表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/63

17:私と彼の【スパイス食堂】

 お客様第一号の騎士さんがお帰りになられた後、私とアッシュさんは賄いを食べていた。私は余ったセロリを使った野菜スープと、昼間のうちに焼いておいたローズマリーのグリッシーニだ。


「そうだ! あれはどういう事だったんです⁉ 騎士さんにアッシュさんが筋肉キャラに見えていた理由!」


 気になって仕方がなかったが、営業中は聞くに聞けなかったことだった。このスマートな優男が、どの角度から見たらムキムキに見えるというのか。


「え? 僕、脱いだらそれなりにすごいけど?」


「セクハラで訴えますよ」


 私が眉根を寄せて睨んでも大して怖くないようで、アッシュさんは何も気にしていない顔で白ワインを煽っている。これは本人持参のキープボトルだと言うのでとやかくは言わないが、反省会の最中に飲酒する自由さにはため息が出る。


「ははは。ちょっと幻覚魔法をね。体育会系っぽい騎士君だったから、こっちも同類に見せておいた方が、きっと心を開いてくれるだろ」


「なるほど。そんな魔法もあるんですね。心を開かせないような言動ばっかりだったと思いましたけど」


「へぇ。どの辺が?」


 アッシュさんは本気で不思議そうに首を傾げているので、私は呆れて頭を抱えた。彼なりにお客さんを思って行動していたというが、伝わりづらいというか、空回りしていて悩ましい。


(いつかすっごいクレームが来そう……)


「まぁ、でもさ。お客さん、美味しそうに食べてたね。【スパイス食堂(キッチン)】、なんとかやっていけそうだね」


 不意に彼が優しい口調になるので、私はその落差に面を食らってしまった。何その甘い声! 何そのキラキラした微笑み! 【スパイス食堂】って名前、けっこう気に入ってる? それともすごく酔ってるの?

 私が一瞬言葉を失っていると、アッシュさんはローズマリーのグリッシーニをカリッと美味しそうに齧り、フフンと小さく笑った。


「多分、さっきの騎士君、近いうちにまた来てくれるよ」


 アッシュさんは不思議な人だ。性格は難アリだが、彼の言葉にはいつも力があるし、自信たっぷりな言動にだって裏付けがあるように思う。

 それに、だ。


(【スパイス食堂】って名前、親しみやすくて、私はすごく好き……。それを考えてくれたアッシュさんは、きっと悪い人じゃない……)



◆◆◆

 私とアッシュさんのお店――【スパイス食堂】は、オープン初日こそお客さん一人きりだったが、それからは徐々に客足が増えて来た。注文が重なるタイミングもあり、アッシュさんが一人飲んだくれる日も減り、彼のウエイターとしての活躍が有難い。

 残業終わりの職人や、ディナー営業を終えた酒場の店主、アフターでやって来る娼婦など職種は様々だが、みんな仕事後の深夜に寄れる店があることを喜んでいる様子だった。


(私は深夜に来る人なんて少ないって思ってたけど、案外いるんだなぁ。その点は、アッシュさんの経営者としての鋭い嗅覚に感謝かも……)


 やはり、作った料理を食べてくれる人がいると嬉しいものだ。さらに「美味しい」と言ってくれると尚更に。たとえ知らない異国の地でも、昼夜逆転のような生活でも、オーナーのキャラが濃くても、食べてくれる人の笑顔があれば、頑張っていけそうだ。慣れて来たら、ルゥインの情報集めも始めようと思う。


 ある夜、私がそんなことを考えていると、取り付けたばかりのドアベルがカランカランと陽気な音を鳴らした。

 ドアの前にはオープン初日にセロリのパスタを提供した騎士さんがいた。今夜は以前と違い、顔色もよく、爽やかな笑顔を湛えて立派な盾も携えている。機嫌もすこぶる良さそうだ。


「いらっしゃいませ! またいらしてくださったんですね!」


 私が笑顔で彼を迎え入れると、騎士さんは「リピーターになりました。それと……お礼が言いたくて」と、少し照れ臭そうに頭を掻いていた。


「お礼?」


「オレが騎士団を辞めたいと言っていたこと、覚えてますか?」


 騎士さんは以前と同じカウンター席に腰掛けると、注文聴きから戻って来たアッシュさんを見つけて軽く会釈した。一方のアッシュさんは面白そうに、「辞めずに頑張ったんだ?」と彼をニヤニヤしながら見下ろしていた。


「はい。ここで食事をしたら、なんだか前向きになれて。理想の騎士になるまでは、諦めるもんかって……。そしたら数日後、騎士団に抜き打ちの監査が入ったんです。皇帝陛下の命だったんで、誰も逆らえず、上司たちの汚職や不適切行為がどんどん摘発されて!」


「僕、自白魔法使ってないけど、言っちゃっていいの? 守秘義務は?」


「もう今頃、スクープとして記事が出回っているので大丈夫ですよ」


 晴れ晴れとした表情を浮かべる騎士さん。職場の環境が改善して、彼は今、健やかに働いていると言った。


「よかったですね! お仕事は自分が誇れるものがいいですもんね!」


「お二人のおかげで、そんな仕事を続けられそうです。帝都と皇帝陛下はオレが張り切って守ります!」


 騎士さんの勇ましい姿に、私は「かっこいいです!」と手をパチパチと叩き、アッシュさんは「あぁ、必ず頼むよ」と言って小さく笑った。



セロリのパスタ編完結です。

次はハーブティーが登場します。

ブクマ、評価等で応援してくださると嬉しいですー!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