番外編2-3
店に入ってからカズは携帯を取り出すと口を歪めて素早く打ち込みポケットにしまった。美鈴の気にした表情にカズは肩を竦める。
「マスターからお節介メール。どんだけ俺の周りの奴らは俺のこと信じてないんだかね」
思わず笑ってしまった。
「ふざけてちょっかいかけるから思われちゃうんだよ」
カズは眉を上げて見せる。
「でもさ、それでのって来るならOKって事だと思わない?嫌ならのっても来ないし、俺だってそれ以上はちょっかいかけないよ。ちゃんと相手を見てる」
「まあそうだね。声かけてもらいたい人もいるだろうし」
「そうそう。皆んな俺が悪いように言うけどそんな事ないんだって。俺はきっかけを作ってるだけでマスターもナオも分かってないよな」
「ふふふふ。ナオくんはそう言うことに厳しそうだもんね」
「あいつだって女の子にケー番もらってるの見た事あるぜ。どうしてるかは知らないけどさ。まあ、あいつは金稼ぐのであそこにいるみたいだけど」
「そっか。ナオくんはやりたいことあるのかな…」
皆それぞれ事情があるのだろうしやりたい事も夢もあるだろう。
「そういやあ、陸が引っ越したのも何かあるの?」
カズの言葉に美鈴は顔を上げた。
「陸には思い描いているものがあって、それを叶えようとしている途中かな」
「ふーん」
カズは何を思ったのか少し黙っていたが、すぐにいつもの表情に戻った。
しかし、自分達の方に向かって歩いてきた女性に目を丸くした。
「カズ!やっぱりカズだ!お願い!ちょっと来て欲しいの!」
女性はカズより年下に見えた。何があったのか美鈴の方をチラリと見たが、焦った表情でカズの腕あたりを掴んで急き立てる。
「ミホ?…何だよ突然に」
カズは戸惑い女性を見る。
「私カズマに呼ばれているの。トモに一緒に来てもらおうと思ってたんだけどバイトで抜けられないって言われて。でもすぐに行かないとヤバくて」
美鈴には分からない話であったがカズはすぐに理解したようだった。
「お前、まだカズマの店に行ってたのかよ。マジヤバイって言ったのに」
顔を渋くしてカズは文句を言う。
「だって、友達もいるし…」
口籠るミホにカズはため息をついた。しかし腕を掴んで離さないミホに顔を渋くさせ頭を掻いた。
「美鈴さん悪りぃ。俺、ちょっと行って来るから」
美鈴は頷いた。
「私の事は気にしないで大丈夫。荷物も置いて行っていいから」
美鈴の言葉にすまなそうな顔をして立ち上がる。
「ごめんな」
美鈴は首を振る。
「大丈夫だよ。怪我だけはしないようにね」
カズはニカリと笑うとミホと店を出て行った。2人を見送った後、美鈴は立ち上がると荷物を持ち店を出た。辺りは暗くなっている。2人が向かった方角は駅とは反対方向であった。2人の会話はどう考えてもあまり良くない話であった。自分がカズに無意識に言ってしまった『怪我をしないように』の言葉にもカズは否定しなかった。下手をすればそう言う事態になってもおかしくない相手なのかもしれない。それとも気にしすぎであろうか。美鈴は近くの建物に入ると数分後に加納俊となってビルから出た。そしてカズたちの後を追った。
足を止めたのは、会員制のパブだった。入り口には男が1人立っている。
俊は店の裏手にまわり勝手口の扉を開けた。中は無造作にダンボール箱が積まれておりその先にはロッカーがいくつも並んでいた。その先は店に続いているのか人の賑わいが聞こえてくる。俊は中に入るとロッカーの手前にある階段を上っていく。途中の踊り場で上から駆け下りてきた若い男とすれ違ったが男はちらりと俊を見ただけで店の方へと行ってしまった。2階には事務所と給湯室そして倉庫があった。しかし、ここには誰もいない。俊は上へと続く階段を見上げると上っていく。階段をのぼる足音に気がついてか踊り場に男が現れた。
「何だ?お前」
男は怪訝そうな顔で俊を見下ろす。俊は足を止めずに男の側まで上がって行った。ここまで来ると上の音が聞こえてきた。女性のすすり泣くような声が聞こえる。
「ついさっきここに来た男女の男の方に用事があるんだけど上にいるのかな」
俊の言葉に男の顔が険しくなり睨みつけてきた。
「何言ってんだ。お前、男の仲間か?」
