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女装魔法使いと嘘を探す旅  作者: 海坂依里
第4章「承認欲求の偽魔女」
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第2話「2人のためだけの都合のいい世界」

「ごめんなさい! リリアンカさん!」


 店から俺とノルカ以外の客がいなくなった時点で、エミリはリリアンカに向けて深く頭を下げた。


「疲れてるのかな……。何かミスしちゃったみたいで、料理が上手く作れなくて……」

「違う! エミリのご飯は最高よ! アステントの街で1番の美味しさを誇れるほどの実力よ!」

「……ありがとうございます」


 エミリとノルカは、俺たちが店内にいるにも関わらず2人だけの空間を作っていく。

 それだけ店から客がいなくなったことに焦りを感じたのか、衝撃的だったのか。

 どちらにしても2人は互いに互いのことを支えていく。

 その様子から、エミリたちが街の人たちと疎遠だった理由がなんとなく伝わってくる。


(エミリとリリアンカは、ずっと2人だけの世界を作り上げてきた)


 だからといって、自分たちの都合のいいように世界を作り替えてはいけない。

 自分たちだけに都合のいい世界なんてもの、魔法で作り上げてはいけない。


「ノルカ」

「……わかってる」


 エミリたちの世界から除外された俺たちは視線を交え、この事件を終わらせることを確認し合う。


「お客様、もしお口に合わなければ代金は……」

「この店の料理に、魔法がかけられていることが分かりました」


 ノルカが席から立ち上がり、エミリと向き合う。


「え……あの、何を言って……」


 エミリは相変わらず、ノルカが何を言っているのか理解できないような表情を浮かべていた。

 一方のリリアンカは俯いたまま、その場へと固まってしまったかのように動きを見せない。


「その魔法にかかった人たちは、料理を美味しく感じるようになります」

「身に覚えがありませんが……」


 瞬きの回数が多くなったエミリ。

 気持ちが落ち着いていない証拠とも言えるけど、それだけでは犯人を追い詰めることはできない。


「この店で食事をした人たちは、エミリさんの料理を絶賛していくようになります」

「でも、それの、どこに問題が……」

「この店の料理の虜になるってことです」


 リリアンカが何を考えているのか、まったく読めない。

 それだけ変化を見せないリリアンカに対して、エミリは次第に声を荒げていく。


「……どこに問題があるんですか」

「この店の料理しか食べられなくなります」


 エミリは穏やかな性格で、決して他人に怒りの感情をぶつけるような子には思えなかった。

 けれど、エミリの声に怒りの感情が宿っていく。

 こんな風に声を荒げることができるんだって思うと同時に、こんな声を出させてしまっていることに心が痛み始める。


「だから、それのどこに問題が……!」

「店が潰れます。家のご飯が食べられなくなります。街が廃れます」

「私の店の料理が美味しいことを理由に、言いがかりはやめてください」


 声が出せない俺は言葉を挟むことなく、ノルカたちのやりとりを見守ることしかできない。


「味に勝てない店が潰れていくのは、当然のことですよね」

「その競争に平等性がないとしたら?」

「どういう意味ですか」


 ノルカが望んでいる通りに事が進んでいるのか確かめることすらできないが、ノルカのことを信じて待ちたい。


「互いが切磋琢磨した上での競争に問題はありません。でも、魔法を使ったら……」

「私が、店の料理の無実を証明します」


 こんな状況下で、ノルカに気丈な笑みを向けるエミリ。


「私が店の料理を食べ続けることができれば、無実を証明できますよね」

「あなたは一生、この店の料理しか口にできなくなりますよ」

「私が耐えることができたら、私とリリアンカさんへの謝罪を要求します」


 エミリは店の料理を取りにキッチンへと向かおうとするが、ノルカはエミリのことを呼び止めた。


「新しく料理を用意する必要はありません。私とアンジェルに用意した料理を食べてください」


 エミリはおとなしくノルカの指示に従い、俺とノルカが食事していた席へと座る。


「あとは侮辱罪で、あなたたちを訴えます」

「どうぞ、ご自由に」


 ノルカもエミリも、ここまで強気でいられるところが凄いと思う。

 俺はリリアンカを見張るだけでも心臓が速くなってくるのに、ノルカもエミリも堂々とした態度で驚かされる。


「…………」


 俺の目の前にいるリリアンカは、どういう心境なんだろって様子を窺う。

 姿勢悪く背中を丸くして、自分の足元をじっと見つめたままのリリアンカ。

 ノルカとエミリのような自信たっぷりな姿勢とは縁遠くて、何かを隠すつもり満々な陰気な雰囲気すら感じる。


「いただきます」


 静かに、エミリの食事が始まる。

 客のいない店内が静まり返っているのは当然で、その静けさが恐怖を煽ってしまうのは仕方がないこと。

 自分の心臓が更に速まっていくような感覚が気持ち悪い。

 けど、この店が原因で街が寂れているって現状をなんとかして打破したい。

 だから、耐える。

 何が起きても、耐えてみせたい。


「ほら、いつも通りの美味しさじゃないですか」


 一口。

 二口。

 エミリが食事をする音以外、何も響かない店内。


「やっと父の味を超えることができた……」


 ここでようやく、リリアンカの視線が少し上を向く。

 床と睨めっこ状態だったリリアンカの顔が上がり、視線はエミリへと注がれる。

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