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天下無敵の片思い  作者: 天下無敵の片思い
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天下無敵の片思い

   第七章 敵と、味方


 「ブレット、つらくない?わたしについて来て、大変な思いして」

 「ううん、全然」

 つらくないよー、と子どもは元気よく答えた。

 「だって街では、しょっちゅう元締めに『また生意気な口きいた』って飯抜きにされたりしてたもん。今の方がいいよ、絶対」

 …まあ、その「元締め」に今と同じような口のきき方をしていたのならしょっちゅう食事抜きにされていたのはわかる気がする。そういう、子どもを使って犯罪をさせようとするタイプの人間は、口答えをしてくる子どもを何よりも嫌うだろうから。

 「だから、今の方がおいら、うれしいから」

 幸せだと言いたいらしかった。

 「街にいた時より、ずーっとおいしいもの食べられてるしっ」

 確かに、アスセーナが寝込みを襲われた時にはがりがりだったが、今ブレットの身体は適度な丸みを帯びて、ずっと「子どもらしい」体形になっていた。

 「今日もおいしいもの食べさせてね、姉ちゃん」

 そんな話をしながら歩いていると、ついに細長く続いていた湖が終わって二人が行く南の方角にはまた深い森―黒い森(シュヴァルツヴァルト)が広がっていた。

 「あーあ、しばらく開けてて楽だったのになー。残念」

 森に慣れていないブレットは不満を言い立てたが、緑の多い山地育ちのアスセーナには文句はない。いかに黒い森でも、魔獣がうじゃうじゃいる訳ではないとわかったし。

 そんな二人の眼前にある森の、端っこの茂みががさっと揺れた。

 「た、助けてくれ!」

 転がるように飛び出して来たのは。

 「修道士(メンヒ)の方…?」

 飾り気のない修道服に身を包んだ、初老の男性だった。這いずるように逃げる、その後を追って巨大な人型の怪物が森から出て来た。

 「人喰い鬼(オーグル)!?」

 トロルとはまた違う、人型の異種族だった。何よりも人肉を好むと言う厄介な食性を持つ。

 「ガアッ!」

 で、今人喰い鬼には修道士が「人肉予定」に見えているらしかった。

 「危ない!」

 「姉ちゃん!」

 ぱっとアスセーナは駆け出し、修道士をかばって剣を構えた。

 「おお、有難い!これぞ神のお助け!」

 聖職者らしい言い方で安堵を表現した。

 「『神』じゃなくて姉ちゃんが助けようとしてるんだよっ」

 「いやいや、これも神のおぼしめしじゃからして」

 「いいから下がってください!」

 しかし、と言うかやはりと言うか。

 「ウマ…ソウ」

 人喰い鬼の標的が、明らかに老人より少女に変わっていた。変な意味でなく、純粋に「食欲」をそそる対象として。

 「くっ」

 ここまで露骨に、殺気ですらない「食い気」を向けられると退くなあ、とは思うが腰を抜かしている修道士を置いて逃げる訳にもいかなかった。

 「クワ、セロ!」

 食欲丸出しで鬼が飛びかかって来た。しかし、その首根っこをがっちり掴んだ者がいる。

 「鎧武者さん!」

 巨大な全身鎧が手を伸ばし、右腕一本で軽々と人喰い鬼を吊り上げていた。当然手足を振り回して暴れているが、がっちり掴んだ手甲は揺るがなかった。

 「!」

 力任せに振り回し、森の中に放りこんだ。どうやら、「食糧にもしないのに殺すのはちょっと」と言うアスセーナの言葉を心に留めていたらしい。

 「だ、大丈夫?だいぶ爪で引っかかれていたけど」

 長くて鋭くて、どうにも清潔とは言えなさそうな爪でがりがりされていたが。

 「―」

 大きな拳で胸甲をどんと叩いた。「何ともない」と言いたいらしい、と見て取った。

 「良かったあ」

 ほっとして、彼女はそもそも助けようとした聖職者に注意を向けた。

 「怪我はありませんか?修道士さん」

 「…」

 修道士姿の老人は、彼女の言葉を聞いていなかった。ただ鎧武者の方を見てわなわなと震えている。

 「―この」

 「え?」

 「この、亡霊騎士(アンデッド・ナイト)がぁーっ!」

 そう叫ぶなり、彼は胸に下げた聖なる印章を掴んで祈りを捧げた。

 「神よ!この不浄なる動く死体を、正しき生死(しょうじ)の流れに戻されよ!」

 祈りに応えて、印章が輝いた。

 「悪霊退散(ターン・アンデッド)!」

 ―聖職者の中には、祈ることによって神の力の一端を借り受け、小規模だが地上において奇跡を起こせる者が存在する。今彼が起こそうとしている奇跡は、不死者(アンデッド)生死(しょうじ)(ことわり)を外れ地上で活動している死者を浄化し、天国なり地獄なりいるべき場所に送る、というものだった。

 印章から放たれた光が、全身鎧を包んだ。

 「これで『塵は塵に』還るはず…!」

 「ちょっ!?」

 「待って!」

 しかし。

 「何と!?」

 光が消えても、鎧は小揺るぎもしない。鎧武者はそのままの姿勢で立っていた。

 「馬鹿な!ええいもう一度!」

 二度、三度と聖なる印章を掲げ、奇跡を降ろすが。

 「…」

 何度光を叩きつけられても、鎧武者は平然としていた。

 「塵となるか、がらがらと崩れ落ちる、はずなのに」

 「だから、亡霊騎士じゃないんだって兄ちゃんは」

 「…信じられん…!」

 奇跡を起こすのにも気力体力は使う。数度試して、聖職者はぜいぜい言いながらへたりこんだ。

 「本当に、不死者ではない、のか」

 違う違う、と鎧武者は手甲を振っていた。

 「そりゃ、話に聞く亡霊騎士とか、動く鎧とかに似てるけど違うんだって鎧の兄ちゃんは!」

 「確かに、ぜえっ、死霊の気配は、感じない、ぜえっ、何らかの魔力は、働いている、が」

 「早く気づいてよ、そういうことはっ!」


 「いや、失礼した」

 やっと納得し、修道士は律儀に謝罪した。

 「ほんとに失礼だよー。じーちゃん助けたんだよ、鎧の兄ちゃんは」

 「面目ない」

 「ほんとに、ごめんなさい。何か」

 なぜか申し訳なくなって、アスセーナも鎧武者に謝っていた。

 (ぱっと見は怖いかもしれないけど、本当に優しい、いい人なのに)

 見てくれで誤解されてしまうのは、切なかった。

 「―」

 彼は「気にするな」と言うように首を振り、どすどす歩いて行って湖の端、泥が広がっている波打ち際に(ぬかるみにはまらないように気をつけて)屈みこみ、指で何か書きつけた。

 「え、なになに?」

 ブレットが好奇心いっぱいでそこに駆け寄り、覗きこんだ。

 「えーと、『この格好では、疑われても仕方がない。気にしないでくれ』って?」

 「え…ブレット、字が読めるの?」

 アスセーナはびっくりした。―この地では「字の読み書き」は聖職者や貴族、商人なら学ぶがそれら以外は縁がないのが普通だった。ましてやストリートキッズに学ぶ機会があるはずがない。

 「んー、何か聖堂教会とか王宮とかの壁に張り紙があったりしてさ。書いてあるのが読めたら面白いだろうなと思って、張り出されたら見に行って読める人が読み上げるのを聞いてたら、覚えた」

 当り前、という言い方だが。普通出来ることではないので念のため。

 「すごいわね、ブレット。ほんとに」

 この子どもの頭の良さには、時々驚かされていた。

 「わたしだって、父さんが教えてくれなかったらさっぱりだもの」

 父が「何かと便利だから」と娘に教えたのである。人里離れた山の中で、雨の日などは他にやることがなかったからなのだが(母親がいれば裁縫や糸紡ぎを教えるところだが)。

 「…」

 鎧武者は手を伸ばして、ブレットの頭をぐりぐり撫で回している。どうやら「すごいな、偉いな」と伝えたいらしかった。

 「…ん」

 怪力でわしわしされるとちょっと頭がぐらぐらするが、嫌ではない。気持ちが伝わってきて、嬉しかった。

 「本当に、失礼なことをしてしまった。申し訳ない」

 三人の傍らで修道士が肩を落とした。

 「もう、野営の支度をする時間ですし。良かったらご一緒に。お話もしたいですし」

 その落ちこみようを見かねて、アスセーナはそう声をかけていた。


 「儂は、グレゴリウス・アルブレヒトと言う。カイネブルクの街近くにある修道院(グロースター)で神に仕える者じゃ」

 聖職者はそう名乗った。

 「所用があって、はるか南の聖都ロマヌスに赴いていたのだが」

 この大陸の教会組織、その総本山であった。

 「そうなんですか」

 「…姉ちゃん、このじーちゃん噓ついてるよ」

 うなずくアスセーナの服を、ブレットが引っ張った。

 「え?」

 「おいらカイネブルクの街で見てたもん。教会が『聖なる日』にやってるパンとスープの施しで」

 ちなみにブレットは滅多にその施しをもらう列に加わっていなかった。…腹は減っていても、配給を受ければ当然「スリの手伝いなんてやめろ」と説教されるに決まっているからだ(かと言って教会側が保護する訳でも働き口を世話する訳でもないが)。

 「思い出したよ。このじーちゃん、配ってる人に指示出して、頭下げられてた。ヒラの修道士じゃないよ、絶対」

 「そ、そうなの?で、でも」

 「…いや、その子の言う通りじゃ。申し訳ない」

 また彼はがっくりと肩を落とした。

 「儂は、実は…カイネブルク聖堂教会(ミュンスター)司祭(プリ―スター)に叙任されている身でな」

「司祭さま!?」

 アスセーナはびっくりした。―「司祭」は、単に信仰がしっかりしているとか奇跡を起こせるとかでなれる位階ではないのだ。いやもちろん信心はあるに越したことはないが、それ以上に優れた学識、教会内や外部(王や領主、商人ギルドなど)からの評判も必要で、さらに言うなら実家の家柄がいいとか、裕福で寄進が多ければ文句なしだな、とそのぐらいの好条件が揃っていなければ普通叙任はされない。都市としてのカイネブルクではなく国全体で見ても、最高位は司教でその下に司祭が三人ほどいればいい方ではないだろうか。

 「そ、それは失礼いたしました、グレゴリウス師」

 呼び方は改めたが、だったこの人が何で修道服を身につけてこんな所で人喰い鬼に襲われたりしているのか、なぜ身分を隠そうとするのかがわからない。

 「うむ、修道士ではないが、聖都ロマヌスに赴いていたのは本当じゃ。その折には馬車を仕立てて、ゆるゆると行ったのだが」

 高位聖職者なので、それが普通だ。

 「その聖都ロマヌスで、教会内の『先見の者』に奇妙なことを言われての。『カイネブルクに危機が迫っている。一刻も早く戻って、警告を伝えてくれ』と。で、普通に戻っては到底間に合わないと、一介の修道士に身をやつして供も数人に絞り、急ぎ戻ろうとしたのだが」

 またがっくりしていた。

 「そなたらの話を聞くに、間に合わなかったようじゃの。何としたことだ」

 「えー?急いで帰ろうとしたのに、何でこんなところにいるのさ」

 そう、ここは「黒い森」のど真ん中である。聖都ロマヌスからの街道ははるか遠くを通っているはずだ。

 「…それが、その…供の者とはぐれてしまってな。一人になったら、道が全くわからなくなってしまって」

 「って、街道をずーっと辿って行けばいいのに」

 「それが、その、な。一人になると、正しい道を行けたためしがなくて」

 「えーっ?じーちゃん、もしかして『方向音痴』ってやつ!?」

 「…そうらしい」

 認めた。

 「た、確かにそういう人がいるって父さんに聞いた、けど」

 狩人として山の中で獣を追っていたアスセーナには信じがたいが、確かにいるのだ。

 「こんな、偉い方が」

 「教会内にいる時は何とかなるし、外出する折には必ず供の者がつくので、困らなかったのじゃが」

 今回ばかりはどうしようもなかった。

 「さすがに恥ずかしすぎて、何とかごまかそうと思ったんじゃがの」

 身分を隠したいとかでなく、いい大人が方向音痴なのを知られたくなかったのであった。

 「そうだったんですか」

 アスセーナも、さっきはざっとだったが今度は詳しく自分たちの事情を説明した。

 「変な魔術師が、カイネブルクの人々を”氷”の中に閉じこめてしまって。わたしは、アレクサンデル殿下を…い、いえ、街の人々を助け出すために、賢者さまに助けを求めに」

 「ごまかすなよ姉ちゃん。一目ぼれした『殿下(でんか)』を助けるために、旅してるんだろー」

 「あの、その、えっと」

 神に仕える人の前で「恋」の話は恥ずかしかった。

 「いや、いいんじゃよそれで」

 グレゴリウス師は優しい目で恋する少女を見た。

 「かの殿下が公務で教会や修道院を訪問される度に、一心に神に仕えなければならない修道女たちまでが浮足立つからのう」

 美男子恐るべしであった。

 「何故カイネブルクがその魔術師に狙われたのかは見当もつかないが。そこにそなたが居合わせ、助けようと強く願える状況だったと言うのは、やはり神のおぼしめしだと儂は思うよ」

