第3話「黒猫の背後にいるのは誰?」
「……魔法を跳ね返すっていうけど、使っている魔法は防御魔法よね」
「そうだけど」
「何かの魔法から、猫を守ったってことじゃない?」
「……えーっと?」
ミルクを飲むのに夢中になっている黒猫の頭を優しく撫でて、ノルカは黒猫に『ごめんなさい』と謝罪の言葉を向けた。
「もう1回、防御魔法を使ってみて」
「別にいいけど……」
ノルカが指示する通りの魔法を使うことはできても、その魔法が自分に何を教えてくれるかまでは想像できない。
魔女を目指してきたはずなのに、意外と自分にはできないことや向いていないことがあるってことを相方のノルカが教えてくれる。
「は!?」
解いた防御魔法を再び黒猫に施すと、猫の食欲は急激に落ちた。
さっきまで口にしていたミルクを警戒するように拒絶してしまって、急激に落ちたなんて表現は生易しいくらい黒猫の態度は急変した。
「ごめんなさい、もう解いてあげて」
「あ、うん」
防御魔法で生み出した結界が解かれると、黒猫は自分が飲んでいたものの正体がミルクだということに気づいたかのような反応を見せる。
食欲旺盛とまではいかなくても、皿に注いだミルクへと舌を伸ばした。
「たとえば?」
「ミルクを飲みなさいって命令する魔法、とか?」
防御魔法が発動すると、誰かが黒猫に施した魔法の効果を弾くことになる。
結界が働いている間は誰かの命令なしに動くことができるようになるはずなのに、黒猫は防御魔法の守りがあると途端に元気を失ってしまう。
「防御魔法が機能している間は、主の命令が届かないみたいね」
どこに帰ればいいか。何を食べたらいいのか。何をしたらいいのか。
ここにいない誰かが黒猫に、いちいち命令を与えているということになる。
「今も、誰かがミルクを飲むように指示を送ってるってことだよな」
「そういうこと」
「怖っ」
自分の魔力が枯渇することはないと信じて、再び黒猫に防御魔法をかける。
「ちょっと、待っ……」
「俺たちだって、監視されてる可能性が高いってことだろ」
「黒猫が食事を済ませるまでは……」
黒猫を意のままに操っている主の魔法を、防御魔法で弾きたい俺。
黒猫が生きるために、食事を優先させたいノルカの意見。
「俺の勝ち」
「勝ち負けの問題じゃないと思うけど」
生きるためにお腹を満たした黒猫は、主の命令を弾くという俺の意見を尊重してくれた。
体も温まって、お腹も満たされた黒猫はミルクが注がれた皿の傍で安らかな寝息を立てる。
「ミルクを飲むように命令できるってことは、主にミルクは見えてるんだな」
「どこかにいる主さんはミルクを飲ませて、黒猫を生かしたいのね」
防御魔法を解いている間、黒猫の視線は皿に向いていた。
黒猫の目を通して、|黒猫を保護している人物《俺たち》の顔を知ることはできないだろう。
「ただの黒猫なのか、重要な役目を持つ黒猫なのか……」
「ただの黒猫のわけないって」
「また都合よく考えて……」
「人が亡くなったのは事実だって言っただろ」
黒猫が現れたタイミングで、1人の人間が死んだっていう現実から目を逸らしてはいけないと思った。
「黒猫が人の死に関わってるから、モーガストさんは亡くなった」
偶然が重なったわけでも、たまたま人が亡くなるタイミングで黒猫が現れたのではない。
「黒猫は、ただの黒猫じゃないってこと」
黒猫が、人の死になんらかの関わりを持っている事件だってことに気がついた。




