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15:騎士ハンス・ネッケン②

 自白の魔法? 記憶を消す? なんだそれ、怖すぎる。

 オレはガタガタと震えながら、アッシュさんに「結構です……!」と首を大きく横に振りまくった。この人、筋肉系かと思いきや、意外にも魔法が使えるらしい。


「か……、帰ります! 残業がまだ残ってて~……」


「待ってください‼」


 オレが白々しい嘘を口にすると、女性店員がキッチンからカウンター越しに大きく身を乗り出してきて驚いた。


「アッシュさんが変なことを言ってすみません! ジョークです‼ マジカルジョーク‼」


 なんだよ、その新種のジョークは。アッシュさんの方は「は?」みたいな顔をしていて、多分本気で言っていた感じがするのだが、オレは美人の懇願に弱かった。「騎士さんにぜひ食べてほしい料理を作っていて…! だから帰らないでください!」と一生懸命に乞われると、秒で席に戻ってしまった。

 なんだか気恥ずかしいので、オレは料理の様子を見守ることにした。


「……えっと、何を作ってるんですか?」


 美人と目を合わすのは恐れ多いので、カウンター席から向こう側のキッチンを覗き込んだ。コンロの上には湯を沸かしている鍋と、フライパンが見える。まな板の上には緑の葉と縦筋の入った茎の長い野菜が置かれている。普段、料理をしないオレにはそれが何なのか分からなかった。


「セロリのパスタを!」


 ドヤ顔で緑の野菜――セロリを持ち上げて見せてくれた女性店員の言葉に、オレは「へ?」と間の抜けた声を返してしまった。

 セロリといえば、独特な匂いと風味のある野菜というイメージがある。だが、正直あまり食べた記憶はない上に食欲をそそられる気もしない。


 オレの顔にそんな気持ちが出てしまったらしく、女性店員は「ご心配なく」と付け加えた。


「騎士さんはセロリで元気になりますよ!」


(結局何の説明にもなってないけど……)


 オレはもうどうにでもなれ……! という気持ちで、女性店員の料理を眺めることにした。


 彼女は慣れた手つきでセロリの葉を千切りに、茎を薄切りに、そして玉ねぎも薄切りにしていく。

 そして調理台で既に下処理をしていたらしい鮭の切り身を持って来ると、料理用の紙(オレには名前が分からない)で鮭の水気をふき取り、フライパンで焼き始めた。ジュウジュウと鮭の焼けるいい音と香りがしてきて、思わず「はぁ……」と気の抜けた息を吐き出してしまう。


 そういえば、さっき女性店員は「騎士さんはセロリで元気になりますよ!」と言っていたが、やっぱりオレは元気がないように見えるらしい。まぁ、そうか。入団してから、まともに眠れない毎日だもんな……。


 オレの脳裏に上司――騎士団長がお札を数える姿が浮かぶ。

 正義のヒーローに憧れて志した騎士団は、悪行に手を染める騎士たちで上層部が占められていたのだ。ある者は業務をすべて部下に押し付け、ある者は警備費用を横領。またある者は優待されたいがために違法風俗店を黙認。


 隠す様子もなくそのような行為に及ぶ騎士たちを咎める者すらいないほど、騎士団は腐りきっていた。オレは何度も騎士団長に彼らへの対処を訴えたが、すべてが無駄だった。団の要たる騎士団長は、反社会的組織から報酬金を得て、犯罪をもみ消していたのだ。


 オレがそれを知った時にはもう手遅れ。騎士団長は「ネッケン君のご両親がいるのは、北の田舎だったかね?」と、オレの家族を人質に取るかのような発言をし、恐怖したオレはすっかり縮こまってしまった。

 それからは当たり前のように毎日オーバーワークを押し付けられ、その上パシリのような扱いを受けている。正義の影など、もうどこにもない。


(騎士団を告発することも、逃げることもできない……。オレはどうしたら……)


 仕事のことを考えると、息苦しく、眩暈がしてくる。オレは、このまま死ぬまで騎士団に飼い殺されるのだろうかと想像すると、正直食事から興味が失せるというものだ。


 ついぼんやりと意識を宙に飛ばしていると、いつの間にか鮭が焼き終わったようで、鮭と入れ違いにオリーブオイルとニンニクのスライスがフライパンに投入された。鼻腔をくすぐるニンニクの香りにオレは思わず鼻をひくつかせ、実家の母ちゃんもニンニク使ってたなぁと感傷的な気持ちが込み上げてくるのを感じた。


(やばい……。また泣きそう……)


 そんな時だった。

 続いてフライパンから放たれる爽やかな香りが、オレの湿っぽい感情を一気に吹き飛ばした。


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