 理由は何であれ、ただ一人旅立てるほどに強い動機があったと言うのは。

 「あ…はい」

 照れるが、全否定されなくてほっとした。

 「また、『神のおぼしめし』かよー」

 一方ブレットは、神とか教会とかにあまりいい印象を持っていない。

 「教会なんて、お説教ばっかでおいらたちのことなーんにも考えてなかったし」

 「犯罪はよくない」とは言うが、じゃあどうすれば食って行けるのか。具体的な手助けは何もしてくれなかった。

 「それはまあ、週に一度の施しだけで精一杯じゃからして」

 グレゴリウス師も、どう答えていいかわからないでいた。

 「『天は自ら助くる者を助く』と言うての。きちんと稼がんといかんと言うことじゃ」

 「稼ぎたくても、どこも雇ってくれないじゃん。みなし子は信用されないから」

 「う、うーむ」

 子どもは根本的な社会の矛盾をついて来た。

 「ブレット、あんまりいじめちゃ駄目だよ」

 アスセーナもそう言って止めるしかなかった。

 「うん、まあ」

 子どもは黙ったが、「信用してないよ」と顔が語っていた。

 「あ、あの」

 話題を変えたいのもあったが、彼女には聞きたいことがあった。

 「あの…アレクサンデル殿下は、どんな方なんですか」

 「おお、ろくに言葉も交わしておらんのじゃったか」

 ただ一目ぼれして、助け出そうと旅立っただけで。あとはカレルに少し聞いただけで、性格とかをよく知っているとはとても言えなかった。

 「そうじゃな、殿下は基本武人であられたから、マクシミリアン王太子殿下と違って教会とはあまり関わっておられんかったからの。よく知っているとはとても言えないが。ただ、武芸の腕に優れた者は普通、力のための力を求めてしまうものだが。殿下はそうではなく、常に『何のために剣を振るうのか』を考えておられる、そういう方だったな」

 「そう、ですか」

 無暗に戦いたがるタイプではなさそうだった。…強盗犯に対しての言葉を思い出し、ちょっと胸があったかくなる。

 「あと、これのことを知りたくて」

 アスセーナはペンダントの石をグレゴリウス師に見せた。

 「これを身につけていたから、わたしだけ”氷”に閉じこめられなくて済んで。『思いの結晶』ってあの魔術師は呼んでいましたが、どういうものなのかわからなくって」

 魔術には縁がなさそうだが、幅広い知識の方で何か知っていないかと考えたのだが。

 「儂は神の奇跡を降ろすことはできるが、魔術はさっぱりじゃ。聖都ロマヌスになら双方に詳しい者もいるが」

 彼はそう言いつつ黄色い宝石を観察した。

 「ただ、魔術を使うには強く願う力、思いの力が必要だとは聞いたことがある。だが、一人がその時に注ぎこめる『思い』には限度があるので、自分なり他の人なりの『思い』の力を動力源となるように結晶の形で貯蔵しておくと」

 「それが、これ…?」

 「ただ、普通は砂粒ぐらいの大きさにしか結晶しないとも聞いたのだが。この大きさの『思いの結晶』を作り出すには、相当の『思い』をこめたのだろうなあ」

 (母、さん)

 母がくれた、というおぼろげな記憶があるだけで。形見として身につけていたが、それ以上のことはわからなかった。父なら知っているかもしれないが、聞きに行く訳にもいかない。

 「ありがとうございます、教えてくださって」

 これ以上のことを知るのは、また今度にするしかなかった。


 アスセーナとブレットに、グレゴリウス師まで加わっての野営地からはかなり離れた、黒い森の一角で。

 「ボス!」

 「ボースー!」

 トロルたち―サイズも身につけているものもばらばらな人外の仲間たちが、叫んでいた。なぜか先程の人喰い鬼(オーグル)まで加わっている。

 「ボス!アイツラミョウニツヨクテ!」

 「オレタチダケジャカテナイデスー!」

 口々に呼びかけている先は、茂みだった。ぎっしりと茂っていて向こう側は見通せない。

 「ボス!オネガイダ!オデマシヲ!」

 「ソノオチカラデ!アイツラヲブッタオシテクダサイ!」

 「―俺が出なければ、勝てんか?」

 茂みの向こう側から、低い声が響いた。

 「ハズカシナガラ!」

 「やむを得ん。俺が出る!」

 「ボス!」

 「ボースー!」

 歓声が上がった。


 一晩―明けきらない、まだ日の光が差さないけれど明るくはなりつつある頃。

 「なに…?」

 アスセーナは、何やら騒がしい気配がたくさん近づいてくるのを感じ目覚めた。

 「何だようるさいなあ…な、なにあれ」

 ブレットも目をこすりながら起き上がってびっくりした。

 「こないだのトロルじゃん!一度目に来た奴も、二度目のもいるしっ」

 正確に見分けられているかは自信がないが、多分。

 とにかく大勢のトロルや、人喰い鬼にコボルトまで加わった群衆(軍勢、とは言いかねる)が野営地に向かって進んで来るのだ。烏合の衆感がはなはだしいが、気勢の上げ方はかなりのものだった。

 「ボスガデテコラレタゾ!」

 「コレデオマエラナドヒトヒネリダ!」

 口々に叫んで盛り上がっていた。

 「確かにこの間、ボスがどうとか言ってたけど」

 「じゃあ、()()がボス?」

 ブレットが指さしたのは。

 「わはは!お前が(マエストロ)の言っていた小娘か!」

 群衆の先頭に立つ、大男だった。

 「師?」

 「”氷”の術を使ったって言うそいつのことかも、姉ちゃん」

 「俺は師の高弟、(スート)の四弟子が一人!『棍棒(クラブ)の』怪力の神(へルクレース)の名を持つ者なり!」

 大音声で名乗って来た。

 「え、えーと。『弟子』ってことは、この人も魔術師ってこと?」

 「うそだー!」

 何せ、その大男。

 かろうじて背中にローブらしきものを下げ、首の後ろに跳ね上げたフードがまとわりついているのは魔術師っぽいのだが、全くローブを「まとって」おらず、身長二メートルほどの筋骨隆々の身体をほぼむき出しにしている。おまけに日焼けした肌がオイルでも塗ったようにてらてらと光っているとなると。

 「魔術師にだけは、見えないよね姉ちゃん」

 「う、うん」

 「わはは!小娘、お前には魔術が効かぬと聞いたぞ!そこで、攻撃魔術に頼らず攻撃が可能な俺が刺客として選ばれたのだ!覚悟!」

 本当は四弟子の中で揉めに揉め、くじ引きで当たる順番を決めたのだがそれは言わず、掟破りの筋肉魔術師は巨大な棍棒を構えてアスセーナに突きつけた。

 「そこは名乗りの通りなんだ」

 「ブレット!グレゴリウス師を連れて避難して!」

 幸い、トロルたちに包囲しようという気はないようだった。

 「わかった!じーちゃん、こっち」

 聖職者の手を引いてブレットはとりあえず後ろに下がり、見つかりにくいように木立ちの中に入った。黒い森に入るのはやはり怖いが、捕まる方が嫌だ。

 「じーちゃん、なんかこう姉ちゃんたちの手助けできないの?すごい奇跡とかで、ばーんって」

 「悪霊退散はできるが、奇跡は基本、攻撃はできんのじゃ。アスセーナ殿が怪我でもされたら、癒しの奇跡は起こせるが」

 「それじゃ遅いんだよ!」

 結局今のところ森の中を逃げ回っている方が正解らしかった。


 「娘!師の命令だ、死んでもらう!」

 とんでもない重量を秘めた棍棒が振り下ろされた。

 「くっ!」

 アスセーナは跳び下がるしかない。あの棍棒と打ち合えば、一たまりもないのは目に見えていた。

 大男は棍棒を信じがたいほど素早く取り回し、追いすがって来た。ついに、当たれば頭を割られかねない一撃が迫って来る。

 「―!」

 間一髪、どこからか出現した鎧武者が立ちはだかり、大剣で棍棒を受け止めた―が、あまりの衝撃に膝をつきかけた。

 「鎧武者さん!」

 彼は何とか膝を屈さずに棍棒を押し返し、背に少女をかばった。

 「ありがとう!」

 アスセーナは全身鎧の陰に隠れ、タイミングを伺った。大剣と棍棒が切り結び、ぶつかり合う中で目を凝らす。

 「―今!」

 鎧の陰から飛び出し、筋肉魔術師のてらてら光る腹部に刺突を試み、必殺の一撃を加えようとした。

 しかし。

 「噓!?」

 オイルは塗られているようだが、それ以外何もなくむき出しの肌なのに小剣の切っ先は弾かれていた。全力で刺そうとしたはずなのに、皮膚には傷一つついていない。

 「どうなってるの!?」

 「効かぬわ!」

 「…」

 吼える男と、鎧武者は剣戟(いや、片方は棍棒だが)を続けていたが。

 「鎧武者さんが―押されてる?」

 今までトロルたちをも怪力で圧倒していた鎧武者が、じりじりと後退させられていた。

 「力負けしてる!?そんな!」

 「わはは、ぬるいわ!」

 もはや防戦一方、切り返すこともできずに追い込まれ―ついに、体勢が崩れた。大剣で棍棒を受けきれなくなり、直接兜にヒットしてしまった。

 ガン!ガン!ガン!

 何度も殴りつけられ、あろうことか地面に全身鎧が足からめり込んでいった。まるで釘でも打つように身体が埋め込まれていった。

 「鎧武者さぁん!」

 アスセーナは悲鳴を上げるが、助けることもできなかった。


 「じーちゃん、こっち!」

 一方ブレットたちも逃げつつ様子をうかがっていたが。

 「あぎゃあ!」

 いきなりグレゴリウス師が悲鳴を上げてすっ転んだ。

 「もー、そんな場合じゃないのに。あれ?何だこれ」

 聖職者がつまずいたのは、いくつかのガラス瓶だった。森の中で木漏れ日を浴びてきらきら光っていた。

 「うわ、高く売れそう!いくらになるかな」

 すぐ発想が金銭になってしまうのはストリートキッズの性だった。無理もない、この辺りでは「ガラス」は超希少品である。

 完全に目を金貨にして瓶を手に取ったブレットだったが。

 「あれ?何でこんな森の中に、ガラス瓶が転がってるんだろ」

 何度も言うが人は滅多に入らぬ森の中である。子どもは瓶の中を覗きこんだ。

 「何か、オイルみたいなのが入ってたみたい。…ん?オイル?」

 しばらくうーんと考えて。一つうなずくと、ブレットは再びグレゴリウス師の手を引っ張って森の中を移動しはじめた。

 

 「どうしよう!?」

 アスセーナはらしくもなくおろおろしていた。狙われているのは自分なのだから、筋肉魔術師の気を自分が引けば鎧武者は無事、と頭ではわかってもこの状態の彼を置いて逃げると言うのも辛い。

 そこへ。

 「くらえ!」

 幼い掛け声とともに、ぱしゃんと何か―いや、ただの水が棍棒をかざして勝ち誇る大男に浴びせられた。

 「ブレット!?」

 「へっへーん♪」

 子どもが革袋を手に、手近な木に登っていた。

 「な、何なの一体」

 水をぶっかけて何になるのか、と思ったが。

 「ぐ…!」

 「え!?」

 魔術師が棍棒を取り落としていた。重さを支えきれなくなったように。

 「今の今まで自在に振り回してたのに?」

 「姉ちゃん!そいつね、身体に薬塗って力出してたんだよっ」

 「「「!」」」

 少女と鎧武者が驚き、大男はびくっと反応した。

 「図星だねっ♪」

 確かに、肌のてらてらが無くなっていた。

 「つまり、怪力も、剣でも傷つけられなかったのも、あのオイルみたいなののせいなの?」

 「ぐぐ…!」

 否定できないようだった。よく見ると、筋骨隆々だった身体が少しずつ縮んできたような。

 「―」

 その間に、鎧武者は身体を地面から抜き出していた。

 「もう、何もできないよこいつ!兄ちゃん、やり返してやって!」

 「…」

 無言で大剣を振りかざす姿に、男は悲鳴を上げた。

 「たあすけてくれええええっ!」


 「ありがと、ブレット!」

 ほっとしたアスセーナは子どもに駆け寄り、ぎゅっとしていた。

 「助かったわ、今度も」

 「ね、姉ちゃん、そんなにぎゅーっとしたら苦しいって」

 そう口では言いつつもにやけているブレットだった。

 「…」

 鎧武者も近づき、もじゃもじゃの頭をわしわしした。

 (ずーっと、こうしてたいなあ)

 子ども心に考える。

 (姉ちゃんと、兄ちゃんと、ずーっと、一緒に)

 二人と一緒にいれば、ずっとこうして可愛がってくれる、とぼんやり思っていた。


 で。

 「あのまんま見逃しちゃっていいの?」

 ブレットは不満そうだが。

 「たっぷり懲らしめたし。もういいよ」

 すっかり弱々しくなり情けなく悲鳴を上げる男を前にすると、いじめているようで嫌になったと言うのが正しい。すくみ上るトロルたちと一緒に、逃がしてしまったのだ。

 「そなたたちは、やはり大変な旅をしておるの」

 結局手助けのできなかったグレゴリウス師が表情を引き締めた。

 「儂はこれから、また聖都ロマヌスに戻り改めて救援を求めるつもりじゃ。騎士カレル殿は近隣諸国に救援を求めているそうじゃの。儂にできるのは、教会側の力を借りることであろう。聖都の書庫には膨大な知識が蓄えられているはずじゃし、きっと助けになる」