「いや。違うけど用があるんだ」
凄味にも動じない俊に男は苛立ったように顔を近づけてきたが、3階から聞こえた悲鳴と何かぶつかるような物音に2人の視線は上に向いた。
「取り込み中だ」
男は舌打ちすると顔を背けた。しかし、俊は男の言葉を無視して上へと向かう。男は諦めて帰るとばかり思っていたのか自分をすり抜けて行った俊を止めようと振り返る。
「おいっ!待て!」
男のつかもうと伸ばした手は俊を掴むことができず空をきる。俊は階段を上って行く。
男の声に3階のドアが開き別の男が顔を覗かせた。その時には俊は扉の前にいた。
顔を出した男は俊の顔を見て驚いたようであった。
「何だ…お前。何しに来た」
何度も繰り返される言葉に俊は苦笑いすると、何も答えず男が開けた部屋の中を覗き込んだ。
「おいっ!テメェ!」
男は俊の腕をつかんで止めたがすでに俊は部屋の中に入っていた。この部屋は応接室らしくソファとテーブルがあり窓際のソファに男が1人座っており数人の男達が立っていた。すすり泣いていたのはミホであった。ミホは左側のソファの前にいた。壁側を見ると先ほど騒々しい物音をさせた本人であるカズが頬を押さえながら床に尻もちをついていた。
俊はソファに座っている男性に向かって声をかけた。
「突然にお邪魔してすみません。実はそこにいる男に用事があるので連れて帰りたいんですが」
取り敢えず答えは分かっていたが丁寧に尋ねてみた。
「何だ?兄ちゃん、コイツに用があるのか?
悪いがこっちもコイツに用があるんだ。巻き添え食いたくなければとっとと出て行ってくれ」
一応だが男は悪いとも微塵も思ってない顔でそれなりの対応はしてくれた。しかし、それに頷く訳にはいかない。口元を押さえているカズを見ながら俊はどうすべきか考える。ミホが突然入ってきた俊に助けを求めるような目で見ているのが分かった。カズの視線は横を向いている。
俊はソファに座っている男の方を見ると行った。
「こちらも早々に用事を済ませたいので、一時的に彼らの仲間ってことで」
俊の言葉に反応したのはカズであった。
「な、何言ってんだよ、あんた!馬鹿なこと言ってないで…」
カズが言い切る前に俊はすでに動いていた。事務所にいた男達が床に伏すまで1分もかからなかった。
カズとミホは目を見開いたまま動けないでいた。ソファに座っていた男も驚いたように立ち上がれないでいる。俊は男の前まで来ると手を前に出した。
「な、何だ…貴様は…」
言い終わらないうちに男は突然ガックリと背もたれに倒れ込む。俊はほっと息を吐くと手を下ろした。
そしてカズとミホの方を向くと声をかけた。
「取り敢えずここから出よう」
俊はカズが立ち上がるのを待ってから部屋を出た。
店の勝手口から外へ出るとすでに真っ暗であった。3人は店から離れた人通りの少ない通りまで来てから足を止めた。2人の前を歩いていた俊が振り返るとカズは警戒した表情で尋ねてきた。
「あんた一体何モンなんだ?信じられないくらあっという間に倒しちまって」
カズは穏やかな空気を纏った俊に半分戸惑ってもいた。
「うんまあ、それは置いといて無事で何より。
で、あの男の事なんだけど今日のことは覚えていない筈だからこの辺りにはもう近づかない方がいいと思う」
俊はそう言うと2人の顔を見た。
「じゃあ、そう言うことで」
行こうとした俊をカズは慌てて止めた。
「あんた、さっき俺に用があるって言ってたよな。それから、何で俺があそこにいるって分かったんだ?」
俊は参ったようにため息をついた。
「説明ができないからあまり聞かないで欲しいな。
それより、君はなぜこんな事になったのか彼女と話さないといけないんじゃないの?」
俊の言葉にミホはびくりと震える。
カズはそんなミホを見て小さくため息をついた。
「別にないよ。自分が蒔いた種だし、ガキの頃悪ふざけし過ぎたツケだよ」
俊はカズの言葉に静かに笑った。
「そう。じゃあ伝言だけ伝えて俺は帰るよ」
カズは俊を見る。
「今日はありがとう。楽しかった」
カズは驚いたように目を見開いた。
「あんた、美鈴さんの知り合いか?」
俊は何も答えずに笑っただけだった。
「じゃあ、気をつけて帰りなね」
そう言うと2人の前から消えて行った。