14:騎士ハンス・ネッケン①
3話ほど、お客さん視点のフィーナとアッシュになります。
とある深夜。オレ、ハンス・ネッケンが不思議な香りに惹かれて覗いた店は、帝都の路地裏にある、高級感漂う看板を掲げた料理店だった。
けれど、看板の見た目と違い、入口はほぼ民家。奥行はありそうな一階建ての建物だなぁと思って足を踏み入れると、気が付くとなぜか間取りがまったく違う、二階建てのこぢんまりとした店に立っていた。
(……あれ⁉ オレ、ワープした?)
転移魔法なんて早々お目に掛かれるものじゃない。疲れすぎて色々見間違えたのだろうと思いながら、店員と思しき若い男女に料理店かどうかを確認すると、女性の方が笑顔で席を案内してくれた。
少しくすんだ金髪にグリーンの瞳の女性で、オレが来た時は男性店員と口論をバチバチに交わしていたものの、所作が上品な綺麗な人だ。纏う雰囲気的に貴族の出かなとも思ったが、貴族のご令嬢が夜中の帝都裏で店なんか開くわけないかと勝手に納得して頷いた。
一方、男性はワイルドでかっこいい系の人だった。はち切れそうな筋肉ボディに高身長、浅黒い肌に黒髪がよく似合う懐の広そうな男前だ。オレがつい、「いい筋肉ですね」と彼に感想を述べると、なぜか女性が「どの辺がですか⁉」と仰天していたが、なるほど彼女の理想の筋肉は、さらなる高みにあるようだ。
なんだかちょっと面白そうな二人なので、久しぶりに仕事を忘れてリラックスできるかもしれない。そう思いながら、女性が出してくれたグラスの水に口を付けていると。
「帝都の騎士さんですか? 夜までお仕事なんて大変ですね。あ、それとも夜勤の休憩時間ですか?」
この騎士装束のせいに違いないのだが、いきなり仕事のことを思い出させられてしまった。
オレの胸は急速に重くなり、どんよりとした思考が脳内をぐるぐると回り出す。いけない、涙が出て来そうだ。
「実はオレ……、騎士団を辞めようと思ってて……」
気が付くと、初対面の人に話すべきじゃない話をしてしまっていた。女性の優しそうな笑顔と、男性の筋肉溢れる包容オーラによって、気が緩んでいたのかもしれない。ついでに涙腺も緩んでしまっていたようで、大人げなくぐすぐすとすすり泣いてしまった。恥ずかしい、消えたい……。
オレがそんな自分を嫌悪していると、男性店員の「へぇ。転職先はもう決まってるの? まさか次も決めずに辞めるつもり?」という台詞が突き刺さって来た。この人、豪快で大らかそうな見た目に反して、厳しいことを言うタイプらしい。初対面の、しかも客にも容赦ない。だが、ぐうの音も出ないのが今のオレだった。
「いえ……。先のことはまったく……」
「それはちょっと無計画すぎるんじゃない?」
「アッシュさんは無神経すぎますよ! そういう話じゃないです。次じゃなくて、今の話を聞くんです! コミュニケーション大事!」
女性は慌てて筋肉男性を黙らせ、彼をカウンター席の隅へと追いやると、「料理をしながらお話を伺ってもよろしいでしょうか」と、オレに柔らかい表情を向けてくれた。誰かから優しい声を掛けてもらうのが久々なので、彼女の微笑みが身に染みて、また涙が……。
そして彼女から食べたいものはあるかと尋ねられたので、オレは「お任せします」と丸投げの注文をした。
「騎士団に入団して半年なんですけど……、色々あって食事どころじゃなくて……。自分が何が食べたいかも、最近は分からなくて……」
「半年ねぇ。新人がぶつかる壁が現れる頃じゃない? 乗り越えるか壊すかしないと」
「だからアッシュさんは少し黙っていてもらえますか?」
アッシュさんは女性に再び制されるが、オレはいちいち涙ぐんでしまう。アッシュさんの言うことはもっともかもしれないと思う自分もいる。これが社会、これが組織だと思えば、その壁も少しは低くて柔らかいものになるだろう。
だが、どうにか抗いたい自分がそれを邪魔していたのだ。
「実は、上司と折り合いが悪くて……。守秘義務があるので詳しくは言えないんですが、その……、上司には横暴なところがあって……」
オレは言葉を濁しながら話そうとした。一般人に騎士団の内情を漏らすわけにはいかないが、ふんわりと愚痴くらい聞いてもらいたい。
そう思ったのだが――。
「よし。自白の魔法をかけてあげるから、包み隠さず話しなよ。大丈夫、後で記憶も消してあげるから」
何度言っても黙らないアッシュさんのヤバそうな提案に、オレは情けない悲鳴を上げてしまった。