 「お願いします」

 それぞれに、できることをすべきなのだ。

 「でもさ、一人で戻れるの?」

 ブレットが切れ味鋭いつっこみをした。

 「う…じ、時間はかかるかもしれんが、何とか」

 冷や汗かきつつ聖職者はうなずき、一人歩き出した。

 「じーちゃん!もうあさっての方角に行ってるから!じーちゃん!」

 すでに見当違いの方向に進んでいくグレゴリウス師の姿に、ブレットは声を上げた。

 「…」

 その先に、ふっと鎧武者が現れた。無言で老人の腕をつかんで引き止め、もう一方の手で街道があるはずの方角を指し示した。

 「そ、そうか。感謝する」

 礼を言いつつグレゴリウス師は示された方向に曲がり、とりあえず一行の視界から消えるまでは同じ方向に進んでいった。

 「うん、まあ。ずーっと迷わないとは思えないけどー」

 それはともかく。

 「兄ちゃん、もしかして」

 どすどす戻って来た(?)鎧武者に、子どもは問いかけた。

 「前から、あのじーちゃんのこと、知ってたの?」

 態度などから、そう感じたのだ。まあ彼がカイネブルク王国に仕える身なら、知っていてもおかしくないのだが。

 「でも、じーちゃんは兄ちゃんのこと知らないみたいだし。いきなり『悪霊退散!』だもんなー」

 だとすると、どういうことなのか。首をひねるブレットの側で、鎧武者は困惑の様子を見せていた。

 「あとさ」

 そんな「兄ちゃん」の姿を面白そうに見上げながら、子どもはさらに問いかけた。

 「鎧の兄ちゃん…ほんとは、姉ちゃんのこと『好き』なんだろ?」

 もちろんアスセーナには聞こえないよう声は潜めている。

 「!」

 鎧武者は文字通りの意味で飛び上がり、さらにあたふたと両手を振り回しはじめた。

 「へへ、やっぱりねー」

 「~」

 違う、違うと首を振っているが。

 「バレバレだって兄ちゃん。うそつくの下手だなあ。まあ、兄ちゃんにも『立場(たちば)』ってのがあるかもしれないけどさ」

 ストリートキッズには宮仕えの難しさはよくわからないが、鎧武者が「そういうこと」で遠慮しているのではないかと彼なりに考えを巡らせていた。

 「でもさ、『恋愛(れんあい)』ってのにはそういうの、関係ないだろ。『好き』は『好き』なんだからさ。ちゃんと姉ちゃんに気持ちを伝えた方がいいよ」

 すごい訳知り顔で忠告する九歳児。

 「まあ、姉ちゃんのあの様子じゃ今は振り向いてくれないと思うけどさ。でも、告白するだけなら」

 ブレットとしては、この優しくてちょっと恋に奥手に見える「兄ちゃん」に、幸せになってほしいのである。…ちょっとは「三人でずーっと一緒にいられたらいいな」と子どもっぽい計算を巡らせてもいたが。

 「…」

 しかし鎧武者は首を振り、子どもの口を手甲でそっと押さえた。

 「言うなって?いいけどさ、おいらはそれでも」

 ブレットとしては大いに不満だったが、うなずいた。その頭を撫でて、鎧武者は消えて行った。


 「また大変だったねー」

 夜明け前に襲撃に遭い、その後歩いて。黒い森の中で、アスセーナとブレットは野営の準備に入っていた。

 「グレゴリウス師を見送った後、あなた鎧武者さんと何話してたの?何かあの人、すごく困ってたみたいだったけど」

 「んー、大したことじゃないよ」

 ブレットはそう言ってごまかそうとした。

 「そうなの?あんまり生意気なこと言って困らせちゃ駄目だよ。鎧武者さん、優しくてとってもいい人なんだから」

 優しい、いい人…とは、思っているのだが。

 「ねえ姉ちゃん。鎧の兄ちゃんのこと、どういう風に思ってるのさ」

 子どもは何気ない顔で、そう聞いてみた。

 「どう、って」

 少女はしばらく考えて。

 「仲間で、友達、かな。あと、お兄さんがいたら、こんな感じなのかなって」

 (…うう)

 「お兄さんみたい」―それは、一人の男性として一人の女性に思いを寄せている時、一番言われたくない言葉ではないだろうか。

 (やっぱ、『対象外』だな、兄ちゃんはー)

 「そっかあ」

 しかし、ブレットはそう言ってうなずくだけにしておいた。


 楽しそうに喋って、夕飯の片づけをして、寝つく二人を。

 「―」

 また実体を取った鎧武者が、木々の陰から見守っていた。

 「…」

 ひどく、哀しげに。

 『ふふ。いよいよ、離れがたく―なりましたかな?』

 「!?」

 また、あの夜鴉が彼に語りかけていた。

 『いや、お気持ちはわかりますがな』

 からかうような口調で続けた。

 『こうなるとは、思うておりましたので。乾ききった火口(ほくち)の上で、火花を散らすようなものでしたからな。あっと言う間に火がつき、燃え上がる。思いは募るばかり…決して手に入らぬとなれば、尚更に』

 「…っ」

 『あの子どもは、何も知らずに『告白すれば』などと煽っておりましたがな。…どうなされるかは、ご自由に。勧めも止めもしませんよ。―ただ、思いを伝えればそこで『終了』するだけで』

 「―!」

 『構いませぬよ?』

 言うだけ言って、夜鴉は翼を広げて飛び去って行った。


 「へえ、『棍棒の』奴しくじったんだ」

 鎧武者を嘲笑した後、夜鴉が舞い降りたのはローブをまとった人影のもとだった。

 「配下のトロルたちをぶつけても駄目で。本人が出て行ったら、秘伝の魔法薬で身体を強化してたのがあっさりばれて水ぶっかけられた、と。あいつも詰めが甘いなあ。あの薬、塗ってる間は無敵だけどはがれちゃうと反動が一気に来るのにね。まあ、ぼくに出番が回って来て良かったけど」

 夜鴉の説明を受けて、ローブ姿は呟いた。

 「じゃあ、ぼくの番だね。あとの二人には回したくないなあ」

 『ご健闘を』

 このローブ姿の者も、夜鴉のことをよく知ってはいない。ただ、師にあたる魔術師の意向を伝えてくれる存在なのでおそらくは師の使い魔(ファミリア)なのだろうと考えていた。

 「で、あの仔猫ちゃんが片思いしてるのって、この国の第三王子だって?ふうん、こういう顔か。まあ美形だよね、ぼくほどじゃないけど。うん、『使える』かな」

 投影された姿を見つつ、一人笑った。

 「じゃあ、あとの二人には余計な手出しはするなって伝えておいてね」

 『了解』

 黒い頭をうなずかせて、夜鴉は飛び立った。


   第八章 記憶の、行方


 「今度こそ、黒い森は抜けたのかなわたしたち」

 アスセーナとブレット、二人はうっそうとした森を抜け出し、広がる草原とその所々にこんもりとした木立ちが茂る光景の中に踏みこもうとしていた。

 「あ、ここに湧き水あるよ姉ちゃん」

 黒い森のよくよく際に、小さな泉が湧いていた。

 「これなら飲み水にできそうよね」

 この間まで横を歩いていた湖は、アスセーナの感覚としては「飲用」には適していなかったのだ(いや、水妖精(ニクセ)たちが中で生活しているのを批判するつもりはないけれど)。

 「じゃ、少し早いけどここでご飯にして、革袋に水いっぱい入れて出発ね」

 「うんっ」

 夕飯には早過ぎるが、野営するときに干し肉でも齧ればいいか、と。

 で、手持ちの革袋に詰められるだけ水を入れた後。

 「うーん、どうしよっかな」

 少女は少し考えて。

 「ちょっと、水浴びするねわたし」

 この地域には、毎日入浴する習慣はない。水浴びもこまめにして何としても清潔を保たないとよろしくない、という考え方はないが。…やはり年頃の女の子としては、たまには清らかな水を浴びてさっぱりしたいという気持ちはあった。

 「―わかってるよねブレット。覗いたら、ひどいよ?」

 そう言って、泉を隠している茂みの向こうに彼女は消えた。

 「うん…でも、いっか。ねえグラツィエ」

 ませてはいても九歳児、まだ「たとえ後で何されてもいいから覗きたい」という突き上げるような欲望とは無縁である(あと四、五年もすれば微妙な年頃になるだろうが)。単なるいたずら心で覗こうと考えても、ばれた時の彼女の激怒の方が怖くて。結局舞い降りて来たグラツィエの羽根を撫でながら待つことになった。茂みの向こうから水音やはしゃいだ声などが聞こえてくるが、振り向くのも我慢。

 「あーすっきりした。ブレット、あなたも水浴びしない?待ってるから」

 「い、いいよおいらは」

 この年頃の子どもにありがちな、身体を洗う系が苦手なタイプだった。

 「じゃ、出発ね」

 言って歩き出したアスセーナの姿を見て、ブレットは首を傾げた。

 「あれ?なんか、違う」

 いや、アスセーナはアスセーナなのだが。…何か、細かいところが「いつもの姉ちゃん」と違っている気がしてならなかった。

 「どうしたの?置いてくわよ」

 彼女は別におかしいとは感じていないようで、さっさと歩いて行ってしまう。

 「待ってよ、姉ちゃん」

 ブレットはついて行くのに必死で、「何か違う」ことは気にしていられなかった。


 「殿下、どうしておられるのかなあ」

 「またその話ー?」

 アスセーナの考えることは大抵そのことであった。

 「大体さ、姉ちゃんの話だとその”氷”の中の人って、ほんとに凍りついてるみたいな顔してたって言うんだろ。だったら、その『殿下』だって凍ってて、寝てるみたいな感じなんじゃないの?『どうしてるか』って、寝てるんだよきっと」

 「そうかも、しれないけど」

 あの恐ろしい日から一か月以上経っていた。もし、「アレクサンデル殿下」にその間意識があって”氷”の中でずっと閉じこめられていたらさぞ辛かろう、意識がない方がいいと、理屈ではわかるのだが。

 「それでも、つい『今頃どうされて』って、考えちゃって」

 恋する乙女あるあるであった。

 「もー姉ちゃんはっ」

 剣の腕は並外れているのに、「殿下」のこととなると途端に普通の女の子になってしまう。まあ、そういうところをブレットは嫌いではなかったが。

 (でも、『鎧の兄ちゃん』のことも、少しは思ってほしいなおいらとしては)

 そう彼女に言いたかったが、そっと口を押さえて首を振った彼のことを思い出すと言い出せなくて。

 「何考えこんでるの?置いてくわよ」

 そんな話をしながら草原を歩いていると。行く先の草の上に、突然奇妙な文様が浮かび上がった。

 「な、何、あれ」

 「もしかして、『魔法陣』ってやつじゃない?おとぎ話とかで魔法使いが使うやつ」

 「じゃあ、またあの魔術師の?」

 この間の、掟破りの筋肉魔術師みたいなのか、と二人は身構えるが。

 「やあ、やっと会えたね仔猫ちゃん」

 朗らかな口調でそう語りながら魔法陣の上に出現したローブ姿の人物は、前回の魔術師とは全く違う姿をしていた。

 「何だよ、あの薄っぺらな二枚目は」

 ブレットが思わず呟く。

 わずかに銀色がかった、月の光を思わせる淡い色合いの金髪がゆるくウェーブがかかりながら肩に垂れ、色白の肌に夢見るような青い瞳。繊細な顔立ち―と、こう描写するとまさに「夢の王子さま」な感じの美青年が現れたということになるのだが。

 (で、でも、何か)

 アスセーナの目には、どうもこの青年は何と言うか。五分ごとに鏡を見て自分が美形であることを確認しないではいられない、そんな性格であるように見えていた。

 (ちょっと、わたしのあこがれる人じゃない、気がする)

 あくまで印象ではあるが。

 「きみにずっと会いたかったんだよ、ぼくは」

 彼女がそう思っているとは感じ取っていないようで、彼はやたらと親し気に語りかけてきた。

 「で、でも、あなたも魔術師、よね」

 「そうさ」

 さらりと認めた。

 「(マエストロ)のお達しでね。きみがカイネブルクに戻ってこないようにしろ、って」

 「やっぱり!」

 「『棍棒(クラブ)の』奴が負けちゃったから、次はぼくの番なんだけど。何か千載一遇のチャンスみたいだから、姿を現しちゃった」

 ざっと警戒する二人を見て美青年は楽しそうに笑った。

 「―」

 ふっと鎧武者も現れ、背の大剣に手をかけていつでも抜き放てるよう身構えた。

 しかし、この魔術師は全く気にも留めずに笑みを浮かべ続けていた。

 「ちょっと待っててね、仔猫ちゃん。もう少ししたら、ぼくと『出会おうね』?」

 「な、何を、言ってるの」

 よくわからないことを一方的に喋って、彼は杖―ただしついて歩くものではなく、三十センチぐらいの(ワンド)を取り出し、アスセーナの方に向けて何か唱えた。 

 ほわん、とした霧のようなものが放たれ、少女を包む。

 「姉ちゃん!?」

 仰天するブレット。鎧武者も何もできずにいた。

 霧が晴れ、アスセーナの姿があらわになる、が。

 「姉ちゃん…?」

 彼女の表情が、一変していた。何かひどくぼうっとした、おぼつかない顔をしている。

 「わたし…何で、ここにいるの?」

 ぼんやりした口調で呟いていた。

 「ここ、どこ?さっきまで、緑山地(グリューネベルク)にいたはずなのに」

 「え、え!?」

 「―父さんの所に、戻らないと」

 そう言って。太陽を見上げて方角を確認、歩き出した。戻る方向、おそらくは故郷の緑山地に戻る方向に。

 「姉ちゃ…?」

 呆然とするブレットだったが、はっとしてあの魔術師の方を向いた。

 「うふ。…ここ三ヶ月ぐらいの記憶を、忘れてもらったんだ。聞いた話だと、仔猫ちゃんが騒動に巻きこまれたのってここ一か月ぐらいのことなんだよね?そういう煩わしいことを彼女は今、全部忘れてる。さて、偶然を装って、ナンパでもしてみようかな?」

