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女装魔法使いと嘘を探す旅  作者: 海坂依里
第3の事件『死別の涙を拭う偽魔女』 第1章「幽霊街スプースト」
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第1話「特殊な街」

 1年のうち半分以上が曇り空。

 太陽の恵みを受ける日数が少ない特殊な気候のせいか、辺りを漂う空気が冷たい。

 魔女試験の追試は始まったばかりなのに、もうすぐ冬がやって来そうな気配すら感じるスプーストの街。

 薄暗い雲が流れていく様子を観察しているだけで、体も心の体温も下がって寂しいような人恋しいような気分に駆られてしまう。


「はぁ」

「次に溜め息をついたら、ご飯抜くから」


 誰が見ても、可愛らしい魔法使いさんと声をかけてくれる。

 そんな愛くるしい見た目の俺に対して、魔女試験追試の相方であるノルカ・ノーラは相変わらず俺に対して手厳しい。


(出会ったときの優しさはどこにいったんだよ)


 性別を偽ってまで魔法を使おうとしている俺のことを責めたいんだろうけど7年間の魔法学園の生活で女装という嘘を吐き続けてきたのは事実。

 ノルカにすべての主導権を握られようと、何も文句は言えない。


「はぁ」

「ご飯、いらないってことね」

「違っ……!」


 俺が、さっきから溜め息を吐いているのには理由がある。


「なんで魔法が使えるのに、箒で掃除しなきゃなんだよ!」

「対価を貰うから」


 俺とノルカが訪れたスプーストは、気候のほかにもう1つの特徴がある。


「魔法使いたい……」

「使っていいわけないでしょ」

「魔法使いたい……」

「牢獄にいってらっしゃい」


 この街は、幽霊街スプーストと呼ばれている。

 街のほとんどが墓地で占められていて、住人は墓を管理している数人のみ。

 国内で亡くなった人の墓はスプーストに集約されているといっても過言ではなく、スプーストは常に人手不足。


「魔法の存在意義って……」


 国からの支援金を使い切った俺たちは、現在スプーストで墓掃除の労働中。

 もちろん魔法使いが魔法を使って対価を貰うことは禁じられているため、葉っぱをかき集めるだけでも地味に箒を使わなければいけない。


「そろそろ交代」

「何?」


 魔法使いにとっては空を飛ぶために箒があるはずなのに、現在は墓場の掃除で箒は大活躍中。

 そんな箒を手に持ちながら、ノルカが作業をしている場所まで足を運ぶ。


「ずっと同じ作業してたら、手が荒れる」


 墓石に水をかけながら、雑巾を使って水拭きをしていたノルカ。

 彼女が言葉を返してくる前に箒と雑巾を取り換えて、墓場の掃除と墓石の掃除を交代する。


「今日、寒すぎ」

「……幽霊がいる場所は、温度が低いとか言うわね」


 無理矢理に役割を交代した。

 余計なことしないでとか。

 文句を返される覚悟を決めていたけど、そういった展開にはならず。


「見えないはずの幽霊が見えるって言われてもなー……」

「一応は国からの情報よ」

「それらしき陰すら見当たらないけど」


 スプーストを騒がせている噂は、見えないはずの幽霊が見えるというもの。

 相変わらず国は、偽魔女が関わっているかどうかすら分からない情報を追試験者に配布している。

 追試験の期間である10か月間を有効に使えってことだろうけど、不足している魔女の小間使いをさせられているようで気分は良くない。


「今は幽霊よりも宿代」


 俺はおとなしく自分の手を使って墓石の掃除を再開しようとするけど、水仕事をする際にスカートの長さが気になる。


「お墓の掃除に魔法は使えないんだから、女装しなくても良かったんじゃない?」

「……いつ魔法を使うときが来るかわかんないだろ」

「事件や事故なんて、滅多に起きないと思うけど」

「……起きたときのためだよ」


 水仕事を引き受けたこともあり、体の温度は益々低下していっているような気がする。

 ノルカの態度が冷たいせいなのか、目に見えない幽霊がこの場にいるのか。

 俺たちはおとなしく、魔女試験を継続するための資金を稼ぐことに専念する。


「また、おばあちゃんに会いに来るね」


 墓参りに来た女性が、墓に眠る故人への挨拶を済ませて家路へと向かおうとしていた。


「霊媒師様、今日はありがとうございました」


 女性の隣には、黒いフードを纏って目立たない服装をした身長の低い人物がいた。

 深くフードを被っていて顔を見ることはできないが、身長だけを見ると子どもっぽいことだけは分かる。


「霊媒師様には、感謝してもしきれません」

「私なんて、そんな……」

「これは、お気持ちです! 受け取ってください」


 子どもっぽい外見をしている人物の声が聞こえてきて、黒いフードの主が少女だと判断できる。

 人を外見で判断してはいけないとは言うけれど、可愛らしい声質にちっちゃな体型の彼女を見ていると子どもが商売しているようにしか見えない。


「霊媒師って、本当にいるのね」

「ぶっちゃけ胡散臭い……」


 霊媒師っていう、魔法を使わずに霊と繋がることができる職業があるのは聞いたことがある。

 なんでもかんでも魔法や魔女に頼っている国ということもあって、霊媒師という職業にはあまり馴染みがない。


「幽霊なんて、会ったことないからなー」


 7年間も魔法学園に通っていたけれど、幽霊と対面するような出来事に遭遇することはなかった。

 幻を作り上げる練習や幻を撃退する練習はしてきたけれど、故人の魂と再会するのとはまた違う話。


「アンジェル! 静かに!」


 霊媒師から向けられた視線に気づかなかった俺はノルカに窘められるが、霊媒師は俺とノルカの会話を聞いていなかったのか。何を言われても気にしない性格なのか。 

 霊媒師は俺たちに軽く会釈をして、次の仕事へと向かって行く。


「ほら、幽霊がいてもいなくても作業再開」

「はいはい」


 霊媒師の少女が墓場を歩き回りながら、墓場を訪れている人たちに手を振っている。

 このスプーストの街で、相当な知名度と信頼を得ているのが一目で分かる。

 魔女以外にも人気ある職業があるんだと興味深く彼女を視線で追いかけていると、次なる展開が俺たちを待っていた。


「きゃー」

「う……うぅ……」


 悲鳴と人がすすり泣く声が同時に聞こえてくるという謎展開。

 ノルカと視線が交わり、俺たちは声が聞こえてきた方向に向かうことを確認し合う。






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