第6話「救い」
「心配したんですよ! いつまでも帰ってこないから……」
探し求めていたリリアンカを見つけたエミリは息を切らしながら、急いでリリアンカの元へと駆け寄る。
そして不安そうな顔を浮かべるリリアンカを宥めるように、優しい手つきでリリアンカの背を擦った。
「リリアンカさんが、エミリさんと喧嘩をしてお店に戻ることができないって……」
言葉を紡ぐことができなくなっているリリアンカを見かねたノルカは、リリアンカがここにいる理由をエミリに説明する。
「喧嘩? なんの話ですか?」
エミリは、ノルカの説明を一度では理解できないといったような表情をしていた。
これが枯渇した魔力の代わりに記憶を差し出した結果なのかと、残酷な現実を受け止めるのに心が痛み始めたとき。事態はもう一度、ひっくり返る。
「私はリリアンカさんに、お店で使う水を用意してほしいとお願いをしただけですけど……」
「エミリ……?」
リリアンカの話と、エミリの話が噛み合わない。
エミリと喧嘩をして店に帰れないと説明するリリアンカ。
一方のエミリは喧嘩という言葉に思い当たることがなく、リリアンカには店で使う水を頼んだだけと説明する。
「リリアンカさんが急にいなくなったので、心配しましたよ」
記憶を失った結果、話が噛み合わないとも言える。
でも、エミリたちと出会ったばかりの俺とノルカでは、どっちが嘘を吐いているのか見破ることはできない。むしろ、どちらも本当のことを言っている可能性がある。
「新しく人を雇うという話をリリアンカさんから伺ったのですが……」
ノルカがエミリに問いかける。
「それなら、数日前に結論が出ていますけど……」
「結論……」
ノルカの問いに答えを返すエミリと、ぽつりと一言だけ言葉を零すリリアンカ。
「これからも、私たちは2人でやっていきましょうって」
「エミリ……?」
2人で話し合った結果、求人を出すことをやめたという記憶がエミリの中には残っている。
「2人で、アステントで1番の飲食店になろうって約束しましたもんね」
「…………」
リリアンカと揉めたことを覚えているエミリに対して、リリアンカはエミリの言っていることが理解できていないように見えた。
リリアンカが店に帰ってこない理由を聞いても、思い当たることがなかったときのエミリの表情とよく似ている。
「リリアンカさん」
リリアンカの背を擦り続けていたエミリだが、今度はリリアンカの手を取り、リリアンカの手をぎゅっと自分の両手で包み込んだ。
「体調が良くないなら、今日はゆっくり休みましょう」
「私なら、平気……」
「1日くらい休んでも、お店は大丈夫ですよ」
「私は魔女よ……体調が悪いときは、自分でなんとかできるわ……」
「その言葉、信じますからね」
エミリの熱に包まれることで安心することができたのか、リリアンカは温もりで包み込んでくれたエミリの優しさから自ら抜け出す。
「水の準備、しなきゃ……」
「今度は私も手伝……」
「大丈夫、私は魔女なんだから」
魔女という言葉を共に、リリアンカが口角を上げて微笑んで見せた。
どの言葉がリリアンカを喜ばせるきっかけだったのかは分からない。
でも、笑顔を見せることが苦手だと思われていたリリアンカが柔らかく笑ったことが印象的だった。
「今度、ゆっくりお休みを取りましょうか」
「1番を目指す私たちに、休んでいる暇はないでしょ?」
エミリとリリアンカが、俺たちの前からいなくなる。
けれど、繰り広げられた会話の中に違和感があった。
魔法を使うことができる人だけが、気づく違和感。
「体調が悪いのなら、ほかの魔女様に診てもらった方がいいんじゃないですか」
俺たちの前からいなくなる直前でノルカが大きな声を上げて、エミリたちを引き留める。
「魔女が、ほかの魔女に診てもらうわけにはいかないわ」
リリアンカが、今までで1番誇り高い声を上げた。
「具合が悪かったら、自分の魔法でなんとかする。それが魔女たる者としての生き方」
夕陽が降り注ぐ美しい世界を、エミリとリリアンカは歩いていく。
仲睦まじい様子の2人を見て、このまま美しい世界を生きることができたらいいのにって思う。
けれど、自分たちだけが世界を美しいと思っていたって仕方がない。
自分たちだけが、美しい景色を独り占めすることは許されない。
「魔法使いは、自分の怪我や病を治すことはできない」
「ええ、そうね」
魔女の資格が与えられたところで、自分の身体に治癒魔法が使えるようになるわけではない。
魔法の力を使って、自分の不調を取り除くことはできない。
自分を治療するには、ほかの誰かに診てもらうしかない。
「魔法は、万能なる力ではない」
万能なる力と呼ばれている魔法にだって、限界はある。
魔法の力で、どうにもならないことはたくさんある。
かつて、王に仕えていた男性魔法使いが姫を病から救うことができなかったときのように。
魔法にもできないことがあるってことを、彼女は覚えていない。
「この街で魔法を使っていたのは……」
自分の魔法で、自分を治療できると思い込んでいる。
自分の魔法で、なんでもできると思い込んでいる。
「リリアンカ」
魔法に対する正しい知識を持っていないリリアンカこそが、事件を起こしている犯人だと俺たちは確信する。
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