11:VS当たり屋
ロムルス帝国は、大陸一の国土と軍事力、そして生産力を持つ大国だ。
現皇帝ギルベル・フォン・ロムルスは類まれなるカリスマ性と剣の腕で、帝国貴族たちや将校たちをまとめ上げ、戦争の前線に立っていると聞く。民からの信頼も厚く、歴代ナンバーワンの愛され皇帝だとか。
一方、私が生まれたザクト王国もそれなりの国力はあるものの、二百年前に帝国から独立を許可されたという経緯から、表向きは対等であっても、実際は帝国の従国のような地位にある。物資支援を要求されたら断れないし、ルゥインのような騎士が戦争に徴兵されたら、ダッシュで参戦しなければならない。
と言うと、私が帝国を恨んでいるように聞こえてしまうかもしれないが、そんなことはないわけで。大国には大国にしかできないことがある。強い力で外敵を跳ね除け、民の暮らしを守り、発展させる。だからこそ、ザクト王国の民はいつものんびりと穏やかな生活を送れていたし、ルゥインだって「帝国に感謝しないとね」と手紙に書いていた。
(だから、帝国でいきなりこんな目に遭うなんて思わないじゃない……っ!)
「いてぇなぁ、嬢ちゃんよぉ! この落とし前、どうつけてくれんだぁ? あぁん?」
「あー、こりゃ複雑骨折だ! おいコラ、兄貴の右腕使いもんにならなくなっちまったじゃねーか! 慰謝料二百万ゴールド、払え!」
いきなり当たり屋に絡まれるなんて、聞いてない。兄貴らしき大柄な男性と、弟分らしき小柄な男性の濃い影が私の顔に落ちて来て、思わずひゅっと息を飲んだ。尻餅をついて動けない私を見下ろし、すごみながら「チッ」と舌打ちをしてくるところは、如何にもな輩っぷりだ。
ちゃんと統治が行き届いていないじゃない、皇帝もっと頑張ってよと文句を言いたくなるが、私だって未来の騎士の妻だ。可愛く泣いて助けを乞うような柄じゃない。それこそ、義妹の頬をビンタするくらいにはアグレッシブだ。
「あら。骨折したのは右腕ですか? そちらの兄貴さんは、左を押さえていらっしゃいますけど」
冷静に男たちを観察し、矛盾を突いてやる。すると弟分が「えっ⁉」と慌てて兄貴を振り返り、分かり易く焦った表情を浮かべ、苦しい即席の言い訳を口にした。
「えーと、えーと……、両腕だよ! 両腕複雑骨折だよ! だから慰謝料二倍だ! 四百万出せコラ!」
「そうだぞ、クソアマ! 払えないようなら、エロい店で体売ってもらおうか!」
兄貴の手が私の胸倉に伸びかけた時、その手をがしっと掴んで止めた人物がいた。もちろん、事の流れをちょっと面白そうに見守って黙っていたアッシュさんだ。っていうか遅い。見てたんなら、早く助けてよ!
「へぇ。君の腕って、一本二百万ゴールドの価値しかないんだ。複雑骨折しても動くなんて、すごい腕なのにね。ちょっと興味あるから触診させてよ」
抑揚のない声で兄貴の耳元で囁くアッシュさんは、「え……」と顔を引き攣らせる相手のことなどおかまいなしに、自分の手に力を込めた。いや、込めたのは魔力だった。
アッシュさんの手に握られた兄貴の腕は、ピキピキと音を立てて氷漬けになった。
「ぎゃぁぁッ! 何しやがる!」
仰天した兄貴は悲鳴をあげて後退り、弟分に「おい! 助けろ!」と喚き散らした。もちろん、弟分は役に立つ様子など微塵もなく、すっかり怯えて震え上がっていたので、兄貴は諦めてアッシュさんに向き直り、また喚く。
「いっってぇぇぇぇッ! てめぇ、魔術師かッ⁉」
「違うさ。頭に『天才』とか『偉大な』がつく魔術師。うちの部下が失礼したようだから、上司の僕が責任をもって処置させてもらったよ。ほら、ギプスの代わり。折れた腕は固定しておくもんだろ? 反対側もしてあげるよ。遠慮しないで」
アッシュさんの威圧的な笑顔が怖い。
私は昨晩見た氷漬けの丸鶏のことを思い出し、温かいお湯につければ、兄貴氏の腕の氷も溶けるのでは……と思ったが、輩に教えてやる義理はない。というわけで、「覚えてやがれ!」と小者感溢れる捨て台詞と共に走り去る男たちを黙って見送った。
「アッシュさん、助けてくださってありがとうございました。……ちょっと割って入るのが遅いですけど」
私が立ち上がろうとすると、アッシュさんは「ごめんごめん」と笑いを堪えながら手を貸してくれた。そして「当たり屋がどんなものが見たくなっちゃって」と、付け加える。
やはり、わざと見守り体勢を取っていたらしい。この人の血は何色なんだろう。
「帝都の中央区から外は治安が悪くてね。皇帝や帝国騎士団の目をかいくぐって、黒い商売をしている奴らが多いらしい」
「エロい店って言ってましたもんね。違法の風俗店でしょうか」
「君、少しは発言を恥じらいなよ」
アッシュさんは呆れたため息を吐き出すと、黙って長い指を顎に当てて、私の頭からつま先までをじろじろと眺めまわした。そして何か結論が出たらしく、一人で「うん」と頷いた。
「うん。絶対に引き抜きなんてさせないから安心して。君には僕の店の方が向いてるよ。」
「それ、どういう意味ですか?」
初めて見た爽やかな笑顔だったが、私はなんだかとても失礼なことを言われた気がしてならなかった。