 くすくす笑いながら、また足元に魔法陣を展開させて消えて行った。

 「う、嘘だろ!?姉ちゃん、おいらたちのこととか忘れちゃったの!」

 その間にも少女は歩いて行った。

 「…っ」

 鎧武者がどすどすと歩いて行き、アスセーナに近づいて腕を取り、引き止めようとした。その彼を彼女はぼうっと見上げた。

 「だれ…?」

 「…!」

 びくんと巨体を震わせる全身鎧をそのままにして、歩み去ってしまった。

 「~っ」

 鎧武者はへなへなと崩れ落ちる。

 「ちょ、ちょっと兄ちゃんしっかりしろよ!ショック受けすぎだって!」

 これは二人の、少女に対する立場と言うか、姿勢(スタンス)の違いによるものと言うべきであろう。

 「もう!地面に『の』なんて書いてる場合じゃないだろ『の』じゃ!」

 …アルファベットの「N」を書いているとお考えいただきたい。

 「で、でも、おかしいよ」

 パニックを起こしそうになりながら、子どもは必死で考えを巡らせた。

 「姉ちゃん、魔法が効かないんじゃなかったっけ?」

 カイネブルクでも、ただ一人”氷”の魔術に捕らわれなかったと聞いていたのに。 

 「えーっと、えーっと…あ!姉ちゃんのペンダント!」

 思い出し、一気に思考が回り出した。

 「そ、そうだよ、さっき『何か違う』って思ったの」

 「姉ちゃん」の姿を思い浮かべて間違い探し。

 「そうだ!ペンダント、つけてなかったんだあの時!」

 だから「違う」と感じたのだ。

 「きっとあの泉に落っことしたんだ。あいつ、それに気がついて」

 魔術師にはわかる感覚があるのかもしれない。それで「千載一遇」だと。

 「取りに行かないとー!」

 「…っ」

 走り出そうとするブレットを鎧武者が引き止めた。

 「何で止めるのさ!」

 「―」

 彼は右手の手甲を掲げた。と、どこからともなく全身を鎧で覆った馬がこちらに走りこんできた。二人の前で止まり、いなないた。

 「…」

 鎧武者は、ひょいとブレットを抱え上げた。

 「わあっ!」

 そのまますとんと鎧馬の鞍の前に座らせる。彼もひらりと乗馬し、子どもを後ろから支える体勢を取った。

 「そっか、馬で行く方が速く戻れるんだね。行こう!案内するから」

 「―」

 鎧武者は馬に軽く鞭を入れ(隙間なく鎧が覆っているので単なる指示らしいが)、鎧馬はまっしぐらに走り出した。

 「あっち!黒い森の、外れだから」

 左手で鞍を掴んで右手で指さすのに従って鎧武者は手綱を操り、数分で黒い森が見えてきた。

 「ここ、この泉だったよ!」

 澄み切った泉を覗きこむと―水底に、きらりと光るものが。

 「…」

 「待って兄ちゃん」

 そのままずかずかと水中に入って行きそうな鎧武者を今度はブレットが止める。何故、と聞きたそうな彼に説明した。

 「兄ちゃん、聞くけど。この深そうな泉に沈んで、ペンダントを取ってから、上がって来れるの?何か、二度と浮かんでこられなさそうな気が、するんだけど」

 その、超重量級の全身鎧では。

 「…っ」

 固まって…へたへたと座りこんでしまった。

 「やっぱり、そこまで考えてなかったんだね」

 この「兄ちゃん」は、こと「姉ちゃん」のこととなるとまわりが見えなくなるし、「姉ちゃん」も「好きな人」のことになると理性が飛ぶし。冷静なのおいらだけなんだもんなー、と考える九歳児であった。

 「いいよ、おいらが潜って取って来る。任せて」

 子どもは思い切ってばっと服を脱ぎ、下ばき一つになって泉に飛びこんだ。

 (つ、冷たい…っ)

 水浴びなら冷たくて気持ちいいのだろうが、全身を沈めて下へ、下へと水をかいていると身体に冷たさが沁みこんできた。

 (でも!)

 それでも必死に水をかいて、何とか手が水底のペンダントに届いた。掴んで革ひもを手に巻きつける。

 「…ぷはあ!」

 一気に浮上し、水面に頭を出して大きく息をついた。と、鎧武者がひょいとブレットを抱え上げて水から引き出し、自分のマントで身体を拭き拭きしてくれた。…意外に気の回るタイプのようだ。

 「あ、ありがと」

 「―」

 再び馬上へ。

 「戻ろう、姉ちゃんのところに!」

 走り出した。また鞍壷に乗せられ、鎧で支えられたブレットは呟いた。

 「兄ちゃんの鎧、意外と、あったかいね」

 冷え切った身体に心地良い。金属鎧だから、冷たいかと思っていたが。

 (『その鎧の中には、優しさが、詰まってるんだね』)

 そう言って笑いかけたアスセーナに、胸を衝かれた様子だった彼を思い出して。

 (宿ってる『心』があったかいから、鎧もあったかいんだ、きっと)

 そんなことを、ふと思った。


 元の草原に戻り、アスセーナを捜した。

 「―いた!」

 故郷の方向は大体北、「戻る」方向と一致していたためそう捜さずに歩き続ける少女を見つけられた。

 近づいて馬から降り、恐る恐る近づいた。

 「な、何ですか?」

 二人―特に異形と言っていい鎧武者が近づいても、怖がったりはしていないが。やはり何も思い出してはいないようだ。

 「…」

 無言で(仕方がないが)鎧武者はぐいとペンダントを彼女の目の前に突きつけた。

 「これ、わたしのペンダント?母さんの形見の」

 幼い頃から身につけていたものなので、ここ三ヶ月の記憶がなくてもちゃんと覚えていた。

 「…」

 つけてくれ、とまたずいと差し出す。

 「え、えーと」

 「だまされたと思って、首にかけてみて」

 ブレットが口添えすると、アスセーナはおずおずと手を伸ばしてペンダントを受け取った。

 「落としたのを、見つけてくれたの?ありがとう」

 確かに自分のものだと確かめて。誰だか知らない人が拾ってくれた、という解釈をしたらしく首にかけた。―黄色い光が、一瞬身体を覆った。

 「え…?」

 彼女の身体が、ふらりと揺れた。とっさに手甲が伸び、支えた。

 「わたし…何か、すごく大切なことを、忘れてる?」

 ぼんやりと呟く。

 「そうよ、父さんに、都に行っていいって言われて、それで」

 そこまで口にして、はっと鳶色の目が見開かれた。

 「そうよ!都で殿下に、アレクサンデル殿下に会って!その後、街が…!助けないと!わたしは、殿下と…街の人たちを助けないと、いけないの!」

 力強い腕に支えられていたのが跳ね上がって、そのまま走って行ってしまう。途中で方向を確認し、南へ方向転換。また走り出した。

 「そんなに急いだって、すぐ助けられるって訳でもないのにー」

 ブレットはその背中に呼びかけるが、聞いちゃいない。

 「やーれやれ、必死で助けたのおいらたちなのになー。全然別の人のこと思い出しちゃってさ。少しは感謝しろよな」

 口をとんがらせてそう文句を言う子どもを、鎧武者はまたひょいと抱え上げて肩車し、大股で少女の後を追った。


 「ご、ごめん、ね?」

 二人が追いつくと、アスセーナはかなり照れて、彼女らしくもなく目も合わせずに謝ってきた。

 「あなたたち二人で、がんばって思い出させてくれたんだよね。わかってたのに、全部思い出したのに、つい、うっかり」

 うっかり「一番好きな人」のことばかりを思って、一刻も早く助けたいと気持ちが急いて。

 「ごめんね。ありがとう、ほんとに」

 やっと二人の方を見てにっこり笑う少女を、鎧武者は引き寄せて頭を撫で、ブレットを肩から降ろすと一礼して消えて行った。


   第九章 混乱の、果てに


 「雷神山脈(ドナースゲビルゲ)が近づいてきたかな、ねえブレット」

 黒い森を抜けてから数日。森の中からは見えなかった山並みが、かなり近づいているのが草原からだとよくわかった。

 「あの山々の中に、火槍(フォイエルランツェン)山があって。その近くに、賢者さまが」

 そこに赴き、カイネブルクの街、そこで”氷”に閉じこめられている人たちをどうすれば助けられるのか対策を聞く、それが旅の目的だった。 

 もちろんその人が有効な対策を知っているという保証は何一つないが。

 (でも、邪魔をしてくるってことは)

 あの魔術師の弟子たちが邪魔をしてくると言うことは、彼らにとって「困ること」を今自分たちがしている、そう考えることにして。アスセーナは、間違った方向に行ってはいないと信じることにしていた。

 「あの山脈に着くまでに、あとどのぐらいかな」

 そんな二人の前に、また魔法陣が出現した。

 「「!」」

 「なーんだ。結局そのペンダント、またつけちゃったんだね」

 こっちは「敵」と見なして警戒しているのに、現れた例の美形魔術師はまるっきり「彼女が自分の気に入らないことをした彼氏」が責める口調で文句を言ってきた。

 「失くしたままの方がよかったのに。そうすれば、きみの『あこがれの人』ことなんてきれいさっぱり忘れて、ぼくと『出会って』全く新しい恋を、できたのにね?」

 「―う」

 こちらに何も言わせず、とうとうと語った。

 (…ちがう、よ)

 確かに、この彼も「きれいな人」ではあるけれど。

 (違うよ!ただ『きれいな』だけで、好きになるんじゃないもの!)

 どうにもならない「直観」として、アスセーナは「わたしはこの人を好きにならない」と感じた。

 夢のような美貌だけど、その表情の中に「この顔なら、女の子は誰だってぼくになびく」と考えているのが透けて見えた。

 「―いやだ」

 もちろん引っかかる女の子もいるだろうが、自分は絶対引っかかりたくない。

 (殿下は、こんな笑い方じゃ、なかった)

 もちろん本当のところは聞いてみないとわからないが、あの時の彼の微笑みは―目の当たりにした武芸の腕に純粋に驚き、評価してのものだったと感じた。

 「嫌だ、あなたは」

 だからアスセーナはそう呟き、異変に気づいて現れたらしい巨大な鎧の後ろに隠れた。

 「―っ」

 鎧武者は大剣を抜き、魔術師に向けて構えた。その動きには一部の隙もない。

 「邪魔だなあ、きみも」

 立ちはだかる鎧武者に、美青年ははじめて視線を向けた。

 「あーやだやだ。美しくないもの見るの。無骨で、無粋で、不細工で。そんな姿して、嫌にならない?女の子にもてないよ?」

 「…」

 答えない。答えようもないのだろうが。

 「あーやだ。目障り。どっか行ってくれないかなあ。―うふ」

 美形はさも何かに気づいたと言うようにぽんと手を打った。

 「そうだ。きみにはぼくの幻惑、かかるよね?邪魔っけなペンダントはしてない訳だし。とりあえず『混乱(コンフュージョン)』の魔術、かけるからさ。大混乱して、どっかに行ってくれない?」

 そう言って彼は杖を掲げ、呪文を詠唱。杖の先に七色の霧が湧き上がった。

 「よし、『混乱』!」

 霧が放たれ、全身鎧を包みこんだ。

 「…!」

 逃げる暇もなく、しばらく霧が鎧武者を隠した。

 霧が晴れ、姿は現れたが。表情はわかりようがないし、言葉を発さないのはいつもだし。要するに魔術がかかったのかどうかさっぱりわからない。

 「に、兄ちゃん?」

 「魔術に、かかっちゃった、の?」

 恐る恐る二人が聞くが、当然ながら返事はなく。鎧武者は、身体を震わせていた。

 「ふっふーん。かかったみたいだねえ…っ!?」

 「!」

 突然、鎧武者が―動いた。手にしたままの大剣を滅茶苦茶に振り回す。

 「うわあっ!」

 その動きは、いつもの彼の卓越した剣さばきとは全く違う力任せのものだった。間違いなく「混乱」している。

 問題は、その剣が振り回される軌道が、本人が認識しているのかは不明だが魔術師がいる地点に向かっていたこと。

 「ひいっ!」

 あのとんでもない筋肉魔術師ではない。杖より重いものは持ったことがない感じの彼に、剣の素養があるはずもなかった。まさに暴風のごとく振り回される剣に追われ、逃げ惑っていた。

 「斬られる…!」

 悲鳴とともに足元に魔法陣が展開、ふっと姿が消えた。

 「どうやら、あのナンパ男の思い通りには兄ちゃん『混乱』しなかったみたいだけど」

 「~っ!」

 「混乱」の只中で、別に魔術師目掛けて剣を振っていなかったらしい鎧武者は魔術師が消えてからもまだしばらく暴れていたが、ついに剣を取り落とし動きを止めた。

 「よ、鎧武者、さん?」

 元に戻ったか、とこわごわ声をかけてみたが。

 「…」

 彼は、ふっと二人の方を向き、どすどすと歩み寄って来た。で、

 「え!?ちょっ…!」

 いきなり、アスセーナを―抱きしめていた。

 「…っ、…っ」

 もちろん「力の限りに」ではない。彼の全力で抱きしめたらいかに鍛えていても少女の身体は潰れてしまうだろう。しかし、ただもう我慢できないという感じで抱きしめ、右手甲でポニーテールをほどいて髪に指を差し入れくしけずっていた。

