第2話「魔法使いの限界を決めるのは」
「魔女さんに迷惑かけないの」
母親が子どもを引き取りに来たとき、ノルカと目が合った。
解除魔法が発動しないということは、俺たちの見立てが間違っているということ。
「そろそろ私たちは……」
「今日は子どもを助けてくださり、本当にありがとうございました」
子どもがいるところで声を出すことができず、魔法が発動しない理由をノルカと話し合うことできない。
(だったら、片っ端から医療魔法を……)
想定もしていなかった強い力で、腕を引っ張られる。
突然のことに声を出してしまいそうになったが、ここでもなんとか声を堪えながら腕を引っ張った人物に視線を向けた。
「お邪魔しました」
母親と子どもに対しては愛想よく接しているのに、俺に向けてくる視線は痛みを感じるほど鋭い。
相方に抵抗することはできないと察した俺は、おとなしくノルカに腕を引かれながら店の外へと連れ出された。
「魔力がなくなったら、記憶を失うって言ったはずだけど」
「心配し過ぎ……」
「記憶を飛ばして、あなたが私の荷物になるのが嫌なの」
「…………」
当てずっぽうに魔法を使おうとした俺に反省を促すため、ノルカは俺を責め立てるような厳しい視線を向けてくる。
「何?」
「なんでもありません……」
まだたいして魔法を使っていないのに、ノルカは俺の魔法を制止させた。
魔力が枯渇した際に記憶を代償にするなんて事態には滅多にならないのに、相方の魔力を心配してくれるところにノルカの優しさを感じた。
「でも、まあ、調査を打ち切ってくれて助かった」
まだ試してみたい魔法はあったけど、こうして記憶が無事なのは相方が目に見えない俺の魔力を管理してくれたおかげ。
「ノルカに助けられてばっかだなー」
宿屋の共有スペースである休憩室で作戦会議をして、再度子どもの異変に立ち向かう準備を整える。
「もっとノルカのためになることがしたいんだけど」
休憩室に置かれているソファで体を休めようとするけれど、安宿のソファは柔らかくもなく、硬くもなく中途半端。たいして体が休まらないと気づいた俺は姿勢を正す。
「……魔女が犯人だったら、私たちに勝ち目はあるのかしら」
異常を取り除くための解除魔法が発動しなかったということは、子どもに異常をもたらしている魔法がそもそも精神干渉魔法ではない。
自分よりも強大な力を持つ魔女の仕業。
自分が魔法使いとして未熟。
いろいろ考えられることがあるからこそ、頭も痛くなってくる。
「珍しく弱気じゃん」
「魔女になりたい気持ちと、魔女に勝てるのかって気持ちは別でしょ」
偽魔女を捕まえる旅をするはずが、まさか国から認められた魔女と対峙することになるかもしれないって考えるだけで気が重くなるのは事実。
それでも、ここを乗り越えない限りは魔女試験の追試合格は見えてこない。
「2人いれば、なんとかなるって」
「適当なセリフね」
「どんなことが起きても、なんとかするためのペアだと俺は思うけど」
「…………」
消費した魔力を回復するため、疲れた身体と頭を休めるため、大きな欠伸をしながら休憩室の出入り口に向かう。
「とりあえず! 明日は、もう1回エミリの店に行ってみるか」
「その意見には賛成するけど、証拠はないの! 強引に調査を進めようとしないで!」
ソファの座り心地が好みではないということは、部屋のベッドの質も期待できたものではないのは想像できる。
こういうとき同性同士なら部屋代が浮くのになぁと考えながらも、女装魔法使いという事実は覆らない。
「また、あの店の料理が食えるなら調査も大歓迎!」
「支給されたお金を使い切ったら、私たちは働かなきゃ……」
相部屋で宿泊費を節約することを潔く諦め、休憩室のドアノブに手をかける。
「あの店の料理のためなら、頑張って働くよ」
「…………」
「おやすみ~」
「…………」
追試験に合格できるまで、無視を貫くものだと思っていたノルカが言葉を交わしてくれるようになった。
子どもを救うことはできなかったけど、ノルカとの距離をほんの少しでも縮めることができたのは大きな収穫だった。