第10話「偽魔女逮捕【アンジェル視点】」
「エミリ……」
エミリの声に変化があったことに気づいたらしく、ようやくリリアンカが顔を上げた。
「エミリ、エミリ……」
「私が望みました……! 私が店を続けたいって……その願いをリリアンカさんは叶えてくれて……」
リリアンカを守るための嘘と共に、エミリの瞳から涙が零れ始める。
エミリの涙を目にしたリリアンカは、エミリが自分にしてくれたようにエミリの背を優しく撫でていく。
泣き止むように、泣き止んでほしいと願いを込めながら。
「ごめんなさい、エミリ……」
「私が独りで頑張らなければいけなかったのに、私が魔法の力を欲してしまったから……」
「ごめんなさい……」
「なんでリリアンカさんが謝るんですか……」
「ごめんなさい……」
「リリアンカさんっ……!」
最初から最後まで、対照的な2人だと思った。
リリアンカが駄目になったときは、エミリが支える。
泣きじゃくるエミリを、今度はリリアンカが支えている。
「不正に手を染めたのは私……。自首をするわ」
「リリアンカさんっ!」
「魔女は、人々を不幸に陥れた責任をとらなきゃ……」
リリアンカは、エミリの笑顔を望んでいた。
エミリも、リリアンカの笑顔を望んでいた。
「連れて行って」
「リリアンカさんっ! リリアンカさんっ!」
それなのに最後に見たのはエミリの笑顔ではなく、エミリの涙。
リリアンカは、自分の犯した罪の重さを理解しただろうか。
「魔女が罪を犯すなんて、前代未聞ね……」
リリアンカの自首に付き添う際、リリアンカはぽつりと言葉を零した。
(でも、多分、リリアンカは……)
魔女ではない。
恐らく、魔女と称して悪事を働いていた偽魔女。
「魔女が、人を幸せにできなかったなんて……」
ノルカのように1つの魔法に特化した魔女だとしたら、料理を美味しいと錯覚させる魔法の威力が弱すぎる。
料理を美味しいと錯覚させる魔法を極めて、もっと万能に使えるようにしないと魔女にはなれない。
困りごとを解決する力を持つ魔女だとしたら、エミリを救うことができなかったことに対して説明がつかない。
(だから、多分……)
リリアンカは、偽魔女。
自分が、魔女ではないことを忘れてしまった。
エミリに魔女として慕われているうちに、リリアンカは自分のことを魔女だと思い込むようになった。
(偽魔女逮捕って、もっと正義のヒーロー的な活躍ができると思ってた……)
この街は、再び食が盛んな街として売っていくために奮起していくとは思う。
少しも晴れやかではない表情を浮かべるエミリが、どんな人生を歩むことになるのか。
俺とノルカは、エミリのこれからを知らないまま店を後にした。
リリアンカを警察に連れていく役割も俺とノルカが担ったけれど、ここから先のリリアンカの物語を俺とノルカは知らない。
「ノルカ」
リリアンカが魔女試験に合格していたら、恐らく今回の事件は起きなかった。
俺もノルカも魔女試験に落ちた者同士。
魔女試験に落ちた苦しみが理解できることもあって、偽魔女を捕まえるってことは手放しには喜べない使命だということを知る。
「今回は、ノルカの知識のおかげで助かった」
アステントの街を去る際に、エミリの店を訪れる何人もの客とすれ違った。
リリアンカがいなくなった街では、もう魔法にかけられた料理を口にすることはない。
今はエミリの店が開いていないことに寂しさや残念さを感じていても、リリアンカが魔法をかけた料理を口にできない日々はエミリの店の味を忘れさせていく。
「ママのごはん、おいし?」
「ママ、頑張って作るね」
エミリの料理に虜になっていた子どもと、その母親を見かけた。
母親は目に涙を浮かべながらも、子どもの前で涙を流すわけにはいかないという母親らしい強い一面も見せていた。
(今は、エミリの店の料理を食べたいかもしれないけど……)
この街にかけられた魔法は、自然に解けていく。
でも、みんなが美味しい美味しいと絶賛していたエミリの料理がどうなるかは分からない。
エミリが、努力で勝ち取るものもあるかもしれない。
ここで努力を途絶えさせてしまう可能性もあるけれど、エミリの料理が誰の力も借りずに美味しくなる可能性だって残されている。
「ママ、最高の料理、作ってみせるから!」
「さいこー?」
子どもだけでなく、母親も心からの笑みを浮かべていた。
無理矢理に作られた笑みではなく、食を通して得られた笑みが広がっている。
きっと母親の作る料理に心が揺れ動かされるようになると思う。
「うん、最高」
「さいこー!」
美味しい物を美味しいと感じられることが、幸せだということに気づいた。
心から美味しいって感じることが、自身の幸福に繋がるってことに気づかされた。
(魔女試験追試終了まで、あと363日……)
偽魔女逮捕1人目
食が盛んな街アステント 飲食店経営 リリアンカ・ダス
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