 (兄、ちゃん)

 ずっとそうしたかったが、必死でこらえていたことをしている。そんな風に、ブレットには感じられた。

 (まだ魔術が解けてなくて、混乱してて。抑えてたのが、出ちゃって)

 必死で自制していたのが、一気に噴き出しているのだと。

 「ど、どうし、たの」

 一方アスセーナには、そんなことわからない。

 「どうしちゃったの…?」

 「―っ」

 全身鎧が、震えていた。

 「兄ちゃん…!」

 最後の最後で、自制心が戻ったように。―抱きしめていた両腕が、少女から離れた。

 そのままふらふらと歩いて行き―崩れ落ちて、両拳で地面を叩きつけた。

 「―!」

 天を仰いで、声にならない叫びを発して。鎧姿は、光となって消えて行った。


 「一体、何が、どうして」

 鎧武者が姿を消した後。アスセーナは彼が消えたあたりの草原に屈みこんで、呟いていた。

 草とその下の地面には、両拳の跡が、くっきりと刻みこまれていた。

 「何で、あんなに苦しそうに」

 「…姉ちゃん」

 (兄ちゃんは、姉ちゃんに『好きだ』って、伝えたくて)

 まさに「混乱」し訳がわからなくなって、自制心も吹き飛びかけて。でも必死に告白だけはこらえて、姿を消すことでそれ以上の暴走を止めたのだろう、ブレットはそう考えていた。そう説明したかったが、それは彼に止められている。

 (見てて、つらいよ、兄ちゃん)

 髪を結び直すアスセーナを見ながら、そう思っていた。


 その日の夕刻、歩みを止めた二人は木立ちの陰で野営の支度に入っていた。―と。

 「鎧武者…さん?」

 見慣れた巨体が、また現れ。しかし二人、と言うかアスセーナには近づきづらいように少し離れた場所でうろうろしていた。

 「どうしたの?」

 「多分『さっきは悪かった、ごめん』って言いたいんだと思うよ」

 ブレットが通訳(?)するとうんうんとうなずいていた。

 「そんなこと。魔術にかかってたんだし、謝ることなんてないよ」

 アスセーナが笑いかけると、彼は深々と一礼してそのまま立ち去ろうとした。

 「―兄ちゃん。今度は、おいらと話そっか」

 「…」

 子どもが声をかけると、鎧武者は立ち止まりついて来た。木立ちの向こう、少女からは見えない地面に二人で座りこんだ。

 「ここなら、よっぽど大声出さないと姉ちゃんには聞こえないからさ。鎧の兄ちゃんには関係ないけど」

 木の下の地面を均して、文字を書きやすくした。

 「兄ちゃんさ、ほんとは話したいことがいーっぱいあるんだろ?姉ちゃんには言えないんだったら、おいらだけでも聞いて…ううん、読んでやるからさ」

 ―ありがとう。

 にっこり笑いかけるブレットの前で、指がこう書きつけた。

 「別に兄ちゃん、長いこといちゃいけないってんじゃ、ないんだよね?」

 出てくるのに時間制限があるのではないようだった。

 ―そうだ。前のように腕が取れてしまったりすると、一旦姿を消す必要があるが。

 「よかったあ。一緒の方が、楽しいもん。兄ちゃんだってそうだろ」

 ―だが、私は声も発さないし、この姿だ。君たち二人はもういいが、他の人は怖がるだろう。だから、「いつも」ではなく、いざという時に駆けつけられればそれでいい。

 「でも、一緒にはいたいんだろ?特に、姉ちゃんとは」

 「!」

 「姉ちゃん」の一言で動揺しはじめる全身鎧。

 ―もともと、こんなに君たちに近づくようになるとは、考えていなかったんだ。この姿では怖がられ、嫌われると。ただ危険から守れればいいと思っていた。

 「ふーん。まあおいらだって最初、怖かったしね」

 ―そうだろうな。

 「でも姉ちゃんはあっさり受け入れてたもんなー。ずーっと山育ちで、『人』をあんまり見たことがなかったからかな」

 彼女にとっては、「多少変わった姿の人もいるんだね」ぐらいの感覚なのかもしれなかった。

 ―驚いたよ。女性は、皆美しいものを好むものだと思っていた。

 「そうだよな。姉ちゃんが面食いなのは、たしかだもん」

 美形だと評判の「殿下」を思い出す度に頬を染める彼女なのだから。

 ―だから、好かれないと思っていた。それなのに、君はなついてくれるし、か、彼女は怖がらず、笑顔を向けてくれた。

 「うん。でも、つらいよね兄ちゃん。姉ちゃん、兄ちゃんのこと仲間とか、友達とかとしか思ってないもの」

 アスセーナの「好き」は、もう「あこがれの人」でいっぱいいっぱいだった。

 ―わかっている。仲間で、友達…充分だ。それ以上を、求めてはいけない。

 震える指で、そう書き綴っていたけれど。

 (でも、兄ちゃん)

 声に出すと、彼はもっと辛くなるだろうとブレットは言わずに思った。

 (『それ以上は求めない』って、噓だよね。バレバレだよ)

 本当は「それ以上の好き」が欲しくてしょうがない―そう、見えた。

 (『好きだ。君が好きだ。君にも、私を好きになって欲しい』)

 そう叫んでいるように、ブレットには鎧武者が見えていた。

 (だから、さ)

 直接アスセーナに彼の気持ちを伝えるのは、止められているけれど。そうでないかたちで応援したい、どうにかして助けたいと子ども心に考えていた。

 (何とか、こう、頭使ってさ。うまいこと)

 巨体と並んで座りながら、そう思っていた。


   第十章 幻影の、罠


 「山道になって来たね、ブレット。大丈夫?」

 「しんどいよー」

 ゆるやかな登り道から、本格的な険しい山の道に二人は入りつつあった。ここまで険しくはないが山地育ちで、しかも駆け回って狩りをしていたアスセーナは平気な顔をしているが街の子のブレットは早くも文句を口にしていた。

 「がんばって歩いてね。そのうち慣れるから」

 この山脈に分け入らなくては、目指している賢者の住まいにはたどり着けない。それだけは確かだった。

 「うー、崖だよ。足踏み外したら落っこちるなあ」

 「まだまだ、ほんとの崖じゃないよこんなの。多分、もっと険しくなるからね」

 山に慣れている人と、素人の感覚にはずれがあった。

 「大変なのはわかるけど、行かないと」

 とは言え、ブレットの疲労を気づかってアスセーナは早めに野営することにした。まだ日も高いが、休めそうな平地を見つけて食事の支度をはじめた。

 「ご、ごめん姉ちゃん」

 「いいのよ。今までは少し暗くなっても歩けてたけど、ここじゃ足踏み外すしね」

 なんだかんだで、大きなタイムロスはなく目的地であったこの山脈まではたどり着けていた。

 (『半年だ。半年は、このままだ』)

 そう言われ、黒い森を踏破するという普通は取らない最短ルートでここまで旅して来たのである。あの恐ろしい日から、二か月ほど経っていた。

 (殿下…殿下、必ず…!)

 山中に住まうと聞く賢者が、カイネブルクの街を救う手段を知っている確証など、何一つないが。他にあてがないのだから、すがるしかなかった。カイネブルクを、そこで”氷”に捕らえられているはずのアレクサンデル殿下を助け出すために、魔術師たちの妨害をはねのけてここまで来たのだが。

 (必ず、助け出します!)

 火を焚く準備をしながら、そう考えていると。

 「わあっ!」

 「な、何これ!?」

 奇妙な、人型の影のようなものが現れ、まわりを取り囲んだ。

 手に手に剣のような棍棒のようなものを持ち、襲いかかって来た。

 「くっ!」

 アスセーナはとっさにブレットをかばい、その「武器のようなもの」を小剣で受け止めようとした。しかし。

 「えーっ!?」

 刃に触れた途端にその「武器」も、影もふっと消えた。

 「まぼろし!?」

 「またあの、ぺらぺら野郎かよ!」

 ブレットもパチンコを取り出して小石を放つが、当たった影はすうっと消え去った。

 「こいつらぜーんぶまぼろしかあ…って!?」

 どこからか飛来した矢が、二人の足元をかすめて岩の間に突き刺さり、震えた。

 「これは本物なのー!?」

 影たちがわっと襲いかかって来た。矢も石もまぼろし本物入り混じって飛んでくるし、もう何が本物なのかさっぱりわからない。

 「全部本物じゃないにしても!」

 まぼろしだと思っている攻撃が本物だったら大変だし、とアスセーナは必死で打ち払っていったが。

 「姉ちゃん!」

 混戦の中、いつしかブレットは彼女から引き離されていった。

 「くっそー!あのぺらぺら野郎!」

 それに気づき、子どもはののしりながら少女の姿を捜した。

 「あのペンダントかけてれば姉ちゃんに魔術を直接はかけられないから、まぼろしを作って見せて、迷わせてるんだ!」

 迷わせて、自分の望む方に誘いこもうとしている、と気づいた。

 「姉ちゃん、単純だからあっさり引っかかるしー!」

 その単純さと言うか素直さが彼女のいいところなのだが、悪い奴に利用されては。

 「姉ちゃーん!」

 慣れない山道を、夕闇が迫りつつあったがブレットは走った。と。

 「兄ちゃん!」

 自分の隣を、巨大な姿ががちゃがちゃ音をさせながら走っているのに気づいた。崖になっている側を走り、落っこちないようにガードしているらしい。

 「兄ちゃん!それより、姉ちゃんを捜さないと!」

 自分を気づかってもらって何だが、今危険なのはアスセーナの方だった。子どもは耳を澄ませた。

 「こっちだ!」

 鎧の音のもっと向こうに、物音がするのを聞きつけた。おそらくそこに、彼女がいる。そう判断してブレットは方向を鎧武者に示した。


 「これも、まぼろしなの!?」

 そのアスセーナは、残念ながらブレットほど頭が回らず誘いこまれていることまで考えが及んでいなかった。子どもが側にいないのに気づいてはいたが、捜す余裕もない(もちろん彼女の方に攻撃が集中しているからだが)。

 じりじりと移動させられているのに、気づかず。…ふっと、攻撃の手が止まったことには気づいた。

 「ふう」

 思わず溜めていた息をついて、顔を上げて―呟いた。

 「…殿下…?」

 岩陰にちらりと見えた黒髪の頭部が、一度だけ会ったあこがれの人に、見えたのだ。

 「そ、そんな、ことって」

 ある訳ない、そう思うが。つい足はその後を追い、岩を回りこんでしまった。

 「殿、下」

 ほんの少し先に。もう一歩前に出て、手を伸ばせば届くところに、夕暮れの光の中にあの、アレクサンデルの微笑みがあった。ごく自然に立ち、こちらを見ている。

 「まぼろし、だよ。きっと」

 そうは思うが。今までのことがことなので、「もしかして」という思いが止められない。手で触れて確かめたいという思いを。

 「まぼろしなら、まぼろしだって、知りたいよ」

 吾知らず、足を踏み出しかけて。

 「!」

 背後から伸びた、巨大な手甲にその腕をがしっと掴まれた。

 「放して!殿下が、そこにいるの!」

 アスセーナは叫び、前に出ようとしたが手甲は揺るがず、それどころか引き寄せられて金属の腕でがっちりと抱き留められてしまった。

 「何で!何で行かせてくれないの!」

 「ね、姉ちゃん」

 追いついたブレットが声をかけた。

 「()()、違うよ」

 ひょいと、微笑む青年に向けて手近な石を投げつけた。

 「何するの!」

 止める間もなく石は飛び、その微笑みを()()()()()

 「え…?」

 そのまま石が落ちていく、その音が響いた。

 「まぼろしだよ姉ちゃん。あいつが立ってるところ、わからないけど崖になってるんだよ」

 足を、踏み出していたら、墜落していた。

 「う、うう」

 その間も、青年の微笑みは全く変わらない。命と心のある姿では、なかった。

 「全部、まぼろしだよ」

 「う、うわあ…っ」

 アスセーナの目から、涙があふれ、こぼれた。

 「な、何で、何でよおっ」

 手を伸ばし、暴れた。遮二無二前に進もうともがいた。

 「…っ」

 鎧武者は、少女を抱き留めて離さない。…一度身体が震え、彼女を揺さぶるような素振りを見せたが、腕が外れることはなかった。

 「やっと会えたと、思ったのに…!」

 アスセーナは振り向いて、泣きながら鎧の胸甲を何度も何度も拳で叩いた。

 「何で、何で」

 彼は、それを止めない。

 「何で…っ!」

 ついに力尽きて。少女は、胸にすがって泣き崩れた。

 「殿下が!アレクサンデル、殿下が!もう少しの、ところに!」

 こうして泣けるのも、力の限りもがけるのも、止めてくれる人がいるからだ。自分を案じて止めてくれるのをいいことに甘えている、そうわかっていても涙が止まらなかった。

 一方。

 「あー、この顔か。姉ちゃんが一目ぼれしたってのは」

 ブレットは街では彼から逃げ回っていたので、まじとアレクサンデルの顔を見たのははじめてだった。何せ向こうは街の治安を預かる身で、こちらはスリの片棒を担いでいたのだから。「近衛隊が来たぞ!」となったらばーっと逃げるのが日常だった。アレクサンデルは略式の兜を愛用していたし(素顔をさらしっぱなしでいると女の子が集まって来て大騒ぎになる、と彼なりに学習したのである。ただ、自覚が薄いのでしょっちゅう忘れて脱ぐのだが)。

