冒険者になろう
「とにかく困るんです〜!私と一緒にスローライフしましょうよ〜!薬とか作りながら!」
俺はそう言うニーナを連れて、とりあえず近郊の街に来た。
学院は論外だと粘られたので、冒険者になる事にした。
え?なんでスローライフはダメなのかって?
そりゃ、なんのしがらみもない俺がスローライフしたら本当にそれで〜終〜だからだ。
まあ、最悪今の賢者タイムの俺にとってはそれでもいいんだが、進んで取ろうと言う選択肢では間違いなく無い。
「まずは冒険者ギルドに登録するところからだな」
何故そんなものがあるのかは分からない。
そもそもギルドなのに徒弟制度でも無ければ親方制でもない、基準も実績も問わなければ完全成果報酬、しかも支払いはギルド経由だなんて、ギルドと言う名称自体が間違ってるんじゃないだろうか。
だが良い、それこその異世界浪漫だ。
世界史は好きだが、史実的な世界に暮らしたからと言って楽しいものでもない。
ちなみに史実的には、商人が加盟する商人ギルドと、親方と呼ばれる熟練職人が加盟し、その親方が弟子を取ると言う形を取った職人ギルドが一般的とされている。
「私もついていきますからね?」
わざわざニーナを置いていく事もないのでそんな心配しなくて良いのだが。
「あっ、あと、才波って名前はすごーく悪い意味合いなので、葉斗だけで名乗ってくださいね」
なんか癪だな。
まあ、苗字名乗って「そんな貴族はいません!」なんて言われて嘘バレするのも馬鹿らしいので、葉斗だけ名乗る事にしよう。
「別に良いけど...そう言えばお前って神の使徒みたいなものなんだよな?」
「まあ一応は」
「じゃあギルド証偽造できたりもするのか?」
それでランクを水増し出来るならラッキーだ。
「じゃあって何ですかじゃあって。多分できると思いますが....なんか神的にどうなのかなぁ」
「俺に従ってる時点で共犯なんだ、仲良くやろうぜ相棒」
俺達はギルド組合についた。
雰囲気は....良いとこ組事務所だな。
それもバブル期辺りの。
カランコロン、ドアを開けて中に入る。
中は少し薄暗く、ハードボイルドな輩達が昼から飲んだくれている。
何故ギルドは食堂に併設されている事が多いのか、これも割と七不思議の一つである。
日本で言う「ホテルには必ずレストランをつけなくてはいけません」みたいな決まりでもあるんだろうか。
「まあ、初心者歓迎!アットホームな職場です!みたいな感じではないわな」
「多分、その求人も雰囲気こんな感じだと思いますよ」
ニーナ、お前は地球知識がありすぎるんじゃないか?
「とりあえず偽造してくれよ」
「実物見ないと無理ですよ」
「えっ、お前見た事ないのかよ?地球の求人情報知ってるのに?」
とりあえずギルドの受付に進む。
「新規の方ですか?」
「そうです。とりあえずギルド証の発行お願いします」
「わかりました。では軽い審査だけお願いしますね」
病院の受付表のようなものを渡される。
成年月日、住所、氏名、最終学歴、職歴....後は簡単な確認事項にチェックをして終わりだ。
中世ヨーロッパに最終学歴なんて項目がある事に突っ込んではいけない。
修道院学校卒とか、言語学校卒みたいなそう言う最低限の教養を測る区分かもしれないからな。
「終わりました、これでお願いします」
ニーナと一緒に提出する。
しれっと嘘の経歴を並べている辺り、俺もニーナもアングラ適性は高いのかもしれない。
公的チェックのない自己申告履歴書に意味があるのだろうかとも思ったが、現代日本人はそれを馬鹿にできるほどの社会システムをまだ持っていないのでとやかく言えないだろう。
俺も日本にいたら、もしかしたら大学受験に失敗して高卒を名乗っていた可能性もあるかも知れない。
「なるほど.....農村から出てきた若い夫婦という事ですね....」
そういう設定になっている。
流石に異世界でも、都市に新規で来るとしたら農家の次男三男の旅立ちだろうから、あまり違和感はないだろう。
ニーナは良いとこ口減しだろうか。
いや、奴隷にして売るか他村に嫁がせた方が得だろうな。
そこは駆け落ちとかなんとか言って誤魔化す事にしよう。
「なにか不備でもありましたか?」
ニーナが尋ねる。
「すみません、俺たち田舎者なので」
笑いながら頭を掻く。
「いえ、問題はありませんよ。では簡単な適性検査をしましょうか」
前に出された魔導書のようなものに手を置く。
水晶タイプではないようだ。
もちろん、俺もニーナも魔力隠蔽をそこそこしているので、普通の一般人に見える筈だ。
「なるほど....珍しいですが、お二人とも全属性持ちなのですね」
あ、やっぱり全属性とかあるんだ。
ニーナの顔が少し引き攣る。
「器用貧乏なだけですよ、大して使えもしませんから」
俺がそれとなくフォローする。
すると、何かを察した受付嬢はそれ以上の追及はしてこない。
どこかの貴族の駆け落ちとでも思ったのかも知れない。
「わかりました。ではこちらがギルド証となります」
「ありがとうございます」
渡されたギルド証にはEの刻印がある。
後は名前と年齢、魔法適性がB、魔力量はC、剣術とかスキルみたいな記述はどうやらないようだ。
「受けられる依頼は原則的に自分のランク+1までですから、そこは忘れないように」
当然だ。だって失敗して責められるのはギルドだもの。
「ただ、討伐や探索など一部の依頼では等級無制限なものもありますので、そちらはご随意にお願いいたします」
つまり、失敗してもギルドが困らない上に、厄介で引き受け手の少ない依頼には制限はつけませんという事だ。
「わかりました」
俺とニーナはそそくさとギルド組合を後にした。
「そう言えばニーナ、変な男に絡まれなかったな」
ふと思い出す。
「そう言う催眠魔術の一種ですよ、と言うか葉斗もそのくらいは常に使ってくださいね」
「うへぇ、便利なもんで」
俺は見よう見まねで使ってみる。
少しだけ辺りからの視線が少なくなったような気がする。
あくまで気がするだけだが。
「じゃあ偽造お願いしやす、ニーナの姉御」
「....はぁ、とりあえず貸してください」
そう言うとニーナはサッと手をかざしただけでランクをB2まで上げてしまった。
「段階的には、E〜D、C2、C1、B2、B1、A、S、SS、SSS、SSS+まであるみたいですからこんな感じで良いんじゃないでしょうか」
「なんだよその将棋界とSEGA音ゲーのパクリみたいなランク」
「Sが名人なら藤井聡太はどこなんでしょうかね」
「なんで順位戦のシステムなんて知ってんだよお前、マジでこえーよ」
将棋フィーバーは異世界にまで波及しているのかも知れない。
と言うかNARUTOが世界的にヒットしたのに、なんで将棋ってこんなに世界でマイナーなんだろうな。
ナルト走りイベントより将棋イベントの方が現実的だと思うのだが、藤井聡太と同じで現実はファンタジーを軽く超えてくるのだ。
「とりあえずあのギルドでこれは使えないでしょうから、別の街に移動しましょうか」
ニーナはもう冒険を否定する気は無いらしい。
「それならその前に、一つやってみたい事があるんだ」
俺はそれはそれは悪どい笑みを浮かべた。