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10:開店準備

 次に私が目を開けた時には、家の中の構造がすっかり変貌を遂げていた。

 一階の居間スペースからはソファとローテーブルが消え去った代わりに、二人掛けの木製テーブルと椅子が二組、そしてカウンターテーブルとそれに合わせた足の長い椅子が出現。カウンターの向こう側は開けたキッチンになっていて、立派な食器棚と食糧保存庫も移動してきている。天井には少し懐かしい感じのするデザインのガラスに包まれたオレンジ色の炎が灯った魔法具が吊るされていて、なんだか落ち着く雰囲気が漂う。

 こぢんまりとしているが、どこからどうみても飲食店の内装だ。


「すごい……っ! 一瞬で……!」


「錬金術と召喚魔法さ。建築物の骨格から組み替えなくていいなら、大工いらずってわけ。ちなみにいじったのは一階の店舗スペースだけね」


 アッシュさんは驚いて言葉を失っている私の姿に大満足らしく、猫のように目を細めて笑っている。すごいなぁ。一家に一人欲しいなぁ……なんてことは言えないけど、本当にすごすぎてそれ以上の表現が見つからない。ここが私のお店になるのかぁ……。

 ……って、ちょっと待て。


「この家をお店にするんですか⁉ 迷いの森の別荘が? こんなへんぴな場所、来ようと思ったって誰も来れませんよ! お客さんを魔法で連れて来るつもりですか⁉」


 結婚資金を貯めたいので真面目に抗議すると、アッシュさんは「へんぴかどうか、見てみなよ」と言いながら、私の腕をくいと掴んで引いた。

 アッシュさんの手は騎士だったルゥインの手と比べると、ずっと細くて頼りない。けれど、有り余る自信はビシビシと伝わってくる。


 そんな彼が何かをブツブツと呟きながら家のドアを開くと、目の前には生い茂る深い森ではなく、都会の路地裏の景色が広がっていた。


「何度私を驚かせたら気が済むんですか、あなたは……!」


「魔法で店と帝都を繋げたくらいで驚くんだね、君は」


 家の玄関から身を乗り出すようにして外を伺うと、漆喰の壁の建物がずらりと並んでいた。私たちが今いる場所も同じような見た目の家で、どうやらドアの内と外で空間が異なるらしい。


(こっちは確かに森の中なのに、すぐそこに帝都が……!)


「帝都は初めて? 僕が案内してあげようか」


「あ……っ!」


 私をおちょくって楽しんでいるであろう魔術師は、きょろきょろと辺りを見回している私の腕を離さず、再びくいと自分の方へと引き寄せた。

 彼に強引に引っ張られる形で、私は家から外――帝都に足を踏み入れた。まさか初めての外国が、迷いの森からの入国になるなんて――。


「あの、これって密入国にならないですよね? 関所とか通ってませんけど……」


「さぁね! 誰にも見つからないようにいけばいいさ!」


「む……無責任すぎる!」


 アッシュさんは自分だけ外套のフードを目深に被り、私にはマジックバッグをひょいと押し付けるようにして持たせた。例の無限収納の魔法具だ。


「え……、これは……」


「あげる。僕、従業員には優しいオーナーなんだよね」


 魔法で何でもできてしまうアッシュさんなら、マジックバッグなんてほいほい作れてしまうのかもしれない。

 しかし、私はレアな便利アイテムを与えられ、とても喜んでいた。「はわわわわ……!」と目を輝かせて、彼への疑念がいったんすべて吹き飛んでしまうくらいには。


「じゃ、今からそれ使ってダッシュで買い出しね。僕には時間がないから、さぁ、急いで急いで!」


「はい! オーナー!」


 すっかり手懐けられてしまった私は、軽快に路地裏を駆けるアッシュさんを追って、帝都の市場を目指した――のだが。


 十秒も経たないうちに、正面から歩いて来た二人組の一人――大柄な男性と肩が触れてしまい、軽い私はいとも簡単に弾き飛ばされてしまった。「きゃっ」という小さな悲鳴が路地裏に響き、アッシュさんが慌てて振り返るが、正直、尻餅をついたお尻がすごく痛いので、あまり見られたくなかった。


「大丈夫? 注意力散漫すぎるんじゃない? それとも労災狙ってる?」


 一応心配の言葉が頭には乗っかっていたが、アッシュさんの言葉は相変わらず人を小馬鹿にした感が滲んでいて、手懐けられていた私は一瞬で現実に引き戻された。やっぱこの人人格がアレだわ。


 けれど、私が文句の一つでも返してやろうと口を開きかけた時、大きなだみ声がこちらの声をかき消した。


「いっっってぇぇぇッッ‼ 腕の骨折れたわぁぁぁッ‼」


 私を弾き飛ばした大柄な男性が、左腕を押さえて痛い痛いと喚いている。

 どう見ても大袈裟な演技に、私はぞっと震え上がった。


(これが噂の帝都砂漠……!)


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