第5話「偽魔女が夢を抱いた日【偽魔女視点】」
「まじょさまっ!」
幼い頃から、街の人たちの困りごとを解決してきた魔女様をかっこいいと思ってきた。
「アリザちゃん」
魔女は高貴なる存在として地位が確立され、将来の安泰が約束される。
その言葉の通り、私が暮らしてきた街に住んでいた魔女様は多くの人たちに手を貸してくれた。
「いらっしゃい、アリザちゃん」
まだ幼い私の名前なんて覚えていなくても支障はないはずなのに、魔女様は優しい声で私の名前を呼んでくれる。
魔女様に名前を呼んでもらえるだけで、喜びの感情が溢れて私は笑顔になれてしまう。悲しいことがあっても、辛いことがあっても、私を笑顔にしてくれたのは魔女様という偉大なる存在だった。
「私も、誰からも尊敬の念を抱かれるような魔女様になりたい!」
そんな私の気持ちを知っていた両親は、快く私を魔法学園へと送り出してくれると思っていた。
「魔女は、誰でもなれるわけじゃないの」
けど、そんな理想通りの展開は待っていなかった。
「お母さんも魔女試験を受けたことがあるけど、合格することができなかったの」
「アリザは勉強が苦手だろ? 魔女試験に合格するなんて難しいんじゃないか」
教えられたのは、現実の厳しさ。
「私のためを思って言ってくれているのはわかるよ! わかるけど……」
魔女にはなれる人となれない人がいるってことを、両親は口うるさく言ってくる。
「何事もやってみなきゃ分からないと思うんだよね!」
溜め息を吐く両親に成功した姿を見せるため、私は意気揚々と魔法学園へと入学した。
「うぅ……難しい……」
「頑張れ、アリザ」
魔法学園は、自分が想像していた以上に過酷な場所だった。
自分のことを天才だと思っていたわけじゃないけど、入学早々に自分はごく平均的な魔法使いだと気づくことになる。
もちろんそこで夢が潰えたわけではないけど、ごく普通の魔法使いに待っていた学園生活はごく普通。
「なんでこんなに覚えることが多いの!?」
「魔女になるためだよ」
義務教育である基礎教養機関と変わらぬ座学中心の毎日。
両親の予言通り、私はまず学力の面で躓いた。
「そのうち実技の時間が増えてくるようになるから」
「ここを乗り切れば、魔法が使い放題だよ」
でも、友達に恵まれたおかげで、苦手な筆記試験も乗り越えることができた。
友達と他愛ない話をしながら、時には将来の夢を語り合う。
互いに切磋琢磨し合って、過酷から始まった学園生活は次第に理想通りの学園生活へと変化していった。
「よしっ! 努力を続けて、私は憧れの魔女様になってみせる!」
両親の言葉通り、魔女になれる人となれない人がいるのは理解している。
それでも、最後の最後まで魔女試験の結果は分からない。
苦手なことは乗り越えて、得意なことは更に伸ばして、両親にいい報告ができることを夢見た。
(このままいけば、魔女試験の合格も夢じゃない……!)
魔法学園の厳しさに屈して、多くの仲間が学園を途中で去っていった。
仲間が夢を諦める瞬間に何度も立ち合いながらも、私は幼い頃からの夢を大切に守り続けた。
(魔女試験まで、あと1年……)
魔法学園の卒業が近づいてきたことを実感し始める頃、私の魔法学園での生活に影が落とされた。
「アリザ・トーニ!」
ある日、担任の先生に呼ばれた。
両親が仕事場から帰宅する際に、事件に巻き込まれて亡くなったと連絡を受けた。
「私が無理矢理、魔法学園に入学したいって言ったから……?」
魔法学園に通いたいっていう、私のわがままを叶えるために両親は朝から晩まで働いてくれた。
私が朝から晩まで働かせなければ、帰宅途中で事件巻き込まれることもなかったかもしれない。
暗い夜道を歩かせたりせずに、家で穏やかな時間を過ごしていれば両親は生きていたかもしれない。でも、そんなことを思ったところで両親の命が蘇ることはない。
(夢半ば……)
夢半ばという言葉を知っていたけれど、その言葉が自分のために存在する言葉だとは思ってもいなかった。
(あと1年だったのに……)
両親を亡くした私は魔法学園に通うための学費を払うことができず、退学を余儀なくされる。
奨学金を利用する案もあると友達は言ってくれたけど、中途半端な学力の私が奨学金を利用することはできなかった。
(夢を諦めたわけじゃないのに……)
魔女になれないと嘆いたわけじゃない。
優秀な仲間たちに屈したわけじゃない。
それなのに、私は夢半ばで魔法学園から去ることになった。




