第7話「偽魔女は願いのために【偽魔女視点】」
「今日も来ちゃったよ」
「さっきほかの店で食べたばっかなのに、満足できなくてなぁ」
承認欲求も満たされ、お金も稼ぐことができて、私を必要としてくれるエミリが傍にいる。
これ以上の幸せは、この世に存在しない。
そう思えるほどの幸せに包まれていたけれど、私の魔法は万能ではないことが私の不安を駆り立てていく。
「またエミリさんの料理が食べたくなって……」
「毎日食べても飽きないんだよなー」
私の魔法には、致命的な欠点がある。
「三食全部、エミリさんの店で済ませちゃおうかなって」
持続性がない。
魔女の資格を与えられた人なら持続性のある魔法を使うことができるかもしれないけど、私は魔女ではない。
何度も何度も料理に魔法をかけて、何度も何度もその料理を口にしてもらって、ようやく料理を美味しいと錯覚させる魔法が完成する。
(何度も魔法をかけないと、エミリの料理の味が落ちる……)
未熟な魔法使い。
落ちこぼれのリリアンカと、ここで再会を果たすことになる。
(客の数が増えれば増えるほど、私の魔力が……)
魔法を使うには、魔力と呼ばれる力が必要。
魔法の使用回数が多い人や、高度な魔法を使う人ほど大量の魔力を消費する。
私は、その使用回数が多い人に該当した。
(魔力を回復させる時間が足りない……)
魔力を使い果たすと、一定時間魔法が使えなくなるのは常識。
でも、その常識を覆す方法があることも知っていた。
(私の記憶を対価に、魔法を使い続ければ……)
昨日今日、会う客との思い出や情報なんてどうでもいい。
私にはエミリとの思い出だけが記憶に残れば、それでいい。
(記憶を差し出せば、これからも料理を美味しいと錯覚させ続けることができる……!)
最初は、それでいいと思っていた。
私の記憶なんて、なくなっても構わないものがほとんどだと思っていた。
それは本当のことだけど、私はエミリの店を訪れる客の数を完全に舐めていた。
(魔力も記憶も追いつかない……)
店が儲かれば儲かるほど、私は料理を美味しいと錯覚させる魔法を使うことになる。
この魔法は、途中でやめることができない。
魔法をかけることをやめてしまったら、客はエミリの料理を美味しいと思ってくれなくなる。
そんな事態に陥ったら、エミリは笑顔を見せてくれなくなる。
エミリは、私のことを必要としてくれなくなる。
「……アンカさん」
差し出す記憶がなくなって途方に暮れている私に優しくしてくれたのは、やっぱりエミリだった。
「リリアンカさん!」
「な……何……?」
「最近、ぼーっとされていることは多いなと思って……」
この優しさに、私は応えたい。
だって、私は国から任命を受けた誇り高き魔女なんだから。
「ちゃんと休んだ方がいいですよね。いつ休みを……」
「ダメ……」
「リリアンカさん?」
「少しでも休んだら、ほかの店に客を取られちゃうから……」
私の魔法は、休むことができない。
魔女のくせに、脆弱な魔法しか使うことができないことが情けない。
(あれ……)
魔女は、困りごとをなんでも解決できるだけの力を持っているはず。
どうして私は、必要としている魔法を使うことができないの?
「リリアンカさんが少しでも体調を悪くしたら、ちゃんと休みますからね」
話がまとまったエミリは、店を営業するための準備にとりかかる。
(私は、エミリを助けるために……)
エミリが働く姿を見て、私はどうして自分がここにいるのかを思い出す。
大切な大切なエミリとの思い出が私の生きる理由だってことを、残された記憶を辿りながら確かめていく。
「私は魔女……私は、魔女……私、は、魔女……」
小さな声では、エミリの元に届かない。
「私は!」
「リリアンカさん?」
声を上げて、エミリの気を引く。
私という人間を肯定してもらうために声を荒げて、エミリの気を引く。
「リリアンカさん、どうかしましたか……」
「私は、魔女……よ、ね?」
確かめるまでもない。
私は魔女。
私は国から任命された魔女。
私は、国民を幸せにするために存在する魔女。
でも、ときどき不安になる。
だから、確かめたくなる。
「そうですよ」
「エミリ……」
エミリは一瞬だけ、何を今更って驚いた顔を見せた。
けど、すぐに優しく微笑んでくれた。
「リリアンカさんは、立派な魔女様ですよ」
「そう……よね……」
私の使う魔法は、こんなにも持続性のないものなの?
休むことすらできないほど、繰り返し魔法を使わなければいけないの?
「私の店を救いに現れてくれた高貴なる存在」
エミリが、私の存在を肯定してくれる。
「それが、リリアンカさんですよ」
眩しいくらいの笑みを浮かべて、私という存在を受け入れてくれる。




