第5話「正反対」
「私は、あなたのことが許せない」
嘘を吐き続けた俺に対して、呆れとか嫌悪とかあるかもしれない。
「……嘘を吐いてきたことに対しては、謝る。本当にごめん」
けど、耳を傾けてくれるのなら自分の気持ちはきちんと伝えたい。
「最初は魔女になるために始めた女装だったけど……」
魔女の資格を持たない魔法使いが、無償で魔法の力を提供する。
その行為を悪い言葉で言うのなら、タダ働きっていうのかもしれない。
「外に出た後も女装を続けようって決めたのは、魔法の力を必要としている人を助けたいと思ったから」
でも、俺はタダ働きを強制させられているわけじゃない。
自分で、選んだ道。
嘘を吐いたことを誇ることはできないけど、困っている人を魔法の力で助けようって選んだ自分のことはきちんと誇りたい。
「せっかく授かった力、誰かのために使えたら最高……」
「ここが、エミリさんの営む料理店です」
「エミリちゃんのごはん、ほっぺがとけちゃうの!」
俺とノルカの間に漂う重苦しい空気を打ち消すように、子どもが満面の笑みを浮かべて俺たちに声をかけてくれた。
「案内してくれて、ありがとう」
俺に対する目つきが厳しかったノルカだが、一瞬にして子どもに向ける笑みを作り上げるところは魔女を目指す者らしいと思った。
「少し並びますけど、この子、本当にこの店の味を気に入っていて……」
母親が少し並ぶと遠慮気味に状況を語るけど、エミリという人物が営む料理店は少し並ぶどころの話ではないくらいの行列ができていた。
(ノルカとの話に夢中で気づかなかったけど……)
俺とノルカが訪れたアステントという街は、食が売りの街のはず。
どこを歩いても飲食店が立ち並ぶ街だと聞いてはいたが、夕飯の時刻が近づいても開かない店があることに気がついた。
(この店が、圧倒的に人気ってことか)
昼間はたいして気にも留めなかったが、夜になると店内の明かりがついている店とそうでない店が顕著になる。
いつまで経っても開かない飲食店は今日の営業が休みなのか、永遠に開くことのない閉店した店なのか。
「…………」
食が売りの街というのに嘘はないと思う。
街を行き交う人たちが楽しそうで朗らかな空気に包まれているのは間違いない。
けど、夜になっても明かりの灯らない店の数が多いことも気になった。
(これが人気店と、そうでない店の差ってやつか)
客の人気を掻っ攫った店が生き残るのは当然で、客の人気を獲得できなかった店が潰れてしまうのは当然のこと。
そうは思うものの、この街は飲食店が自慢なんですという売りの街で畳んだ店の数が多すぎることには寂しさのようなものを感じる。
「えっとね、えっとね」
ようやく自分たちの番が来て、子どもはきらきらとした眼差しをメニュー表へと向ける。
このあと母親の店で食事を控えている俺たちは、切り分けができるものをメニュー表の中から探し出す。
(これだけの人数、よく捌けるな……)
メニュー選びをノルカに任せ、声を出せずに暇を持て余している俺は店内を観察する。
店を切り盛りしているのは爽やかな笑顔が特徴的な看板娘っぽい雰囲気の少女と、おとなしくて内気な雰囲気の女性が1人。
そこまで広くない店とはいえ、これだけ混み合っている店内を2人で回しているところが凄いと思った。
よっぽど上手く連携できていないと回転率を上げることすら難しいくらい、店内は人で溢れ返っていた。
「リリアンカ! いつものをくれ」
接客を担当している女性の名前は、リリアンカというらしい。
「あの……」
「いつものだよ! いつもの!」
だが、接客を担当している割に物覚えが悪いところを目にしてしまった。
「リリアンカさん! 注文は承ったので、次のテーブルをお願いします!」
「わかったわ……」
いつものと言うからには、注文をした客は店の常連。
誰しも記憶力に自信があるわけではないとはいえ、接客を担当するなら常連の顔くらいは覚えてほしいと一方的な願望を押しつけたくなる。
「お待たせしました」
注文して間もなく、厚みのある丸い形のオムレツが運ばれてきた。
「リリちゃん!」
子どもが目を輝かせながら注文した料理を迎えるけれど、料理を運んできたリリアンカの表情はまるで正反対。
子どもは料理の到着を待ち望んで、リリアンカに会うのが楽しみなように見えた。
けれど、リリアンカは子どもと会うのが初めてのような、物珍しそうな視線を子どもに向けている。
「いらっしゃいませ……」
「ありがと、リリちゃんっ」
子どもはエミリが料理を運んできてくれたことを嬉しく思っているが、一方の母親の顔は寂しそうに見えた。
(ママのご飯、嫌とか言われたら落ち込むよな……)
このあと、母親の店での食事が控えている。
まだ母親の料理を口にする前だというのに、今からなんて感想を伝えればいいのか頭を悩ませてしまう。
「えっとね、きょうはね、まじょさんといっしょなの!」
「魔女……?」
この街では魔女が珍しいらしく、リリアンカは物珍しそうに俺たちを見てくる。