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1:歪んだ世界の片隅で

新連載です。

ストックがある限りは毎日投稿していきますので、お付き合いいただけますと幸いです。

 パンッッ!


 屋敷の食堂に響く乾いた音。

 義妹のオリビアが頬に指で触れ、真っ青になってわなわなと震えている。


 私フィーナ・ブルオンは、生まれて初めて人の頬を叩いた。

 大人しい性格の自分には一生縁のない行為だと思っていたのに、思い切ってみたら案外簡単で、想像以上に手のひらが痛い。そして、怒っているはずなのに、勝手に涙が流れてくるのも生まれて初めてだった。


「あなたたちのことは、もう家族とは思わない。私の家族は、彼だけよ!」 


 私は家族を泣きながら睨みつける。

 実子じゃない私を疎ましがって、修道院に出家させようと画策していた継母。

 薬師の才能がない私を空気のように扱っていたくせに、いざ追い出す口実に持ってこいの縁談が舞い込むと、手放しで飛びついた父。

 戦地に行った私の婚約者のことを「彼は帰って来ないわよ」と刷り込むように聞かせ続けてきた義妹のオリビア。


「私は彼に……ルゥインに会いに行く! こんな家、二度と戻らないわ!」


 私は涙を手の甲で拭うと、弾かれたようにして食堂を、そしてそのまま生まれ育った屋敷を飛び出した。「フィーナ!」と父が大声で呼び留めようとする声が追いかけて来るが、決して振り返りはしなかった。



◆◆◆


(意外と上手くできたわ。私にしては上出来)


 私は月に一度しか出ない東行きの馬車に揺られながら、慣れ親しんだ領地を眺めていた。久しぶりの外の空気が美味しい。領地には綺麗な川や野原といった自然がたくさんあって、子どもの頃はよく泥だらけになって遊んだものだ。

 十八年間過ごした土地なので少しも寂しくないと言えば嘘になる。けれど今はそれ以上に、自分の立てた計画が順調であることが嬉しくてたまらなかった。


 そう。つい先ほどのアレは、私が家出計画を実行するために起こしたド修羅場だ。まぁ、半分くらい本当の感情が乗っかっていたので、かなりリアルに振る舞えたと思う。


 私はブルオン男爵家の長女に生まれたのだが、数年前から肩身の狭い思いをしていた。元々、先天的に魔力を出力できない体質だった私は、家業である薬屋の主力商品【ブルオン・ポーション】作りに貢献することができないので、家族のサポートに努め、そして十六歳になったら有力貴族に嫁ぐことが決まっていた。つまり政略結婚だ。

 それは別に嫌じゃなかった。世の中には適材適所という言葉があるし、時が来れば新しい役割を持てることにもわくわくしていた。

 しかもお相手は、幼馴染の伯爵子息ルゥイン・ベルマン(大好き♡)。政略結婚と言っても、相思相愛のおめでたい二人だったのだ。


 では、なぜ私が肩身の狭い思いをしていたか。

 それは、騎士(すごくかっこいい♡)だったルゥインが、大陸規模の戦争に徴兵されてしまい、年単位の遠距離恋愛になってしまったからだ。

 このザクト王国は戦場ではなかったので、民の生活はいたってのんびりとしたものだ。けれど、主戦場である隣国――ロムルス帝国は荒廃しているに違いない。だって、結婚の約束をした十六歳の誕生日を過ぎ、私が十八歳になっても終戦の知らせが届かないのだから。


 ルゥインは戦地から定期的に手紙を送ってくれていて、「僕は君のために頑張っているよ」、「早く君と結婚したいな」などという甘くてハッピーな文面は、私の生きる糧だった。それだけでバケットが三本くらいお腹に入るくらい。

 けれど私の家族は、長女の婚約者が生きていればオールオッケー! というわけにはいかなかった。いつまで経っても嫁に出て行かない私のことが、彼らは疎ましかったらしい。


(お義母様は私を精神異常者に仕立て上げようとしたり、オリビアは精神攻撃してきたり、お父様は私にヤバそうな薬を飲ませようとしてくるし!)


 実家でのつらい出来事を思い出すと、息苦しさと頭痛が起こってきた。いけない、いけない。落ち着け、フィーナ。


 私は荷物の入ったトランクを開くと、そこから胸に抱えられるサイズの木箱を取り出した。中身は赤や黄色、黒や橙といった様々な色の粉や粒が詰まったいくつもの小瓶だ。

 家族はポーションの材料として使っていたので、薬の原料と呼んでいたものだ。けれど、私にとっては元気の原料。そして、これからの生活に欠かせないアイテムだ。


「すぅぅ……っ、はぁ~……」

「お、お嬢ちゃん⁉ ヤバい薬でもやってんのか⁉」


 馬車を操るおじさまが、私を振り返って見つめていた。顔が引き攣っている。私は小瓶の一つの蓋を開け、スーハースーハーしていただけなのに。


「ちょっとスパイスの香りを堪能していただけですよ?」


 にっこりと微笑む私を見て、「へ……、へぇ」と気まずそうに進行方向に向き直るおじさま。興味を持ってもらえなくて残念だ。


 私には、魔力依存のポーションは作れない。

 だから、ずっと自分なりに研究してきたのだ。日常的に体を労わることができる薬草や香辛料の使い方――「スパイス料理」を。


「やっぱり布教したいので、おじさまもひと吸い……」

「吸わねぇっての! 猫吸いみたいに言うな!」


 私がおじさまをスパイス沼にお招きしようと試行錯誤していた時、馬車はガタンッと大きく揺れて止まった。

 目の前にそびえるのは、沼ではなくて森だった。


「着いたぜ。ザクト王国とロムルス帝国の国境……。『迷いの森』だ」


第一話ご読了ありがとうございます。

次話からヒーロー登場です。

気になったらブクマ・評価等していただけましたら、作者が大喜びします。

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