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本脳

作者: 雉白書屋

 とある古びた一軒家。そこそこの広さであり、その部屋も特に大きいが、本棚とそれに収まりきらず床に積み重ねられた本で、どことなく圧迫感がある。

 床に頬杖ついて足を伸ばしている男と、床に座り壁に背を預けている男。どちらも本を開いている。

 その二人に向かって正座をし、媚びへつらうような笑みを浮かべる男が一人。彼は言った。


「いやー僕、ホントもう先輩たちが大学辞めて寂しかったんですよぉ」


「ああ、すまないね」

「お前は、そんなに可愛い後輩だったっけかな」


「いやいや可愛いでしょうよ! て、それはいいんですけど、お二人とも。いきなり辞めて、それで何をしているのか思えばまさかねぇ」


「意外かな?」

「教えはここにあり、だ。大学じゃ学べないことがある。まあ、ほとんどは娯楽小説だがな」


「お二人が読書好きなのは知ってましたけどもねぇ、いやいや、しかしこの本の数! それに……」と、二人の後輩の男が傍らの箱の中に目をやる。


「そうとも、さっき話したように、箱に入っているやつなんかは特に高いよ。そしてやはり、どれも面白い」

「彼の父親に感謝だな。と、それとお悔やみを」そう言って手を合わせた男に、もう一人は笑って言った。


「構わないさ。幼い頃、母と離婚してそれっきりだったんだ」


「でも遺産に家と、この数々の本をポンとくださるとは、ほんとすごいですねぇ。あるにはあるんですね、そういう話」二人の後輩の男はどこか遠い目をしてそう言った。


「ははは、まあ感謝はしているよ。お陰で見聞を広めることができた」


「でも……いいんですか? いや、俺としてはもう願ってもないお話ですけど」


「ああ、いいんだ。居候がもう一人増えたぐらいね」と、チラッと目をやり「おいおい、家事を分担しているだろう」と足先で小突くもう一方の男。後輩はどこか怪しげな空気を感じたが触れないことにした。


「それで読書漬けの毎日ですか。いやぁ本好きには羨ましい話なんでしょうねぇ」


「自分は違うと言いたそうだね」

「お前も文系だろうに」


「いやまあ、本はそこそこで、はははは。あ! でも家事はちゃんとやりますよ。いやぁ、今住んでるアパートが取り壊しになるんで助かりますよ」


「まあ、ここもボロい一軒家だけどね」

「ああ、虫が多いよ、まったく」


「謙遜したんだがね」

「事実だ。本の虫もいるしな」


「ははははは、で、これは?」と後輩は先程、先輩が自分の傍に置いた本に目をやる。


「ああ、おすすめの本さ。全く読まないわけじゃないんだろう?」


「ええ、そりゃ勿論。で、どんなお話なんです? 『花束に銃身を』?」


「ああ、国の中心部の広場に銃のオブジェがあってね。

かつて東西別れ、争い合っていたその国が争いをやめ、平和になった証として大量の銃を一塊にして、そこに置いたのさ。戒めのためにね。

当然使えないわけだが、一つだけ使える銃が存在すると、まあそんなオブジェがあれば、そういった都市伝説が発生するだろうね。

とある少年がその噂を信じて毎日毎日、使える銃を探しているのさ」


「へー、まあ、お話的に見つけるんでしょうね。でも何のために?」


「いじめっ子を撃つためさ。で、君の言う通り、少年は銃を見つけるわけだが単純な逆襲劇に終わらず、その銃は実はすでにある人物の暗殺に使われたものであり、少年は陰謀などに巻き込まれ、といった感じさ」


「へぇ、良さそうじゃないですか。こっちはSFですか? 薄いですけど冊子?」


「そう、短いものもあるんだ。でも中々に良いよ。それは隕石が衝突し、故障した宇宙船の倉庫へ続く扉がなぜか地球と繋がってしまったお話さ。その場所というのが戦時中の日本の物置小屋でね。乗組員は米兵と勘違いされ……という感じさ」


「色々あるんですねぇ……『鉄の春』『トマト祭りは実在するのか』『こたつ男』『人皮装丁』『風見鶏殺し』『脳について』『プンチュプテゥ』『料理はこの奥に』『灰花部は王子である』」


「……父は蒐集家であり、乱読家のようでね。ドストエフスキーやシェイクスピア、勿論、日本人作家などメジャーどころも多いけど、そういったよくわからない作者のも多いのさ。まあ、好きなだけ居ていいんだ。色々と読んでみるといいよ」


「ありがとございます! へへへ、あ! 今日の飯は俺が作りますよ!」


「ああ、頼むよ」

「ふふっ、興味深いな」


 また小突き合う二人。後輩は、はははと笑い、二人も笑い、そして時が経ち……。






「……おお。いい感じじゃないか。いい味がありそうだ」


「ふふふ、ここに来てから半年も漬けたわけだからね。しかし、あれだね。これと似たような話はなかったかな」


「ああ、まあ古今東西探せばあるだろうな。しかし、それは問題だな」


「うん、ああそうだ。彼が初めてこの家にきた日も、勘づかれるかなと思ったもの」


「はははっ。それは気にしすぎだろう」


「用心に越したことはないよ。あとで蔵書をに、ざっと目を通しておこう」


「そうだな。次のやつが勘づいたら困る。して、次は?」


「本好きな女を何人か知っている。そこから選ぼう。それでそうだなぁ。官能的なものを中心に読ませよう」


「ああ、いい味が出そうだな」


 鍋の中を覗き込み、二人は笑った。

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