、お茶にするんですよ! 実家では薬として使っていたんですけど、もっと気軽に摂取できる方法を考えたら、これが最適かなと。冷え性やむくみの改善、ホルモンバランスを整える効果や、疲労回復の効果なんかがあるので、授乳中のアンナさんにぴったりだと思いません?」


 私は誇らしげに語りながら、鍋で湯を沸かし、その中にたんぽぽの根をパラパラと投入した。後はいいタイミングで火を止めるだけなので、私はまだまだ語る。テンションはどんどん上がっていくのだから、仕方がない。


「たんぽぽだけのお茶だと、土っぽかったり苦みが残ったりるすので、今回は黒豆の粉末とブレンドしてみます。飲みやすくなるだけじゃなくて、黒豆の利尿作用や血流改善作用も合わさって、さらに母乳の出がよくなるはずです。たんぽぽは野花のイメージが強いですが、実は栄養豊富な食用ハーブで……。本当にすごいですよね~! ちなみに花と葉っぱは――」


「いや、ちょっと待って。君が得意なのはスパイスであって、ハーブじゃないだろう? そういえば菊のお茶もか。ハーブティーにも詳しいの?」


 私のマシンガントークを遮ると、アッシュさんはいい疑問を口にした。顎に白くて長い指を宛がう姿はお世辞抜きに麗しく、かなり絵になっている。


「実はスパイスとハーブの境界線って曖昧なんですよ。香辛料・薬味をスパイス、薬草をハーブと言ったり、自家栽培できるかどうかで区別していたり……。植物学的な分類は難しいわけです。だから私は、スパイスもハーブも丸っと全部愛してます」


「なるほど。初めて知ったよ。解説ありがとう」


「お役に立てて何よりです」


(あれ……っ。アッシュさんって、こんなに真面目に話を聴いてくれる人だっけ? 今まで、私のスパイストークなんて聞き流してなかった??)


 私はアッシュさんがスパイスとハーブに興味を持ってくれたことが嬉しくて、思わず口元を緩ませた。

 話の傾聴は経営者であるアッシュさんなりの歩み寄りなのかもしれないが、嬉しくて、胸がどきどきと高鳴る。

 実家では誰にも相手にされなかった。けれど今は、私の大好きな物の話を隣で聞いてくれる人がいると思うと、じんわりと幸せだなぁと感じる。


(私……、スパイスが好きなままでいいんだ……)


 アッシュさんに面と向かって感謝を伝えることは照れくさいので、賄いのケーキを大きく切ってあげようかな……と思う。


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