 で、微笑む姿、まぼろしの姿をまじまじと見て。

 「確かにすっごく美男子(イケメン)だなあ。一目ぼれしてもしょうがないか」

 悔しいが認めずにはいられなかった。ただ、「鎧の兄ちゃん」が今どういう気持ちかを思うと、胸の中がひどくもやもやしたが。

 (つらいよな、兄ちゃん。つらいんだろうな、きっと)

 自分ではない人の名を呼んで泣く少女を、抱きしめているのは。


 「―余計なことを。あの不細工鎧が」

 呟きが漏れた。

 『ひどいよ!ひどい、何で、何で!』

 「うーん。ちょっと腹が立つけどね、この光景」

 幻の「アレクサンデル」の姿を前に泣きじゃくるアスセーナを、その幻影を造った張本人は遠見の水晶で観察していた。

 「仔猫ちゃんが、ぼく以外の野郎の姿でこんなに取り乱すなんてね」

 『そこに、いるのに…!』

 とは言え。

 「うん、『使える』な、あの姿。多分、これからも」

 あの動揺ぶりから見て、懲りずに同じ姿を見せてもあっさり引っかかりそうだ。二番煎じでも何でも有効なら試してみるか、などと考えていた。


 「うう、殿下、殿下あ…っ」

 胸甲にすがって泣き続けるアスセーナを、鎧武者は抱きかかえたままゆっくりと後ろに、崖から離れたわずかな平地に連れて行った。暴れても落ちる心配のない場所で、泣きたいだけ泣かせる。

 「う、うう、うう」

 移動したのにも気づかぬ様子で泣きじゃくる彼女を鎧武者は抱え上げ、ひょいと自分の膝の上に座らせてしまった。まるっきり抱っこの体勢だが、巨体の彼には少女を胸にすがらせるのにちょうどいいらしかった。さらに、あやすように髪をなでなでしている。

 (兄ちゃんって)

 傍らで見ていたブレットは考えた。

 (好きな女の子にべたべた触りたくなる方なんだなあ)

 街で見ていたところによると、「女の子全般」ではなく、誰か一人の女の子が好きになった若いあんちゃん(何せ、ブレットが知っているのはチンピラの類ばかりである)には二種類がある。

 一つは気になる彼女にやたらと近づいて行き、ボディタッチしたり話しかけまくるタイプ。もう一つは、意識してしまうと側に寄るどころか目も合わせられなくなってじたばたし、後になって「嫌われてるんだと思ってた」などと言われるタイプだった。

 (で、兄ちゃんは触りたくなる方なんだ。でもさ)

 今の状況は、鎧武者の方は彼女を慰めたいし、抱っこもできて嬉しいのだろうし。アスセーナはアスセーナで彼のことを「お兄さんみたい」と感じているので、家族に慰めてもらっている気分なのだろう。全く警戒していない。

 つまり、それぞれに幸せを感じてはいるのだが。

 (あーあ)

 問題点に気づいてブレットはため息をついた。

 (でも、これじゃだめなんだよ、兄ちゃん)

 警戒されていないと言うことは、「男性」として意識もされていないと言うことで。鎧武者の方ははっきりと恋をしているのに、彼女の方は「お兄さん」と彼のことを思っている。お互いの間には壮絶なずれと誤解が存在していた。

 (良くないよ、これは。絶対)

 多分「兄ちゃん」はそのことに気づいてないだろうから、あとで言わないと、と思っていた。


 「…もう、大丈夫。ありがとう」

 陽が沈み、月の光だけが光源となった頃にやっとアスセーナは落ち着きを取り戻した。泣き止んで鎧武者の顔(いや、兜)を見上げると、彼は腕をほどいた。

 「止めてくれなかったら、ほんとに崖から落ちてたね、わたし」

 ―無事で良かった。

 「ごめん。わたし…情けないよね。もっとしっかりしないといけないのに」

 つい、甘えてしまった。幼子のように泣き、あやされたのが情けなくて仕方がなかった。

 「…」

 ―いいんだ。今君は、誰かにすがって泣いてもいいんだよ。泣くだけ泣いたら、君はちゃんと自分の足で立てるんだから。

 岩の間のわずかな砂地に、文字を書いて思いを伝えてきた。

 ―ずっと強くある必要はないんだ。時には弱くなって、支えられてもいいんだ。君は泣いたままではいないだろう。ちゃんと立ち直れると、わかっているから。

 書いては消し、また書いて。訥々と思いを伝えていた。

 「ありがとう、支えてくれて。今度はわたしが、支えになるから」

 ―頼む。

 「でも、いつもわたしたちの方が、あなたに一方的に助けられて、守られてるよね。ありがとう、でもごめんね。ちゃんとお返しができるように、がんばるから」

 ―そんなことはない。

 首が振られた。

 ―君たちが嫌がらずに、私を受け入れてくれる。そのことが、どれほど心の支えになっているか。

 「で、でも。さっきのことも、あなたに思いをぶつけてしまって、ごめんなさい」

 アスセーナだって、他の男性のことで彼を困らせるのは申し訳ないと感じていた。

 (いくら、鎧武者さんにとっても仕えるべき、大切な人のことでも、ひどいよね)

 「だから、ごめんなさい。でも、ありがとう。泣かせてくれて」

 誰よりも、頼りにできる―自分を受け止めてくれる、存在。

 「…っ」

 見上げて微笑む、少女を。

 「ちょっ!?わ…!」

 鎧武者は、思わず―抱きしめていた。

 抜け出そうと暴れるのを抱き留めるのではなく、思いをこめて、ぎゅっと。

 「鎧武者…さん?」

 問いには答えず、ただしばらく抱きしめていた。

 ―ありがとう。

 やっと身を離し、あわてたようにこう書きつけた。

 ―こうしていられるだけで、充分過ぎるほどお返しをもらっているんだ、私は。

 「でも、でも、もっと具体的にお返しをしたくて」

 とは言え。アスセーナは考えこんだ。

 「おいしいもの、作っても…食べられないよねやっぱり。うーん」

 面頬に覆われた口元を見上げてまた考えた。

 ―そ、その気持ちだけで、充分だから。

 「ねえねえ、身体をぴっかぴかに磨いてあげればいいんじゃない?」

 鈍色の鎧を磨き上げればいいと、ブレットが口を挟んだ。

 「あ、それならできるよね」

 ―い、いや、いいんだ。気持ちだけで充分だ。

 あわてて書きつけるが、二人は大乗り気だった。

 ―本当にいいんだ。ありがとう。

 大あわてでその場を後にした。光になって消えるのも忘れて岩場を駆け、去った。


 超重量の鎧とは思えないほどの俊敏な動きで駆け上がって行った鎧武者は、大岩の上で立ち止まって振り向いた。

 「…」

 大切な二人がいる方向を、見つめた。

 『ふふ。『アレクサンデル』の名を呼んで泣く娘御を抱きしめる気分は、どんなものでしょうなあ?』

 「…っ」

 夜鴉が、文字通り夜闇に溶けこむような漆黒の翼を羽ばたかせ、喋りかけていた。

 『かの娘御は貴方のことを『慰めてくれるいい人』と思っているようですなあ?しかし、娘御が悲しむ原因は、そもそも』

 「……」

 肩甲が、震えた。

 『さて、それでは失礼いたしますよ。いずれまた』

 今回はあっさりとお喋りを止め、夜鴉は飛び去った。


   第十一章 師匠の、記憶


 「この雷神山脈(ドナースゲビルゲ)が、カイネブルク王国とラインフェラント大公国との南の国境線になってるのよね」

 次の日もアスセーナとブレットは山の中を進んでいた。

 「で、もう少し先に聳えているのが火槍(フォイエルランツェン)山で、その近くに目指している賢者さまの館があるって聞いたんだけど、カレルさんに」

 山並みの中で、一際高く突き出ている山頂を見つつ、そう呟いた。

 「この辺は草ぼうぼうだけど、もっと上は草も生えてないんだね」

 ブレットも大分山歩きに慣れて来ていた。

 「うん、高くなりすぎると緑がなくなるんだって。わたしの住んでた緑山地は、そこまで高い山はなかったから登ったことはないけど」

 そんな話をしながら進んでいくと。

 「え?」

 アスセーナはぴくっと反応した。道の脇の藪から、何やら大型生物の気配を感じたのだ。

 「鹿…にしては大きそう。熊、かな」

 「くまぁ!?」

 すくみ上がったブレットが少女の後ろに回った。

 「こっちから大声出した方がいいかな。いきなり出くわさなきゃ向こうも襲って来ないから」

 二ヶ月ほど前、熊に「出くわして」しまったけど、と思い出しつつ一応剣は抜いた。とは言え子どもをかばいながらの戦闘はしたくない。

 「熊なら、今の話し声だけで気づくと思うけど」

 しかし、気配は去って行かなかった。で。

 「何だ、人がいるのか?しかも女の子とガキかよ。驚いたな」

 そう喋りながら、熊ほどではないが充分大柄な中年男が藪から姿を現した。

 「あなた、は?」

 旅装の上からも引き締まった、鍛え抜かれていると一目でわかる身体つきだった。腰に帯びた無骨な造りの長剣(ロングソード)も、実戦で使いこまれているという印象を受けた。

 「ああ、俺か?」

 男性は「先にそっちが名乗れ」とも言わずにひげ面をほころばせた。

 「俺はギュンターって言うケチな男だ。一応剣で身を立てている」

 「え!?も、もしかして」

 この名前、年齢、使いこまれた剣となれば。

 「あなたは…ギュンター・シュマイエルさんですか?『剣聖』って呼ばれている」

 「いやあ、こんな可愛い嬢ちゃんに名前が売れているのは嬉しいなあ」

 どうやら格好をつけているらしかったが、今一つ決まっていなかった。

 「だが、『聖』なんて言われているらしいが、俺はそんな大層な者じゃねえな。ただ剣の腕だけで、何とかかんとか生き延びて来られただけの男だ」

 「で、で、それで」

 もう一つ、アスセーナには確かめておきたいことがあった。

 「あ、あの…!アレクサンデル殿下の、お師匠さまだと聞きましたが?」

 「ああ、あいつか。確かに俺の弟子だが」

 「まあ…」

 もう目がきらきらしていた。

 「そうか、ここはもう国境越えてカイネブルクの領地か。久しぶりだな」

 一方ギュンターは少女の様子には気づかず、頭をぽりぽりかいて納得していた。ちなみに、国境と言っても厳しく出入りを取り締まることは少なくともここらあたりの諸国間ではない。向こうのラインフェラント側では国境警備隊は置いているらしいが、万が一を警戒するだけの部隊であった。カイネブルク王国など、この辺に住む人がほとんどいないのもあって警備すらしていない。

 「しかし、山の中で子ども二人か?大変だなあ。…いいや、そうでもないのか嬢ちゃん」

 やはり達人、アスセーナのちょっとした仕草などで「無力な女の子ではない」と見抜いたらしかった。

 「あ、あのっ」

 彼が国境を越えたばかりで、この国の「現状」を何も知らないらしい、と気づいたアスセーナは叫んでいた。

 「話を、聞いてください!今、今この国は大変なことになってるんです!」


 「ほう。カイネブルクの街が、なあ」

 とりあえず座って話せる場所を確保して、二人はギュンターに今の状況を説明した。

 「街中の人がその”氷”ってのに捕らわれて、嬢ちゃんは助け出すために旅してると。うちの馬鹿弟子込みで全員何もできずに”氷”の中か。あいつも情けねえな」

 「で、でも魔法のことですから!剣の腕でどうにかなることじゃないですし。わたしだって、このペンダントがなければどうしようもなかったし!」

 わたわたしながら必死で抗弁する少女に、剣士はにやりと笑いかけた。

 「嬢ちゃんがあの馬鹿弟子をかばってくれるのはありがたいと思う。だが、あいつの師匠としてはやはり『警戒が足りてなかったな』と言わずにはいられんのさ。…まあ俺としては、あいつがただ捕まってるだけのタマかなとは思うがな。意識がなくて、自分に何が起こってるのかわかってもいないんじゃしょうがねえか」

 「あ、あの」

 思い切って、アスセーナは頼んでみた。

 「殿下を、街の人たちを助け出すために、助力してはいただけませんか?」

 伝説的な剣の達人であるという彼が同行してくれたら、とも思うし。捕らわれているアレクサンデルの師匠なのだから、と考えていた。

 「―今は、できないかな」

 しかしギュンターはあっさり首を振った。

 「ど、どうして」

 「何でだよおっちゃん」

 「詳しいことは説明が難しいが、俺は今厄介な敵をずっと追跡していてな。そいつの痕跡を辿ってずっとあちこち動いてるんだが、一度見失っちまうといつまた追跡できるようになるかまるでわからん。一日二日で痕跡は消えちまうし、逃したくないんだ。魔獣の一種なんだが、どうやら人の目には『見えない』らしくてな。カイネブルクも大変なのはわかるが、こっちはこっちで野放しにはできない。わかってくれ」

