第1話「魔法の限界」
「たべたいの~」
「ほら、おとなしくして。ね、静かに」
自分の治療に、何かしらの落ち度があったのかもしれない。
完璧に処置できていたなんて思い込みで、使用する魔法が間違っていたために子どもの体が異常を訴えているのかもしれない。
「あなたの治療は失敗していないでしょ」
急いで席から立ち上がろうとすると、それを引き留めたのはノルカの一言だった。
「あんなに元気に動き回っていて、失敗しているわけがないじゃない」
魔法学園の中から外に出て、練習では体験することができなかった出来事ばかりに遭遇する。
練習では上手く魔法を使うことができていても、現実では上手く魔法を使用できているのか分からない。
「でも、さっき食べたばっかなのに、まだ食べたいとか……」
「だから、私たちがいるんでしょ」
不安に駆られる俺に対して、ノルカは学園で学んだことを思い出せと言わんばかりに厳しい目を向けてくる。
「人々の困りごとを解決するのが、魔女に与えられた使命」
自分が、子どもの治療に失敗したのではないか。
あんなにも大きな事故が起きた後で、こんなにも元気になってくれたことに安堵しつつも心のどこかでは不安だったんだと思う。
「あの子どもは、私が助けてみせる」
自分でなんとかしてみせる。
そうかっこつけてみたかったけど、それができない。
でも、心に宿った不安が消え去っていくのを感じる。
「私は追試に合格して、魔女になる」
自分は、まだやれる。
自分には、果たすべき役割がある。
自分には使命ってものがあるってことを、魔女試験の追試で一緒に組むことになった相方が教えてくれた。
「街の調査をしてくるから、あなたはおとなしく待って……」
「催眠魔法、精神干渉魔法、考えられる魔法を片っ端から解除していく」
「ちょっと……」
まだ子どもに対してできることがあるのなら、自分の力すべてを使って子どものことを救ってみせる。勢いよく席を立とうとすると、ノルカは俺の勢いを止めるために着ているローブの袖を強く引っ張る。
「待ちなさい!」
「俺は急いで……」
「そんなに魔法を使ったら、記憶が跳ぶわよ」
魔法を使うには、魔力と呼ばれる力が必要だ。
魔法の使用回数が多い人、高度な魔法を使う人ほど大量の魔力を消費する。
魔力を使い果たすと一定時間魔法が使えなくなるが、自分の記憶を対価に魔法を使用することもできる。
つまり魔力が枯渇したとき、魔法使いは自分の記憶を代償にすることができる。
「……俺は魔女になるって決めたのに、記憶を失ってられない」
簡単な魔法や魔法の使用回数が数回程度なら、ここ数日の記憶。
強大な魔法、魔法の使用回数が多いと大切な記憶が失われる。
授業で何でも口うるさく言われてきたことだけど、ここで魔力を使い切って魔女になれないまま物語の終わりを迎えるなんてことはしたくない。
「すみません、本当にすみません」
「大丈夫だよ! 子どもは泣くのが仕事だからな」
望みが叶わないと理解した子どもは泣きじゃくり始め、母親は不機嫌な子どもをあやしていく。
「お姉ちゃんたちと一緒に遊びましょうか」
ノルカが子どもの気を引いて、母親から子どもを預かる。
母親には調理と接客に集中してもらって、俺とノルカは子どもと真摯に向き合う。
「エミリちゃんのごはん……でも、まじょさんともあそぶ……」
この男の子が魔女の恰好をした俺たちに関心を寄せてくれたおかげで、渋々とではありながら俺たちに従ってくれた。
(魔法を発動させるのに大事なのは想像力、創造力、妄想力、願う力……)
嫌いな料理を好きになる魔法なら可愛げがあるけれど、子どもには母親の料理を拒絶するほどの異変が起きている。
これは、単に事故に遭った子どもの命を救えば終わりって話じゃない。
子どもに異変をもたらしている魔法を解く必要がある。
(子どもを、いつもの日常に戻す)
それが、魔女になれなかった俺たちに与えられた使命だ。
(ノルカが子どもの気を引いてるうちに……)
精神干渉魔法は様々な種類がある。
ノルカが得意としているような感情を操る魔法から、思い込みを激しくさせる魔法。自分の考えを相手に信じさせる魔法。視野を狭めて、客観的に物事を見られなくなるっていう魔法などなど。
魔女の素質やレベルに応じて、精神干渉魔法は存在する。
「…………」
第三者の精神に干渉する魔法は、貴重で高難易度の魔法に該当する。
魔女クラスの力があれば、精神そのものを乗っ取ることだってできる。
魔女が善人であることに間違いはないけれど、魔女は複数人を一気に洗脳するだけの力があるということ。
(ん?)
魔法が発動する気配は微塵も感じない。
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