かくれ鬼
三題噺もどき―よんひゃくにじゅうに。
葉擦れの音が周囲を満たす。
「……」
息をひそめ。
身をかがめ。
鬼の目から。
この身を隠す。
「……」
遠くから聞こえるのは、数字を唱える声。
少女のその声は。
すぐそこから聞こえる枝葉の音より。
更に大きく耳に響く。
「……」
年上のいとこと2人。
畑仕事をしている大人は構ってくれないから。
かくれんぼしようとなった。
「……」
家の外にある森。
いとこは反対側の庭で数を数えている。
ここは母方の祖父母の家。
「……」
広いと言うよりは。
敷地の一部である森がすぐそこにあるから。
わたしは、その中に隠れている。
「……」
昔ながらつくりである家の中でも、十分すぎるほどに隠れる場所はあるのだけど。
それだけじゃまぁ、物足りない。
まだまだ活発で好奇心旺盛だったわたしは、すぐにここに隠れようと決めた。
場所は部屋の中と限定したはずなのだけど。
「……」
そして、もう一つ。
かくれんぼといえば。
鬼の問いかけの後に、返事をするものと相場は決まっているけれど。
「……」
ひとーつ。ふたーつ。
「……」
みっつ。よっつ。
いつつ。むっつ。
ななつ。
「……」
やっつ。ここのつ。
「……」
とお。
「……」
もーいーかい。
「……」
声を殺す。
思わず笑いそうになる。
「……」
もぉいいーかーい。
「……」
ふふと漏れそうになる声は、あちらには聞こえないはずなのに。
息を殺してしまったのは、なぜなのだろう。
「……」
もーいいーかぁーい。
「……」
鼓膜を叩くその声が、心なし焦りを滲ませていて。
なんだかそれが、酷く滑稽に思えた。
「……」
――ちゃーん!!!
「……」
名を呼ばれても返事をしない。
だってかくれんぼなのだから。
当然だ。
どうしてわざわざ、自分のいる場所を知らせないといけない。
「……」
――ちゃーん。
「……」
「……」
「……?」
問いかけるのを諦めたのか、いとこの声が聞こえなくなった。
埒が明かないと探しにでも出たのだろう。
けれど、室内を探している間は、見つかりはしない。
「……」
心底楽しいと思ってしまった。
他人の心を乱すのは、こんなにもと。
幼心に、変な悪知恵をつけたものだ。
それからずっと。
身を潜め、声を殺し、息を止め。
いとこが見つけてくれるのを待っていた。
―当然、見つけてくれるものと思っていた。
「……」
とうとう日が暮れはじめて。
視界が赤色一色へと染まりだして。
周囲が暗くなり始めるまで。
わたしは、そこでじっとしていた。
さっさと出て行くなりなんなりしてしまえばいいのに。
よくわからないプライドのせいで。
見つかるまでは、見つけてくれるまではと。
それでも、幼いが故。
我慢が限界に達し、目頭が熱くなり始めた。
その時に。
がざ――
「……!!」
何かが背後で揺れた。
ここは一応森なのだ。
何が居てもおかしくない。
「……」
強張る体に鞭打って。
そろりと後ろを振り向くと。
そこに二つの目が合った。
「……」
獲物を見つけた獣のものだ。
ちろちろと舌をうごめかす。
蛇のものだ。
細く、長い、縄のような蛇。
「……」
まさに蛇に睨まれた蛙のように、わたしは動けなくなった。
近づくでもなく、ただじっと、そこに蛇はたたずむ。
それが毒蛇なのかどうかも知らない。
とにかく蛇は害あるものとしか覚えていない。
もーいいーかぁーい
声が聞こえた。
「――」
かくれんぼではお決まりの。
もぉおいいーかぁい
けれどそれは。
「――」
いとこの声ではなく。
もぉおお
いぃいいぃい
かあぁああぁい
がバリと広げられた。
洞窟のような暗闇の広がる、
蛇の口の中から―
「―――」
ドクン―
と、心臓が強く跳ねる。
カーテンの向こうから、赤色の光が差している。
「――」
変な夢を見たのか。
鼓膜に響く鼓動は未だ落ち着きそうにない。
「――」
窓の外から、子供たちの遊ぶ声。
もういいかいと、鬼が聞く。
お題:蛇・赤色・かくれんぼ