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13:合わない二人

「お客さんが来ません……ッ!」


 あまりに店が静かすぎて、私の声が無駄に響く。声を出さなければ再び睡魔が襲ってきそうだったので、割とボリュームは大きめだ。


「え……、ごめん。なんて?」


 意識が飛びかけてカウンターテーブルに頭がぶつかりかけていたアッシュさんは、私の声にハッと顔を上げた。寝起きの猫のように柔らかいあくびを見て、ちょっぴり彼への親近感が湧く。


「お客さんが来ないと嘆いていたんです~!」


「うぅん……、おかしいな。町で散々宣伝して来たんだけど」


「アッシュさんの人望が想像以外の可能性は?」


「失礼だな。僕以上に信頼されている魔術師は帝国にはいないんだよ」


 相変わらず、自信家のスタンスがすごい。私の頭に「帝国の魔術師は数がとても少ないのだろうか」という疑問が一瞬よぎったが、口にすると面倒くさい反撃を受けそうだったので、黙っておいた。

 私の沈黙を肯定と判断したらしいアッシュさんは、得意げに口の端を吊り上げて話を続け――。


「まぁ、昼の店のように、賑やかなオープンになるとは思ってないさ。この【Ristorante nel vicolo】の門出は、ゆったりしているくらいが――」


「えっ! ちょっと待ってください! リスト……え? それなんですか?」


 私がスルー出来ない謎単語の説明を求めると、アッシュさんは「この店の名前だけど?」とまるで常識を語るかのような表情を向けて来た。


「【Ristorante nel vicolo】――帝国西部の言葉で、路地裏のレストランって意味さ。ぴったりだろ?」


「えっ! このお店って、レストランなんですか⁉ そんな格式高いイメージしてなかったです……っ。ビストロかカフェみたいな感じかと……」


「何言ってるのさ。この僕がプロデュースしてるんだから、客層だって娼館のナンバーワンや、商売終わりの大商人みたいな金持ちさ。それなりの価格設定にして、ふんだくらないと」


「料理は私に任せてくれるんじゃなかったんですか? 私、ぼったくりメニューなんて出しませんよ!」


 たまらず叫ぶ私と、鋭く細められたアッシュさんの視線がバチバチと火花を散らす。本当は、雇われている立場の私が彼に意見するべきではないとも思うが、こちらの料理のレパートリーでは高級なものは提供できない。そもそもこういった議論は開店前にやっておくことで、それをこの人は強引に……。


「君だってお金が欲しいだろう? 僕のやり方に従えば、婚約者との将来は明るいよ」


「そりゃあ、結婚資金は多いに越したことはないですけど……。でも、スパイス料理は相手のことを労わるもので――」


「ぬるいなァ。そんなんじゃ帝都じゃ生き残れないよ? とにかく僕には時間がないから、この路線でいく。異論は認めない」


「私のカレーを食べてあんないい顔してたのに! 認めてくださいってば!」


「――こ、こんばんは……」


 私とアッシュさんが激しく口論をしていると、不意に店のドアの方から若い男性の声がした。疲れたような彼の擦れた声に振り返ると、騎士装束に身を包んだ二十歳そこそこくらいの青年が遠慮がちにこちらを伺うようにして立っていた。


「あの……、ここって食べ物屋さんですか? 看板……、あんまり読めなかったんですけど、いい香りがして……」


 私はアッシュさんを「ほらね!」と言わんばかりのしたり顔で見上げた。アッシュさんは人前なのでエア舌打ちをしていたが、店の名前と看板は変更決定だ。


「いらっしゃいませ! どうぞ、お好きな席にお掛けください!」


 店内に私の元気な声が響き、いよいよ夢のスパイス料理店が稼働となった――が、しかし……。





「帝都の騎士さんですか? 夜までお仕事なんて大変ですね。あ、それとも夜勤の休憩時間ですか?」


 私はグラスに爽やかなミントウォーターを注ぎながら、カウンター席に猫背気味に腰掛ける騎士の青年にこやかに話しかけた。

てっきり、「えぇ。夜勤中です。お腹が減って仕方なくって」というような他愛無い会話になるかと思ったのだが、彼は今にも泣き出しそうな顔で私を見上げてこう言った。


「実はオレ……、騎士団を辞めようと思ってて……」


(んんん‼ いきなり重そうなお客さん来たっ‼)



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