第3話「需要のある霊媒師」
「はぁ」
宿屋に戻ってからも、アリザを追い詰めることができない悔しさでなかなか寝つけなかった。
もどかしい気持ちを解消する術もなく、無理矢理に目を閉じてみる。
けれど、スプースト特有の気温の低さと、たいして厚さもない掛け布団は、体を温めることなく体温を下げていく。
益々、目が冴えてしまったけど、目が冴えたところで何も良い考えすら浮かばない。
気づいた頃には朝がやって来て、昨日と同じ労働が待っている朝に溜め息を吐いた。
「はぁ」
「溜め息を吐いたところで、事態は何も変わらないから」
ノルカの言うことは、もっとも。
魔法を使っての掃除が許可されるわけでもなければ、アリザを偽魔女として逮捕できるわけでもない。それでも、溜め息ってものは自然に零れてきてしまう。
「アリザ様のおかげです!」
かじかんだ手で墓場の掃除を進めていると、今日もアリザは霊媒師として活躍していた。
「これは追加のお気持ちです。次回もお願いします」
「……いただきます」
アリザはめちゃくちゃ高額な料金を請求しているわけではなく、本当にお気持ちしか貰っていないらしい。
(お気持ちねー……)
追加で金を貰っているっていう流れを目にして、堪えていた溜め息を再び吐き出しそうになってしまうから頑張って口を閉じる。
「本当に、本当にありがとうございました」
依頼者が墓場から去るのを見届けたアリザは周囲を見渡して、依頼者がいないことを確認する。
「あのっ!」
霊媒師様を頼りにする人の数が落ち着いたことが分かると、幼い女の子の可愛らしい声がアリザに自分がここにいるよと存在を知らせる。
「れーばいしさんっ」
アリザに気づいてもらうため、精いっぱい叫んだんだろう。
女の子の大きな声は、墓場を去ろうとしていたアリザを呼び止めることができた。
「って」
墓場で姉とはぐれて、涙を流してしまった女の子。
子どもらしい一つ結びをゆらゆら揺らしながら、女の子はアリザの元へと駆け寄ってくる。
「ルナ……」
「また迷子になったのかしら」
2度と姉のジルナの手を離さないとように、しっかりと姉の手を握りしめていたルナ。
ジルナも一緒かと思って辺りを見渡すと、そこにジルナの姿はない。
「迷いやすいもんな―……」
霊媒師に自分の声が届かないように、なるべく小さな声でノルカに話しかける。
「今度はジルナの顔がわかってんだから、探索魔法を使って……」
ルナは魔法使いのローブをまとう俺たちになんの興味も示さずに、ルナは真っすぐ霊媒師のアリザへと向かって行く。
「あのね、あのね」
子どもが飽きるのは早いとは聞くけれど、まるで透明人間のような扱いを受けたことに寂しさを抱かずにはいられなくなる。
「ママとね、パパにね、あいたいの」
ルナは自分の願いを叶えてくれるアリザに会うことができて、とても嬉しそうな笑みを浮かべている。
何も心配なさそうなルナだが、姉のジルナとはぐれたままというわけにもいかない。
「えっと……そうだよね、会いたいよね」
「うん!」
この場を去ろうとしていたアリザだが、アリザは息を切らしながら駆けつけたルナと目線の高さを合わせるように屈んだ。
怖いことなんて何もないと言わんばかりの優しい声色で話しかけると、ルナは嬉しそうな笑みを浮かべながらアリザを慕っていく。
「よし、今日は特別ね」
ルナの用件が済み次第、探索魔法でジルナを探そうと2人のやりとりを見守ろうとした。でも、その、ただ見守るっていうのは精神的に堪えるなって思った。
(アリザが偽魔女だったら、アリザを逮捕しなきゃいけない……)
でも、アリザが逮捕されるってことは、アリザがスプーストから去るということ。
アリザがスプーストからいなくなれば、故人と再会することで心救われていた人々は悲しみに陥ってしまう。
(アリザが本物であってほしい……か……)
アリザが本物の霊媒師か、資格を持つ魔女だったら、俺とノルカにとってはなんの利益にもならない。むしろ、スプーストで無駄な時間を過ごしたとも言えてしまう。
計算上は、1か月で偽魔女を1人捕まえなければいけない。
無駄な時間を過ごすほどの余裕はないくせに、彼女が無罪だったらいいのにと考えてしまう。
「ぁ……」
アリザがルナから写真を受け取り、魔女の格好をしている俺たちの目の前でルナが望んでいる人物を呼び寄せた。
アリザの堂々とした態度は、疑うことは何もありませんよって言われているみたいだった。尚更スプーストに居残ることの虚しさをアリザは訴えてくる。
「ママ……パパ……」
ルナが、アリザが呼び寄せた両親に触れようとする。
でも、幽霊だろうが幻だろうが、ルナは両親に触れることができない。
ルナの両親もルナに触れることができず、悲しげな表情を浮かべている。
手を伸ばすことができると思っていた両親に触れることも、抱き締めてもらうこともできないと理解したルナは、瞳に溜め込んでいた涙を溢れさせてしまう。
「うぅ……」
この場に魔法を使える人間がいるのに、ルナの両親に触れたいって願いを叶えることができない。
(どんなに願う力が強くても、叶えられない願いがある……)
何度も何度も手を伸ばして、両親に触れようとするルナ。
ルナが涙を流す姿を見ていられなくなった俺とノルカは視線を交え、与えられた墓場での清掃業務に戻ろうと意見を一致させる。
すると、いなくなった妹の姿を探そうと必死に街を探し回ったであろうジルナが息を切らしながら現れた。




