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女装魔法使いと嘘を探す旅  作者: 海坂依里
第3章「命の価値を測る偽魔女」
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第8話「無力な魔女【偽魔女視点】

「ただ教育していただけなんだけど、なぜか動かなくなってしまってね」

「それは……」

「魔女は、どんな願いも叶える力を持つことを思い出したんだよ」


 地中深くにいる私の声は父に届いていないはずなのに、まるで会話が成立しているような感覚を怖いと思った。異様だと思った。異常だと思った。


「このままだと悪い噂が立っちゃうだろ? 最近顔を見ないとか、逃げられたんじゃないかとか……」


 父の言葉を聞いて、私が触れた肉の正体が分かってしまいました。


「フェリーナの魔法で、また笑顔の絶えない家庭を築こう」


 腐敗臭を放つ得体の知れないものに触れるのを怖いと思いました。

 気持ち悪いとすら思いました。

 でも、得体の知れないものではないと知った瞬間、私は傍に寝そべっている遺体へと手を伸ばすことができました。


「っ」


 寝そべっている遺体という表現自体が、間違っていることに気づきます。

 葬儀屋の手で土葬されたわけではなく、素人が土に埋めただけの遺体。

 なるべく生前の姿に近づけるために綺麗に整えてもらうこともなく、亡くなった命には土が汚く塗せられていました。


「こんな……こんなことって……」


 刃物で傷つけられたような痕跡が見られないことに安心したのも束の間、乱雑に埋められた遺体に打ち身のような痕を見つけてしまいました。


(どうして、どうして……)


 母と妹を守ることができなかった無力な私ですが、母と妹の変化には人一倍敏感だったのかもしれません。


(やせ細っている……)


 時の流れが証拠を隠滅してしまったのか。

 笑顔が似合う妹の体を、か細くしてしまった理由はなんなのか。

 すぐに思い浮かべることはできませんでした。


「母は……」


 母の遺体に触れると、記憶に残っている母よりも痩せ衰えたような印象を受けます。

 腐敗の進行具合が早かっただけのことかもしれませんが、極度にやつれた遺体は私にある可能性をもたらしました。


(食べさせて……もらえなかった……)


 もしくは、食事を喉に通すことが困難な状態だった。

 どちらにしても、私の大切な2人が健康に生きることができなかったのは確かな事実。


(死因は……)


 腐敗の進んだ遺体に検死の魔法を使うことができるかなんて分からなくても、私は頭をかすめた予感を肯定するために、否定するために、2人の遺体に杖を翳します。


「さすがはフェリーナだ!」


 魔法を使うことのできない父は、杖が生み出す淡く輝き出す光を見ただけで感動の声を上げてくれました。


(どんなに偉大な魔女でも……)


 私が使用している魔法を、蘇生の魔法だと勘違いしながら私を褒め称えていく父。

 私は魔女試験に合格したとき以上の賛辞を、父親から浴びることになりました。


(人の命を蘇らせることはできない……)


 願う力の強さが魔法に影響を与えると言われているけれど、どんなに私が強く願ったところで2人の命は戻ってきません。それが、世界の常識なのです。


「そうだ、フェリーナ」


 父は2人の家族を亡くしたというのに、これからの未来には希望しか待っていないと言わんばかりの明るい声で私に話しかけ続けます。


「命令に従わせる魔法は使えるかい?」

「命、令……?」

「遺体を蘇らせることのできるフェリーナなら、人を意のままに操ることくらい簡単か」


 小さな私の声が、地上にいる父に届くはずがありません。


「魔法を使えない人間には価値がないだろ?」

「価値、ですか……?」

「価値がない人間は、教養を身につけなければいけない」


 さっきから私と父の位置に変化は訪れていないはずなのに、どうして会話のようになってしまうのでしょうか。


「それが、僕の父の教えでね」

「っ」

「できるまでやらせると可哀想だから、今度は魔法の力で教養があるように振る舞ってもらおうと思うんだ」


 私と父が、一時でも家族という関係を築いたからなのでしょうか。

 呑気に父のお金で魔法学園に通っていた私を絶望に落とすには、十分な言葉が並べられました。


「魔女に恥じるような家族は、世間に顔向けできないだろう?」

「顔向け、ですか……?」

「僕の言うことを聞けば、少しはまともに生きられる」


 家族の絆というものを、こんなにも残酷に感じたのは人生で初めてのことでした。


「僕は父に躾けられてきたからね」


 検死の魔法が答えをくれる前に、母と妹には生きる資格がないと父が答えをくれました。

 命が平等であるという教えは覆され、父は命の価値に違いがあると私に教えてくれました。


「僕は父の教育を受けたから、価値ある人間になることができた」

「お父様には、価値が……?」

「価値のない2人を再教育できるのは、僕しかいない」


 これ以上、真実を知るのを恐れたのか。

 もう、覚悟が決まったから真実を知る必要がなくなったのか。

 このときの私がどう思ったのかは思い出すことができませんが、今も確かに覚えている感情はあります。


「散々言われてきたよ。魔法が使えない人間には価値がないって」

「…………」

「それでも僕たちは、魔女であるフェリーナの誇るべき家族でないといけない」


 悲しみ。


「フェリーナ? もう終わったのかい?」


 憎しみ。


「今、引き上げるよ。今度こそ、フェリーナに恥じない家庭を築いてみせるよ」


 絶望。

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