 「…はい」

 よほどのことなのだろうと、考えることにした。

 「それに、嬢ちゃん。あんたもなかなかの使い手に見えるがな」

 ギュンターは破顔した。

 「そんな、ことは。わたしなんて」

 「いや、第一あんたら二人きりで黒い森を踏破して、ここまで来られただけでもその吊ってる剣が飾りじゃないってわかるからなあ」

 「いえ、『二人きり』じゃなくて。今ここにはいないけど、いざという時手助けしてくれる人がいて」

 思わず笑みをこぼすアスセーナだった。

 「すっごく強い鎧の兄ちゃんなんだよっ」

 ブレットの補足に剣士は目を細めた。

 「だから、わたしの力だけじゃ、なくて」

 「そうか。だったら、尚更俺が手を貸さなくてもいいな」

 ギュンターはそう結論づけた。

 「で、相談だが。一晩は一緒に野営しないか?俺も痕跡が消えない間はゆっくりできるし、たまには人と話したいからなあ」

 「喜んで!」

 こちらにも話したいことは山ほどあった。


 「嬢ちゃん、美味いシチュー作るなあ」

 「ありがとうございます」

 お世辞かも、と思いつつも嬉しいアスセーナである。ブレットはいつも過ぎてもう褒めてくれないし。

 「賢者の館に行くってか。何でもあそこの賢者は、本当に用事のある奴しか来ないように館のまわりに妙な仕掛けを施してるって話だが。ま、嬢ちゃんなら大丈夫だろ」

 カイネブルク王国の正式な使者ではないにしても、そのカイネブルクを救いたいという目的で訪れているのだから、入れてくれるだろうと言ってくれた。

 「で、あの…ギュンターさんは、アレクサンデル殿下をまだ小さい頃から預かって弟子にしたと」

 彼女の「話したいこと」は当然、アレクサンデルのことであった。

 「ああ、まだ三つの時だったな。たまたま王宮に寄ったら、ゲオルクが、いや陛下が、寝てるあいつを連れて来て『弟子に取ってくれ』と。『まだ剣どころかさじも握れねえだろ』と言ったんだが、『しばらくは掃除でもさせておけばいいから』と抜かしやがる。何でも、母親が可愛がり過ぎていて、このまま育てば『自分は何をしても許される』などと思いこむんじゃないかと不安になったとか言っていたな」

 「は、はあ」

 現国王・ゲオルクⅢ世とは友人だと聞いてはいたが、表現がざっくばらん過ぎて相槌に苦労した。

 「さぞ可愛らしかったんでしょうね、お小さい頃の殿下は」

 小さい頃可愛らしくても、育つとそれほどではなくなる場合が多いが。彼の場合、今あの美貌なのだから幼い頃は天使もかくやという可愛らしさだったのだろうと想像してしまう。

 「ああ、まあ可愛かったな。特に、まだ物心もついてなくて何でも素直に言うことを聞いてた頃はな。掃除から水汲み、師匠の肩もみまで文句を言わずにやっていたもんだが」

 「可愛い」のベクトルにかなりのずれがあった。

 「だが、そのうちに知恵がついて来て、生意気な口を利くようになってな。『ごはんのしたくをぼくだけがするのは、おかしいとおもいます』と来た」

 にやりと笑って続けた。

 「『何でそう思う』と聞いてみた。身分のことを言い出すかと思ったら、あいつは『ぼくより、ししょうのほうがいっぱいたべるから。そのぶんをぶんたんするべきだとおもいます』と抜かした」

 「そ、それで」

 「もちろん」

 さらに笑みが深まった。

 「どっちが師匠でどっちが弟子か、思い知らせてやったがな」

 力の差をわからせてやった、と笑った。

 「はじめは泣かんでいたが、縛り上げて一晩中木に吊るしておいたら『からだのうえでりすがおいかけっこしてる~っ』って泣き声が一晩…寝づらかったなあん時は」

 「ひ、ひど」

 不敬罪より、世が世なら児童虐待で訴えられている。

 「それからは生意気なことは言わんようになったな。剣の修業をはじめて、自分に向いているとわかったからだろうが。どんな得物でも扱えるように、一通りは仕込んでやったもんだ」

 そう語る、まなざしは。

 (やっぱり、大切に思ってるんだ、殿下のことを)

 無茶苦茶なことを言ってはいるが、それが許される関係を築いているからであって。本当は弟子を大切に思い、その身を案じていることが伝わって来た。…同時に、手塩にかけて鍛え上げた弟子の腕を信じていることも察せられ、アスセーナは腹が立つどころか頬には笑みが浮かんできていた。

 近くの岩に止まっていたグラツィエが近づいて来て、ギュンターの身体に頭を擦りつける。彼も嫌がらずに頭をかいてやっていた。


 で、三人で野営して。

 「うー、うるさいよ姉ちゃん…わあっ!」

 別に朝寝坊しているのでもない時間に起きたブレットだったが、目の前の光景にびっくりした。

 「一手、ご指南!」

 「いいぜ嬢ちゃん。どっからでもかかって来な」

 朝っぱらからアスセーナとギュンターが模擬戦に及んでいたのである。―しかも、双方とも真剣を抜き放って。

 もちろん体格も、武器のリーチも違うし普通に考えれば勝負にならないのだがアスセーナは果敢に打ちこみ、ギュンターは小剣の攻撃一つ一つを長剣でさばいて時折反撃、少女は素早くかわす―と、本気ではないにしても結構いい勝負になっていた。

 しばらく打ち合って。

 「ありがとうございました!」

 アスセーナは一礼した。

 「いや、ただの女の子じゃないとは思ったが」

 汗を拭いながら剣士は素直に称賛し、続けた。

 「嬢ちゃん。本業は狩人だって言ってたが、見たところ狩人の剣筋じゃねえな。充分武人としてやっていける剣だ」

 「父さんが、狩りができない所でも生きていけるようにって」

 対人戦の剣を手ほどきしてくれたのだと、語った。

 「『俺に教えられるのは狩りとこれだけだからな』って。基礎を教えてもらったけど、父さんとわたしじゃ腕力にも体格にも違いがあり過ぎて。父さんとは違う、自分に合った剣の使い方を考えて、こうなりました」

 さらりと言っているが、徹底的に基礎が叩きこまれているからできることである。

 「成程な。切り抜けて来られたのも納得だ」

 ギュンターはうなずいた。

 「さて、朝飯にしよう。その後、別れるとしようや」

 「はい」

 力になってほしい思いはまだあったが、アスセーナは同意した。誰もが、やらねばならないと自分で決めたことがあるのだから。


 「じゃあな。また、どこかで会えるといいな」

 「はい。ギュンターさんもお元気で」

 「その『厄介な奴』退治できるといいね」

 挨拶を交わし、あっさり別れた。

 「さて、大見得を切った以上はな」

 二人を見送り、剣士は彼の言う「痕跡」を再び辿ろうとした。―と。

 「おや…?」

 彼の鋭敏な耳に、只ならぬ響きが届いた。

 武器や防具の擦れ合う音。しかも、かなりの人数の立てる。

 「嬢ちゃんたちは?」

 少女の剣の腕はわかっていたが、人数差があっては。

 「行ってみるか」

 ギュンターは山道を駆け出した。


 「な、何だこいつら」

 アスセーナとブレットを、取り囲んでいたのは―揃いの服装をした男たちだった。つけている紋章はカイネブルクのものではない。

 「ラインフェラントの紋章…国境警備隊の人たち?」

 「山脈が国境」と決まっているだけなので、パトロールしている中でこちら側に来ていてもおかしくはないのだが。何か、様子が変だった。

 「気をつけろよ!」

 「子連れの母熊は厄介だからな!」

 口々にそう言い交している。

 「あ、あの!ねえ!」

 こちらの言葉がまるっきり聞こえていないようだ。

 「ね、姉ちゃん。この人たち多分、あのぺらぺら野郎の術にかかってるんだよ」

 目つきも何かおかしかった。膜がかかっていると言うか。

 「この人たちには、おいらたちが熊の親子に見えてるんだ」

 「どう、どうしよう?」

 人数は多いし、「子連れの母熊」だと思いこんでいて向こうも必死だった。こちらも本気を出さないと切り抜けられないが。

 「でも!」

 国際問題とかではなく、幻惑されているだけの人を傷つけたくない。…アスセーナが迷っていると。

 「鎧武者さん!」

 がちゃがちゃ音を立てながら巨体が駆けこんで来た。

 「惑わされてるの!斬っちゃ駄目…え!?」

 説明しようとする前に、鎧武者は攻撃していた―()()()()()()

 「え、えーっ!?」

 籠手を、巨大な拳を握りしめ、警備隊員の胸甲を殴りつけていた。殴られた彼は声も出せずに吹っ飛び、昏倒。金属の胸甲には拳の跡がくっきりと刻まれていた。

 「す、すご!?」

 「今度は雄熊か!?」

 やはり鎧武者のことも熊に見えているらしい隊員たちは手加減抜きで斬りかかったが。全員、わずか数秒で殴り倒されていた。兜はへしゃげ、白目をむき。死ぬことはないだろうが、当分意識は戻りそうになかった。

 「…」

 マントを翻し、「大丈夫だったか?」とでも言うように二人を見やった鎧武者だったが、完全にどん引きされているのに気づいてかなり動揺した。

 「す、すご、すごいね、兄ちゃん」

 特にブレットは完全にすくみ上がっていた。まるっきり野蛮人(バーバリアン)の所業だったので仕方がないが。

 「あ、ありがとう、鎧武者さん」

 アスセーナは何とかフォローしようと努力していた。

 「『斬らないで』ってわたしが言ったの、聞いて…くれたんだよね?難しいお願い、聞いてくれてありがとう、ほんとに」

 「……っ」

 彼はどう答えていいかわからないようだった。もちろん喋らないのはいつものことだったが、それにしてもわたわたと取り乱している。

 「―俺が来るまでもなかったか」

 そこに、ギュンターが駆けつけてきた。

 「あ、ありがとうございます」

 お別れしたのに、と礼を言うアスセーナに「大したことじゃねえよ」と笑いかけ、剣士は立ち尽くす鎧武者の脇をすっと通り過ぎながらぼそっと一言呟いた。鎧姿が硬直する。

 「じゃ、改めてお別れだ。やっぱりあんたらに俺の手助けは要らんよ」

 そう言い置いて、大柄な姿は山道を戻って行った。


 しばらく歩いてから、ギュンターは立ち止まり、振り向いた。

 「わかってるぞ。出てこい」

 「…」

 道の脇の木立ちから、巨大な鎧姿が現れた。

 「もう一度言っておく」

 剣士は先程かけた言葉を繰り返した。

 「太刀筋を見せないだけで、正体が見抜かれないとでも思ったか?」

 「…っ」

 「甘いんだよ考えが。俺を誰だと思ってるんだ」

 鎧武者は無言のままギュンターの前でひざまずき、その手を両の手甲で押し戴いた。

 「まあ、よっぽどの理由があってそうしているんだろうとは思う。だから、嬢ちゃんたちには何も言わねえよ」

 「…」

 全身鎧が、震えている。嗚咽も涙もないが、むせび泣いているように見えた。

 「お前が、ぱっと見では想像もつかんほど不器用だってことも知ってる。この姿が、お前にできる精一杯だってことも見当がつく」

 ギュンターは空いている方の手で、無骨な鎧の肩甲を軽く叩いた。

 「悪いな。俺は俺で、やることがある。お前はお前のやることをやれ」

 「…っ」

 鎧武者は一歩下がり、深々と一礼した。その姿勢のまま、光の粒子となって消えて行った。

 「あばよ。なるべく、悔いを残さんようにな」

 そう呟いて、ギュンターは元の場所に戻ろうとして。ふと、思い出すことがあった。

 「嬢ちゃんの剣筋…誰かに似ていると思ったが」

 彼が思い出すその人物は、両手に小剣を一本ずつ手にして振るっていた。しかし腕力のあまりない少女は同じ戦い方はできず、両手で一本の剣を扱う自分なりの剣を編み出した、と考えれば納得できた。だとすると、彼女に剣を教えたのは。

 「もしかして」

 そんな偶然があるか、とも思うが。

 「エルナンの娘か…?」

 そう考えたが。今更追いかけるのも、と思いまた彼の追う「厄介な奴」の痕跡を、捜しに戻って行った。


   幕間 1


 「よう、久しぶりだな」

 がさがさと藪をかき分けて出現した二人連れに、木を切り倒していた男性は目を見開いた。

 「お前か!こりゃまた久しぶりだな。達者か、お互いに」

 「見ての通りさ。その子は何だ、お前の子か?」

 木を切っていた男性にくっついていた小さな女の子を指して問いかけた。

 「ああ、妻が残した一人娘だ。そっちこそ、その小さいのはお前の子なのか?」

 出現した二人のうち一人は、女の子よりは少し大きいぐらいの男の子だった。

 「いや、弟子だ。ちょいと頼まれて預かってる。…おい馬鹿弟子、お前いくつになった」

 「七つに、なりました、ししょう」

 男の子は答えた。

 「おお、お前の弟子にしちゃしっかりした言葉遣いだな。うちの子は五つだ」

 「そうか。おい馬鹿弟子、俺たちはこれから旧交を温める」

 大人二人で飲み会をするという意味である。

 「お前らはお前らで、その辺で遊んどけ。…馬鹿弟子、お前の方がお兄さんだからな。ちゃんと面倒見てやれよ」

 「はい」

 うなずく男の子と、訳のわかっていない様子の女の子を置いて、大人たちは「じゃあ秘蔵の樽を開けるか」などと話しつつ近くの小屋に入って行った。

 「「…」」

 男の子と女の子は―しばらく、顔を見合わせていた。

 何せ二人とも、同じ年頃の「子ども」と親しくした記憶がほとんどなかった。「遊んどけ」と言われても、何をどうしていいのかよくわからない。黒と鳶色の瞳で、しばらくじっと見つめ合っていた。

