第1話「声を出せない女装魔法使い」
「すみません、閉店時間ぎりぎりですけど大丈夫ですか?」
エミリたちと偶然居合わせたときに問い詰めることもできたが、肝心の料理に魔法がかかっていることを立証しなければいけない。
「はい、どうぞ……って」
料理に魔法を仕込んでもらわなければいけないため、俺たちは夜営業が終わる頃に再びエミリの店を訪れた。
「また来てくれたんですね」
「この店の味が忘れられなくて」
「ありがとうございます、嬉しいです」
閉店時間が迫っていることもあり、繁盛している店も人の数が減ってきている。
みんながみんな、明日を迎えるための準備を整えていく時間帯。
「どうぞ、こちらの席へ」
混雑している時間を乗り切ったエミリは、看板娘らしい爽やかで柔らかな笑みを浮かべて俺たちを出迎えてくれた。
調理を担当していても、客への気配りを忘れないところが人気なんだろうなと思った。
(けど……)
リリアンカは、エミリとは正反対。
「申し訳ございません……」
「しっかりしてくれよ」
リリアンカの失敗に激怒する客はさすがにいないけれど、リリアンカは相変わらず人に好かれないような、印象に残らないような接客をやっていた。
「お待たせしました……」
「ありがとうございます」
リリアンカが注文した料理が、俺たちの元へと運ばれた。
エミリに対しては笑顔を向けることができるのに、客に対しては笑顔を作り込むことすらできない。
客の顔を覚えられないことが原因なのかもしれないし、元々エミリ以外の人間には興味のないのかもしれない。
何が理由にしたって、人を安心させる笑みを浮かべることができるリリアンカは笑顔を閉ざしてしまったということ。
「自分で確かめなくても、解除魔法を使えば……」
「俺と、ほかの客と比較してほしい」
「…………」
「いただきます」
これから率先して、精神干渉魔法にかかりにいくのかと思うと気が滅入る。
それでも、ノルカには正常なものと異常なものを比べてほしかった。
相方がいるからこそ掴むことができる真実を、1つでも多く得てから犯人に挑みたいと思った。
「どう? お味は」
「…………」
「アンジェル?」
抗うことができないって、こういうことを言うんだと思った。
「美味い……」
これが、精神干渉魔法の怖さだって知った。
「なんていうか……今まで口にしてきた、すべての料理の味を忘れそうになる……」
魔女を目指しているだけの実力があると自負しているからこそ、精神干渉魔法を使おうと思えば自分も使うことができるとは思う。
「忘れそうになるどころじゃない……」
でも、なるべくなら精神干渉魔法を使う機会が訪れないでほしい。
「もう、覚えてない……」
精神干渉魔法を使う機会は、魔法学園内の練習だけであってほしい。
現実で実践する日なんて、未来永劫来ないでほしい。
「それだけ、この店の料理が美味い」
「……そう」
閉店間際の店は、賑やかさとは縁遠い。
時間の経過と共に、行列の絶えないエミリの店から客の姿が消えていく。
(あとは、残っている客の料理にかけられている魔法を解くことができれば……)
この店で犯行が行われているのなら、俺が精神干渉魔法を解くことで客は店の料理を美味しく感じなくなる。
(俺の魔法が失敗したら、客はエミリの店の料理を絶賛する)
リリアンカは、子どもの味覚を狂わせて、子どもの両親を悲しませた。
リリアンカは、街の人たちの味覚を狂わせて、多くの店を閉店に追い込んだ。
(失敗するわけにはいかない)
料理に対して魔法が発動するまで、心臓が馬鹿みたいに大きく動いた。
不安は、魔法の成功を阻害するだけ。
心臓を落ち着かせながら、この街を救いたいって気持ちを魔法に込めていく。
「あれ?」
「ん?」
客が、なんらかしらの反応を見せる。
「エミリちゃん、調味料かなんか間違えた?」
「いつもと味が違う……」
そのなんらかしらの反応は、俺とノルカが望んでいたもの。
俺たちが望んでいた通りの展開が訪れた。
「なんていうか……普通?」
「いつもなら、すっごく美味しく感じるんだけど……」
エミリの店を訪れていた客たちが、次々といつもと違う反応をエミリたちに示していく。
「エミリちゃん、具合でも悪いんじゃないの?」
「いえ、そんなことありません! 不出来な物をお出ししてしまって、本当に申し訳ございませんでした!」
いつもと違う客の様子に戸惑うエミリとリリアンカ。
でも、戸惑いを抱いたあとの対応は2人それぞれ違っていた。
客に対して、真っ先に謝罪をするエミリ。
一方のリリアンカは、ただただ自分の爪を噛み続けるのみ。
客に対しては、何も行動を起こしていない。
「悪いけど、今日は帰らせてもらうよ」
「また来ます」
リリアンカの魔法が解除された料理を口にした人々は、普通の味に戻ったエミリの料理に満足できなくなっていく。
1人、また1人とエミリの店から人がいなくなっていく。
その度にエミリは頭を下げて謝罪をして、リリアンカは客が去っていくたびに爪を噛み締めていく。
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