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女装魔法使いと嘘を探す旅  作者: 海坂依里
第2の事件『命の価値を測る偽魔女』 第2章「黒猫が訪れたパン屋」
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第4話「来客」

「いらっしゃいませ」


 モーガストさんが亡くなった世界の空は、モーガストさんの死に関係なく鮮やかな青を魅せる。

 誰かの死は、他人にとっては他人事。

 そんな当たり前のことを、なんだか寂しいって思った。

 でも、雲ひとつない空って表現が相応しいくらい天気に恵まれていて、今日こそは店の外でパンの売り子をする絶好の日和だと思った。


(でも、モーガストさんはいない……)


 モーガストさんがいないため、奥さんはパンを焼くことに専念。

 モーガストさんと二人で店を切り盛りしてきただけのことはあって、細身な印象に対して力仕事をしっかりとこなしている。

 裏方として店を支えている奥さんの顔は晴れやかに見えて、モーガストさんの代わりを務めようと気丈に振る舞っている様子が伝わってきた。


(俺も、奥さん見習わないと)


 パン屋の売り上げを伸ばすためにも気合いを入れ直して、奥さんの焼いたパンの陳列を始める。


「おひとつ、いかがですか」


 窓の向こう側では、声を出すことができるノルカが立派に売り子を務めあげている。

 奥さんを励ますためにも、パンの売り上げを伸ばしたい。

 そんなノルカの気持ちが強いこともあって、ノルカは昨日とは比べ物にならないくらい饒舌に売り子の仕事をこなしていく。


「旦那さんが亡くなったばかりなのに……」

「翌日から働いていて、ちょっと怖いわね」


 堪えていた溜め息に誘われるかのように、パンを求める客以外がパン屋の中へとやって来る。


「ねえ、あなた。奥さんから何か聞いてない?」

「ほら、見て。奥さん、平然としてる」


 にこにこと愛想のいい笑顔を向けることしかできない売り子()は、もちろん野次馬に言葉を返すことができない。


「旦那さんへの愛情がなかったんじゃない?」

「どこに不満があるのかしらね」


 俺から情報を何も引き出せないと察した2人の女性は、店の奥で作業をしている奥さんを覗き込みながら噂話に花を咲かせる。


「あんなにいい旦那さんだったのに」

「ちょっと薄情よね」


 旦那さんが亡くなったあとも、街の人たちのために働く奥さんのどこが薄情なのか。

 よく分からない会話を繰り広げる2人に苛立ちが込み上げてくるけど、噂好きな人間に正論をぶつけたところで自分たちの非を認めてくれるわけがない。


「少し、お邪魔しますね」


 奥さんの悪口が集うパン屋と化していたところに、たった一声で淀んだ空気漂う店内を一変させる女性が現れた。


「フェリーナさん!?」


 華やかな声を聞きつけたのか、常連が店を訪れたのか。

 店の奥でパンを焼いていた奥さんは作業を中止してまで、フェリーナという名前の女性を迎えるために店の中へと顔を出した。


「この度は、ご愁傷様です」


 自分の金色の髪を映えさせる色は、何色なのか。

 薄青いブラウスと、黒のロングスカートを組み合わせ、自分に最も似合う服を着ているんだろうなって感じられる気品さある女性は奥さんに向かって丁寧に挨拶をした。


「突然のことで、お慰めの言葉もございません」


 真っ白な花の束を抱え、それを奥さんに手渡す。

 フェリーナさんの、ただそれだけの動作に見惚れてしまう。


「恐れ入ります」


 フェリーナさんに品位を感じてしまうのは、さっきまで悪口に塗れていたせいというのもあるかもしれない。

 それだけ薄汚れていた店の空気を特別な魔法を使うことなく、フェリーナさんはあっという間に浄化してしまった。


「今、お茶をお出しします……」

「お構いなく」


 フェリーナさんの空気に当てられたのか、奥さんを悪く言っていた女性たちは何も購入することなく店から立ち去ってしまう。

 やっと、自分たちの品のなさに気づいたのかもしれない。


「…………」

「フェリーナさん?」

「あ、いえ……」


 このままフェリーナさんも女性たちと同じく店から立ち去るものだと思っていたけど、フェリーナさんは何か気になることがあったらしい。

 パン屋の奥を覗き込むような仕草をしたフェリーナさんは、奥さんに声をかけられる。


「黒猫が、飲食店に入り込んだら大変だと思ったので」

「お気遣いありがとうございます」

「中を覗き込むような真似をして、失礼いたしました」


 昨日パン屋を訪れた黒猫は主の命令が届かない状況のため、再びパン屋を来訪することはない。

 けれど、フェリーナさんが心配している通り、ほかの黒猫が災いをもたらすために姿を見せる可能性は十分にある。


「きゃぁぁぁぁ」

「うわぁ、こっちに来るな!」


 恐怖に陥った人々の悲鳴が店内へと響き渡り、フェリーナさんがもたらした平穏な空気は打ち消されてしまった。


「なっ……」


 奥さんたちと一緒に店の外に出ると、人々は冷静さを失って黒い存在から逃げ回っていた。

 いつもの日常を奪った黒い存在から逃げるために、人々は必死に足を動かしていく。

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