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女装魔法使いと嘘を探す旅  作者: 海坂依里
第1の事件『承認欲求の偽魔女』 第2章「食の街アステント」
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第4話「7年間吐き続けてきた嘘」

「申し訳ございません! 魔法使いさん!」

「私たちのことなら、気にしないでください」 


 母親の元に子どもを返そうとするとノルカが出てきて、俺と母親のやりとりを阻もうとする。


「彼女、幼いこどもの面倒を見るのが得意ですから」

「そう……ですか……?」


 は?

 にっこりとした笑顔を浮かべたノルカが、何も悪びれた様子もなく嘘に嘘を重ねていく。

 俺が声を出せないのがいいことに、ノルカは母親と円滑にコミュニケーションを図っていく。


「エミリちゃんのごはん! エミリちゃんのごはん!」


 子どもを両親の元に返すことを失敗した俺は、なんとか子どもを落ち着かせようと試みる。

 けれど、幼い子どもの世話をしたことがない俺が上手く乗り越えられるわけがない。


(でも……良かった、ちゃんと問題なく身体が動かせて……)


 こんなに元気になってくれたのは嬉しい。

 魔法が成功してくれたことも素直に嬉しい。

 けれど、髪も帽子もとんでもない有様になりそうな事態に恐れを抱く。


「私たちも、そのエミリさんの店に付いて行ってもいいですか?」

「え?」

「まずは、お子さんの望みを叶えることを優先しましょう」


 俺が抱えている子どもに向けて、ノルカは優しい笑みを浮かべる。

 ノルカの笑顔に安心した子どもは、ノルカの人差し指を握って嬉しそうな笑みを返す。


「本当にすみません! ありがとうございます!」


 話がまとまると、母親は俺が抱えている子どもを受け取ろうと手を差し伸ばしてきた。


(あんな事故が起きた後だもんなー……)


 たとえ両手が荷物で塞がったとしても自分の手で子どもを抱きかかえて、生きていることを実感したいんだろうなと思った。


「荷物は、私たちが運びますから」


 浮遊魔法を使って、母親が抱えていた大量の荷物を運ぶ俺。

 一方の、荷物持ちは私たちがやりますと快く引き受けたノルカは何も持たず。

 これといった魔力を消費することもなく、ノルカは俺の隣に並んで歩く。

 そして、エミリの店がどこにあるのか分からない俺たちを先導するために親子は前を歩いている。


「女装でみんなを騙してきたあなたは」


 親子が前を向いている隙を狙って、ノルカは乾いた笑みを浮かべながら俺に声をかけてきた。


「いとも簡単に人を救っちゃうのね」


 俺とノルカが密やかに会話を繰り広げたとしても、前を行く親子には気づかれない。

 ノルカなりに気遣ってくれたのかと思ったけれど、ノルカの表情に俺を気遣う余裕は感じられなかった。

 むしろ何かと葛藤しているような苦しそうな表情に見えて、俺は言葉を紡ぐことができなくなった。


「私の医療魔法は使い物にならないのに……」


 会話の流れで、ノルカが医療魔法を使うことができないと察する。


「あなたは、あっさりと人を救っちゃうんだもの」


 自分の発する言葉に力がなくなり、弱くなっていくノルカ。


(でも、医療魔法を使うだけが魔法のすべてじゃない……)


 ノルカが魔女試験に落ちた理由が、なんとなく分かってきた。


「俺は、ノルカの魔法に助けられたよ」


 どんなに努力をしても、どんなに魔法学園に通い詰めても、開花しない可能性があるのが魔法という存在。


「ありがとう」


 幸いにも街が賑やかなこともあり、俺が声を出したところで行き交う人たちは誰も気に留めずに過ぎ去って行く。


「街の人たちが急におとなしくなるとか、凄すぎ……」

「やめて」


 複数の人たちの感情を同時に抑え込んだノルカの才能は誇るべきもの。

 真面目にひたむきに努力してきたノルカの努力だって、誇るべきもの。

 決して悲観する才能ではないってことを伝えたかったけれど、ノルカに俺が抱いている気持ちは届かなかった。


「私は、子どもを救うことができなかったの」


 悔しそうな表情を浮かべるノルカだけど、初めてのことに戸惑う気持ちは理解できる。

 あんなにも悲惨な事故が起きれば、足を動かすことができなくなってしまうのも仕方がないって思う。


「魔女を目指しているのに、この有様よ」


 ノルカから嫌悪や怒りの気持ちが向けられたことに気づいて、俺は口ごもる。


「でも」


 ノルカは一瞬だけ俺と向き合うことをやめて、視線を地面へと向けた。


「私は正当な努力を積み重ねて魔女になってみせる」


 下を向いたのは、ほんの一瞬だけ。

 ノルカは再び顔を上げて、俺と視線を交えた。


「卑怯なあなたを認めたくない」


 7年間吐き続けてきた嘘が、ここで責め立てられるきっかけになるなんて思ってもみなかった。

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