第5話「故人が眠る場所で」
「写真の情報と魔法の力を利用して、幻を作り上げていたんです」
アリザがスプーストの街にもたらした魔法を、ノルカは街の人たちに説明していく。
「幽霊っぽく振る舞う演出をつけて、幻を幽霊だと思い込ませていました」
写真に写っている人が死んでいるかどうかを確認せず、生きている人間の幻を作るという失態を霊媒師は犯してしまった。
生きている人間が幻として登場したことで、霊媒師の商売は嘘だと証明された。
「私たちを捨てた、その人たちは今も生きているんです!」
ノルカという協力者を得たジルナは、アリザが生み出した幻に向けて憎しみを込めた声を上げる。でも、アリザが生み出したジルナ姉妹の両親の幻は、ジルナの訴えに対して戸惑いの表情を浮かべながら幽霊らしく振る舞う。
「アリザ様がいないと、俺たちは遺族に会うことができなくなる」
「霊媒師様を悪く言うのはやめて」
たとえ言葉を交わすことができなくても、幽霊と触れ合うことができなくても、豊かに表情を動かすことができるってだけでアリザの商売には大きな価値が生まれる。
「でも、この霊媒師は……!」
「霊媒師様は、私たちの願いを叶えてくれたのよ?」
霊媒師への信仰心が高いスプーストの街では、ジルナの主張は通らない。
故人と再会するという願いを叶えてくれる人物が、本物か偽物かなんてどうでもいい。
この場においては霊媒師を悪く言うジルナとノルカが敵で、霊媒師の味方をする人たちはみんな仲間になる。
「どうして、会いたいって気持ちを邪魔するの?」
「両親を拒絶する気持ちを、我々に押しつけないでくれ」
感情を抑えられている人たちは、そのまま感情を落ち着かせたまま日常に戻っていくのが普通。
(でも、今回だけは違う)
自分たちが慕ってきた|霊媒師を悪く言うジルナとノルカ《敵》がいる状況では、本来なら落ち着いていく感情も荒ぶる可能性が高い。
「霊媒師は偽物です……」
周囲の大人たちから責め立てられ、だんだんとジルナの声も心も弱っていくのを感じる。
ジルナが正義感を貫き通して訴えかけたところで、ノルカがアリザの使っていた魔法を説明したって、霊媒師を信じて日々を過ごしてきた人たちを説得するのは難しい。
「霊媒師は偽物で……」
ノルカと目が合い、感情魔法を解くタイミングを見計らう。
魔法が解かれた瞬間、墓参りに来た人たちがジルナ姉妹に危害を加えるときのことを考えて傍で待機する。
「私たちは、霊媒師様のおかげで故人と会うことができて……」
俺の準備が整ったのを確認したノルカは、感情魔法を解く。
すると、ほんの一瞬だけ墓場は静まり返る。
音が消えた墓場の空気を怖いと感じたのは、ここが故人の眠る場所だからなのか。
このあと、街の人たちが自分たちの感情をジルナに押しつけるのが想像できるからなのか。
「そ……そうだよ! 俺たちは、アリザ様のおかげで……!」
アステントの街で、ノルカが感情魔法を使ってくれたときとは状況が違う。
男性魔法使いへの興味なんてすぐに薄れたけど、今回は自分たちが崇拝している霊媒師を守らなければいけない。
アステントのときのように、立ち去るという選択を人々は選んではくれない。
「虐待を受けたのなら、尚更ご両親が生きているか確認できないでしょ?」
「生きてます……」
「霊媒師様の力で、君は両親に再会できたんだ」
「違う……!」
アリザを守るためには、どうしたらいいか。
話し合うことで、ジルナに理解を求めてくる人。
そこらへんに落ちている小石を、ジルナとノルカに投げつけてくる連中に人々は分かれた。
俺は防御魔法を使って、小石を投げつけるという暴力からジルナを守る。
「寄って集って、子どもをいじめるのはやめてください!」
結界に守られたジルナに危害を加えられないと気づいた人々は、ノルカを集中的に狙い始める。
ノルカは敢えて自分の身を守らずに、向けられる悪意の的となる。
自分たちの主張を理解してもらうために、ノルカは声を上げ続ける。
「ここは故人が眠る場所です!」
ノルカがジルナを助けるために、声を荒げながら正しさを主張していく。
(でも、なんの解決にも繋がらない……)
ジルナを守ることはできても、そこから何も発展することはない。
霊媒師への信仰心は、子どもたちを深く深く傷つけるために働いていく。
「みなさん、落ち着いてください」
霊媒師に味方する人たちを、どうすればいいか。
そればかりを考えていた俺たちは、自分たちに近づいていた危機に気づくのが遅れた。
「ここに、私たちの敵がいるではありませんか」
この声を、聞いたことがある。
この声を、よく覚えている。
「少女を洗脳した魔法使いさん」
自分にとって価値のないものを見下してきたお嬢様。
大勢の取り巻きを引き連れたフラが現れ、ノルカの体を鋭利な刃物で突き刺した。
「っ」
アリザを守るための喧騒に包まれていた墓場が、一瞬にして静まり返る。
魔法学園の外に出て、時が止まったような感覚を受けたのは2度目のことだった。
ノルカの体から溢れ出る血液が、故人たちの眠る墓場を真っ赤に染め上げていく。
もし宜しければ、☆をクリックして応援していただけると嬉しいです!




