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18:アッシュの正体

アッシュさん視点で、アッシュさんの正体が分かるお話です。

 夜の闇が霞み、薄白い明るさが街を照らし始める頃。

 僕、アッシュは転移魔法を使い、ひと際巨大な城――帝城に帰参した。

 帝城はロムルス帝国の中央に門を構える、大陸でもっとも権威のある皇帝の居城。その証拠に、僕は中庭で剣の素振りを熱心に行う彼の姿を見つけた。


「おかえり!」


 城の屋根の上に出てしまい、自分に腹を立てて舌打ちをしていた僕を呼び止める声の主。それは、この国どころか大陸でもっとも強い権力を持つ男――すなわち、皇帝ギルベル・フォン・ロムルスだった。


 ギルベルは木剣を下ろすと、代わりにこちらに向かって大きく手を振っていた。まったく、朝早くから今日も元気いっぱいこの上ない。

 彼はロムルス帝国の皇族特有の黒髪黒眼を持ち、恵まれた体躯をさらに本人の努力で磨き上げた逞しい若き皇帝。男らしさの権化のような彼は、性格も大らかで国民からの人気も高い男だった。


 僕は空中に氷魔法の足場をいくつか出現させると、それらを軽やかに飛び移りながらギルベルの目前に着地した。彼ほどではないが、僕だって体力には自信がある。


「また一段と早起きだね。執事長が嫌がるだろうに」


「朝の挨拶はおはよう、だぞ?」


 ハハハと豪快に笑うギルベル。彼に馴れ馴れしい口を利くことができるのは、帝国中探しても僕だけだろう。遡れば十以上昔の貴族学校時代からの付き合いで、酸いも甘いも共に経験してきた仲だった。

 僕はあまり好き好んで使わない言葉だが、ギルベルは僕の「親友」と言えるだろう。


「そうだ。お前のおかげで、帝国騎士団の腐敗に気づくことができたんだ。皆を代表して、礼を言う」


 ギルベルが安くない頭を下げようとしたので、僕はそれを人差し指で押し返してやった。たとえ気安い間柄でも、僕は身分上は部下。どこで誰が見ているか分からないのだから、意識してもらわなければ困る。


「新しい店で、たまたまそんな噂を耳にしただけさ。君の名前を使って抜き打ち監査した甲斐があるね」


「そういった噂を集めるための店なんだろう? 謙虚で友情に厚い男だな、お前は」


 ギルベルにむず痒くて蕁麻疹が出そうな評価を口にされ、僕はぶるりと震え上がった。「謙虚」も「友情に厚い」も僕には縁遠い言葉だ。それを易々と浴びせて来る彼の神経の太さには、毎度感服せざるを得ない。


「風評被害が起きたら困るから、よしてくれ。ただでさえ、君の発言は国家レベルで影響力があるんだから。【スパイス食堂】が立ち行かなくなったらどうしてくれるのさ」


「ははっ。それはすまなかった。……だが、【スパイス食堂】か。お前らしくない、いい名前だな。例の王国のご令嬢とは上手くやっているのか?」


 ギルベルが興味深そうに眉を上げて、僕をのぞき込んで来た。

 何が「お前らしくない」だ。僕だって、ギリギリまでお洒落路線の店名で行こうとしていたというのに。


「……ご令嬢っていうか、じゃじゃ馬娘みたいな感じだよ」


 もっと濃い文句が喉まで出かかった僕の脳裏には、既にくすんだ金色の髪に綺麗なグリーンの瞳の女性が浮かんでいた。見た目だけはしおらしい淑女だが、喋らせると……、特にスパイスのことを語らせると、とんでもない暴走機関に豹変する家出令嬢だ。離れ離れになった婚約者を探しているというが、彼女を選んだ男の気が知れない。いや、男的には政略結婚に違いない。


 そんなことを想像していると、僕は自分でも気が付かないうちに口元が緩んでいたらしい。「料理は一級品だね」という僕の声は、少し楽しげなものとして自分の耳に届いた。


「せいぜい利用させてもらうよ。時間が許す限り、ね」


「アシュバーン……」


 ギルベルは、真っ白になってしまった髪を癖のように弄ぶ僕を見ながら、そうつぶやいた。


 それは僕の本当の名前。

 アシュバーン・フォン・ドナペディル。

 皇帝ギルベル直下の魔術師であり、大陸を魔獣から救った英雄だ。

次話からはたんぽぽ茶編スタートです。

お楽しみいただけると嬉しいです。

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