第4話「相方がいてくれることの意味」
「私が魔法にかかっていないことを考えると、一皿完食した人がエミリの料理の虜になるってところかしら」
「二皿、三皿と完食した人は……」
「エミリの料理が食べたくて食べたくて仕方がな……」
「それ以上は聞きたくない……」
ノルカの指摘通り、俺は現時点でエミリの料理を求めてしまっている。
エミリの料理以外を受け付けない口になってしまったことは、どうやっても否定することができない。
「魔法にかかる人とかからない人がいるってことは、そもそも魔法の力が弱いのよね」
ノルカの言う通り、犯人は一口で料理の虜にする魔法を使っていない。
大きな事件にならないように魔法の力を加減している。
もしくは未熟な魔法ゆえに、常に魔法をかけ続けなければいけない。
「どちらにしても、威力の弱い魔法には持続性がない」
「そりゃあ威力が弱いんだから、何度も魔法をかける必要があるだろうな」
犯人がどちらに該当するかは分からないけど、ノルカは自分の知識や経験を基に考えをまとめていく。
自分は考えるよりも先に動く方が好きなこともあって、ノルカが現時点で得ている情報をどう組み立てているのかまったく想像もつかない。
「とりあえず、やれるだけのことはやってみる……」
「私たちの記憶が飛ぶわよ」
ノルカの感情魔法を使って、エミリの店の料理が食べたいという街の人たちの気持ちを落ち着かせるか。
もしくはエミリの店で出される料理すべてに解除魔法を使うか。
俺たちができそうなことと言ったら、それくらいのこと。
「やってみないとわからない……」
「実践して、記憶を失ったらどうするの?」
根性でなんとかしようとする俺に呆れてしまったノルカは、再び盛大な溜め息を漏らす。
さっさと行動に移したいと思っても、ノルカの慎重な性格は俺を先へと進ませてくれない。
「でも、そうね」
ノルカが、何かに気づいたらしい。
明らかに変わったノルカの表情に、俺はワクワク感のような感情を抱く。
「魔法の使用回数が多い人、高度な魔法を使う人ほど大量の魔力を消費しているってことだけは確か」
客は、依存症になるほどエミリの料理に夢中というわけではない。
ほんの少し、異常を感じる程度の好意。
狂気的にエミリの料理を求めるのではなく、あくまでエミリの料理の虜になる程度の魔法。
「何度も何度もかけ直す必要がある魔法なんて使ってたら、記憶が飛びそうだけど」」
「それよ」
「え?」
「犯人は魔法の使用回数が多いはずなの」
魔力が枯渇した犯人は記憶を代償に、魔法を使用している可能性が高いということ。
「化け物級の魔女だって、人が持つ魔力には必ず限界があるのよ」
ノルカが席から立ち上がり、次の行動へと移ろうとする。
「あの……ノルカさん」
「街に出て、営業時間を短縮している店がないか調べるわよ」
ノルカの行動力に反して、俺の動きは鈍っていく。
その理由は、もちろん腹が空腹を訴えているから。
「助けてくれませんか……」
「…………」
「エミリの料理が食べたくて仕方がないんですけど……」
「…………」
懇願って、こういうときに使う言葉なんだということを学ぶ。
「ほら! 治癒魔法や解除魔法って、自分に使うことができない……」
「…………」
「料理に魔法がかけられているなら、俺に解除魔法を使っても意味がないわけで……」
「…………」
懇願。
こんなにも頼み込んでいるのに、ノルカは一切動いてくれない。
こんなところで、魔法学園で吐き続けてきた嘘を後悔することになるとは思ってなかった。
「また食べたいって気持ちを我慢するには、ノルカの感情を抑える魔法が必要……」
ノルカが周囲を騙し続けた俺を許せないのは理解しているが、この事態をなんとかしてほしい。
そんな気持ちがようやくノルカに届き、ノルカは溜め息を漏らしながら感情魔法を発動させてくれた。
「ありがとうございます……」
感情魔法を使ってくれたノルカは、俺のことを残念な目で見てくる。
綺麗な花には棘があるとか言うけど、綺麗な瞳には毒があるという名言を残してやりたい。
「すみません、少し宜しいですか」
朝食を食べた俺たちは街に出て、聞き込みを行った。
聞き込みというとかっこいいけれど、実際はノルカに任せきり。
女装魔法使いが声を出してしまったら、世間から非難される展開が俺を待っている。
どんなに効率が悪くても、俺はノルカの後を付いていくことしかできないという歯痒い現実を受け止める。
(魔女になれなかった俺だけど、俺は魔法の力で誰かの役に立ちたいと思って……)
だから、女装姿を選んだ。
世間から非難されないように魔法を使うにはどうしたらいいか。
考えた結果が、今。
だったら、俺に落ち込んでいる暇はない。
「営業時間を短縮している店は何店舗かあったけど、大体は客が来ないからっていうのが理由みたい」
犯人は記憶を代償に魔法を使用しているか。
営業時間を短縮して体を休ませながら、魔力を回復しているかのどちらか。
「エミリの店は?」
「営業時間は短縮しているみたいだけど、理由までは誰も」
本人に直接聞かなければ事情が分からないということは、エミリは街の人たちと積極的に関わるような性格でないことを教えてくれる。
(看板娘として文句の付け所のない接客ができるのに、街の人たちとは関わらない……)
料理に魔法をかけているのがエミリだとしたら、魔法をかけていることがばれないように極力人を避けるのは分かる。
でも、接客のためには爽やかな笑顔を浮かべて、率先して客と話している。
(なんだか矛盾しているようなしていないような……)
店の売り上げのためには、なんでもできる。
でも、街の人たちとの交流は嫌?
(嘘偽りない笑顔には見えたけど……)
人間、腹の底では何を考えているか分からないってことなのかもしれない。