 ちょっとの間そうしていて。女の子が先に口を開いた。

 「おにいちゃん」

 先程の呼び方を、回らぬ舌で真似した。

 「あたしのたからもの、みせてあげるね」

 「うん」

 男の子はうなずき、歩き出す女の子に素直について来た。


 で、日が暮れるまで「その辺で遊んだ」。

 森の中のせせらぎの先の、小さな滝を見に行ったり。

 そこだけ日が差しこんで、お花畑になっている空き地で花冠の作りっこをしたり。今まで一人で遊ぶのが当り前で、「さびしい」と感じたことはなかったけど、一人で遊ぶより二人で遊んだ方が楽しいと学んだ。

 「とっときのたからもの、みせてあげる」

 そう言って、二人で木の上に登って。

 「ひるまは、ねてるんだよ。おこしちゃだめだから、そーっとのぞいてね」

 念を押して、女の子の「とっとき」―(うろ)の中で丸くなって寝ている冬眠鼠(やまね)を覗かせたら。

「―っ!」

 いきなり男の子が枝の上でびくーんと飛び退いて危うく地面に転げ落ちそうになり、大あわてで助けようとして二人ですり傷だらけになったりした。

 やっとのことで二人して木から降り、並んで座って。

 「このやくそうのしるをぬっとけば、すぐなおるよ」

 と笑いかける女の子に。

 「ししょうは、ぼくに『君のめんどうを見ろ』と言ったのに」

 男の子は、真剣に責任を感じていた。

 「ぼくの方が、君にめいわくをかけてしまった」

 黒い瞳に真面目な色を浮かべ、考えこんでいた。

 「ししょうに、しかられるかな…?」

 思わず。

 「ないしょにしとけばいいよ」

 女の子はそう声をかけていた。

 「ほんと?」

 彼はびっくりしたようだった。

 「ないしょに、してくれる?だれにも、はなさないで、いてくれる?」

 「うん。やくそくする」

 「わかった。やくそく、だね」

 女の子が笑いかけると、男の子も笑い返す。そんなやり取りも、とても…楽しくて。

 それから、暗くなってきたので小屋に行ったら、大人二人がすでにぐでんぐでんになっていて、二人で椅子やテーブルによじ登ってパンやチーズを探したり、床に座りこんで食べたり。

 生まれてはじめて、同じ年頃の子どもと手をつないで眠ったり。

 いろいろあって、次の朝。別れの時を、迎えた。

 「また、会おうね。やくそく」

 「うん。やくそく」

 …その時は本当にまた会いたかったから、二人とも心からそう約束した。


 で、二人がその小さな「約束」をずっと忘れずに心にしまっておいた…のなら、話として美しいのだが。

 残念ながら、七歳と五歳の記憶力である。

 これが辛くてたまらない日々の中の、唯一の幸せな記憶だったというならまだしも、二人とも結構幸せに育っていた。保護者たちは厳しくはあったが、愛情をもって子どもたちに接していたし、子どもたちもそのことはちゃんと感じていた。双方に課された武術の鍛錬は厳しくはあったが、素質があった二人はそれぞれに楽しみ、打ちこんでいた。

 そんな幸せな日々の積み重ねの中で、小さな「約束」の記憶は、いつしかうずもれて行ったのだった。


   第十二章 一夜の、夢


 「何か変なところ入っちゃったね、おいらたち」

 ギュンターと別れて数時間。アスセーナとブレットは、いつの間にと言った感じで山の間の小さな谷間に迷いこんでいた。

 「道は…あるんだけど、頼りないわね」

 この谷を刻んだのであろう小川が谷底を流れ、その脇に細い道が通ってはいるのだが。

 「あ、あれ?」

 ふと振り向いたブレットが大声を上げた。二人が通ったすぐ後に、草が小道の両側から伸びて来て踏み跡を覆い隠したのだ。まるで「誰も通りませんでしたよ」とでも言いたげに。

 「何、これ」

 「もしかして姉ちゃん、剣士のおっちゃんが言ってた『妙な仕掛け』ってやつかも」

 「じゃあ、賢者さまの館に、近づいてるってことなの?」

 わからないが、今まで目標にしていた火槍(フォイエルランツェン)山は確かに今進んでいる道の先だし、このまま進むしかなさそうだった。


 歩いて行くと。―狭い谷間が、開けた。

 「わあ…っ」

 そこは、深い山脈の真っ只中とはとても思えないような…田園、だった。

 そうとしか言いようがない。壁のような谷の斜面に挟まれた、少し開けた場所が見事に耕された畑になっているのだ。小麦やカブがきちんと植えられ、いずれ収穫の時期を迎えるのだろう。小さな牧場まであり、牛がのんびりと草を食んでいた。小ぎれいな農家も建っている。

 「おや、お客さんかね」

 畑の中で草取りをしていた男性が顔を上げた。初老と言っていい年齢で、人のよさそうな笑顔をこちらの二人に向けている。服装もそこらの村で見る農夫のもので、何もおかしくはないのだが。

 「あ…」

 「姉ちゃん!?」

 その農夫に顔を覗きこまれたアスセーナは、小さく声を上げたなり夢でも見ているような顔をして固まってしまった。ブレットがあわてて手を引っ張っても反応しない。

 「ああ、久しぶりで『加減』を間違えたかのう」

 「姉ちゃん!どうしちゃったんだよ、ねえ!」

 のんびりと呟く農夫そっちのけでブレットは叫んだ。

 「…!」

 切羽詰まった気配を感じたのか、鎧武者がふっと姿を現し二人のもとに駆けつけた。かばうように立ち、背の大剣に手をかける。いつでも抜き放てる体勢だ。

 農夫は、全く怖れる様子もなく、鎧武者を見上げた。

 「―貴方は」

 びくっと巨体が震えた。農夫は深々と頭を垂れる。

 「よくおいで下さいました。この国に住まう者として、ご挨拶を致します」

 さらに進み出、首を差し伸べる姿勢を取った。

 「このお二人に危害を加えないことを、この命に懸けて誓いましょう。もし誓いを違えたと思われたなら、このそっ首いつでも落としてくだされ」

 「…」

 鎧武者は立ちつくし、うなずいた。一歩下がり、一礼して消え去った。

 「…え?」

 やっと、少女の目に光が戻って来た。

 「今、何があったの?」

 「いや、済まなかった。『外』の人が来るのは久しぶりでの。よく来られた。賢者さまの館を、訪れたいのじゃろう?」

 「ど、どうして、それを」

 「ここは、館へのたった一つの入り口での。まあ、一休みしてくだされ」


 訳がわからなかったが、結局農夫の案内を受け入れて住んでいるという農家に招かれてしまった。妻だという、やはりいかにも農家の主婦といった女性に迎えられる。

 「儂らは『外』の人と少し違っておっての」

 にこにこ笑いながらすごいことを言う。

 「人の心の中を覗きこんだりできるんじゃ。先程は娘さん、あんたの心の中を覗いたんじゃが、少し力を入れ過ぎたようじゃ。済まないの」

 「は、はあ」

 「でも、姉ちゃんには魔法が効かないんじゃ」

 「『魔法』とは違うらしくてのう。賢者さまのお見立てでは、生まれつきのもので呪文も何も関係ないから『魔法』とは言いかねると」

 魔法除けのペンダントの力は、意味がないらしかった。

 「こういう力があると、街では生きづらくてね」

 それはそうかもしれない。

 「で、それぞれに故郷を出てさまよっているうちに、同じ力を持つお互いを見つけてね。どこかに住めないかと探していたら、先代の賢者さまがこの地に住まう許可を下さってねえ。それ以来、本当にここに住まれる賢者さまに会わなければならないお客さまかどうか見極める役割を、勤めているということさね」

 「門番のようなもんじゃな」

 確かに、この力で心を覗かれては何も隠しようがなかった。

 「カイネブルクの街が大変なんだってね?賢者さまはお認めになられたから、今晩はここに泊まって明日にでも訪ねてみればいいよ」

 何らかの方法で連絡できるらしかった。

 「あ、ありがとうございます」

 いや、怪しもうとすればきりがないが。でも、二人の感覚でもこの夫婦は、変わってはいるが悪い人にはどうしても見えなかった。

 「本当に会わないといけない人しか入れない、ってことは!」

 あっと思い、ブレットは声を上げていた。

 「あのぺらぺら野郎は、入ってこれないんだ!」

 「ああ、妙な若いのが何かしてたようだが、賢者さまの『帯』に阻まれてるよ」

 「中には入れそうにないねえ」

 この谷や賢者の館の周囲には、胡乱な者は入りこめない「帯」が張られているからねえ、と夫婦で笑っている。どうやら、しばらくは安心できるようだった。


 久しぶりのパンやチーズ、野菜のシチュー、ピクルスと、心づくしの夕飯を頂いた。その卓で、夫婦は楽しそうに子どもたちを見ながらこう語り出した。

 「アスセーナさん、と名づけられたんだね。―あんたは、ほんとは一度ここに来てるんだよ」

 「え?」

 「ただ、その時あんたはまだお母さんのおなかの中だったが」

 この夫婦はまたしても、さらりとすごいことを言う。

 「十何年前の話だが、あんたのお母さん、ヤスミナさんは南のラインフェラント大公国の教会で『聖なる舞姫』と呼ばれていた人でね」

 「『聖なる』と『舞姫』ってすっごく結びつきづらい気がするんだけどなー」

 ブレットの知っている「舞姫」とは、場末の居酒屋で踊って小銭を稼ぐお姉さんたちであった。

 「うん、そういう者もいるがの。真の『舞い』とは天に通じ、地上に奇跡を降ろす力を持つんじゃ。ヤスミナさんはそれほどの舞い手であり、人を癒すなどの奇跡を行っておった。で、その教会の警備をしていたあんたのお父さん、エルナンさんと出会ったと」

 「『はじめは喧嘩ばかりしていたけど、そのうちに気になり出してね』と笑っていたねえ」

 しみじみと思い出話をする夫婦だった。

 「恋に落ちた二人だったが、教会に反対されてね。修道女ではなかったんだが、やはり教会にいる者が結婚してはまずいと」

 この辺りでは、聖職者は独身が当り前だった。

 「で、駆け落ちした二人は山越えしてここに逃げこんできてねえ」

 「さ、さすが姉ちゃんの親」

 恋に落ちると凄まじい行動力を発揮するのは血筋らしかった。

 「よほどヤスミナさんの奇跡が惜しかったのか、追っ手はここまで押しかけてきての。先代の賢者さまが仲裁なされた。『すでに子どもを身ごもっておる』と申し渡されて、さすがに帰って行ったよ」

 「か、母さん」

 …娘より親たちの方がはるかに先に進んでいた。

 「二人して、家族で暮らせる地を探しにここを出て行ったが、そうかね、緑山地(グリューネベルク)に落ちついて。―ヤスミナさんは残念なことだったけど、幸せだったと思うよ」

 わずか数年でも、愛する人と結ばれ、子どもも授かって暮らせたのだから。

 「で、今は娘のあんたが、ね。うまく行くことを祈ってるよ」

 「…はい」


 「ひっさっしっぶっりの、ベッド~♬」

 ブレットは大喜びで、あてがわれた寝室に向かっていた。何せ街でもベッドで寝られたことなんて滅多にないし(ぼろぼろのベッドでも、ストリートキッズたちで奪い合いだった)。夫婦の部屋以外のベッドのある部屋は、夫妻の子どもたちのものだったという。「『一度は世の中を見てみたい』って出て行ったけど、大変だろうからねえ。一人は戻ってこの役割を継いでほしいんじゃが」と二人は笑っていた。

 しかし、ブレットの部屋の隣、アスセーナの寝室の中から。

 「…姉ちゃん?」

 何か、くぐもった声のようなものが聞こえて来ていた。

 「どうしたんだろうねえ」

 「おばちゃん」

 奥さんの方も聞きつけて様子を見に来ていた。二人は思い切って扉を開けてみる。

 「姉ちゃん、どうしたの?」

 少女は、ベッドの上で上半身を起こして、手で顔を覆って泣いていた。

 「と、父さんと母さんが、うらやましいなって、思っちゃって」

 こっちを見てそう言ったが、その間も拭っても拭っても涙がこぼれていた。

 「父さんと母さんは、ちゃんと話をして、喧嘩もして、そうして『恋に落ちた』けど。わたしは、好きな人に会ったのは、一度きりで。わたしがどんなにアレクサンデル殿下のことを好きでも、殿下は全然そのことを知らないし。伝えようにも、あの方は今”氷”の中に!」

 しまいには毛布の中に顔をうずめてしまった。

 「こんなかたちでなく、出会いたかった。わたしがカイネブルクの街に住んで、話す機会があって、少しずつ知り合っていくとか、したかった…!」

 そうだったら「思いを寄せてくる女の子の一人」にしかなれず、彼は目を止める暇もなく逃げ回ってしまっていたのだが、アスセーナはそのことをよくわかっていなかった。

 「会いたい。会って、殿下のことをもっとよく知りたいし、殿下にもわたしのこと、知ってほしいよ!」

 顔を上げて途切れ途切れにそう言って、またわーっと泣き伏してしまった。

 「そう、かい」

 おばちゃんは気遣いのこもった目で少女を見た。

 「そんなんじゃ、よく眠れそうにないねえ。よく眠れて、いい夢が見られるおまじないを教えてあげようか」

 「…え?」

 「どうだい?その窓の外の、大鷲が下げてるメダル」

 グラツィエは確かにこの部屋の窓の外、鎧戸の向こうに止まって頭を翼の下に突っこんでいた。

 「それを取って、しっかり握りしめて眠ればきっと、いい夢が見られるよ」

 「え?で、でも」

 これを持ち歩いていると、何かというとすがって甘えてしまいそうで怖くて、外していなかったのだ。それに、確かに恋い慕うアレクサンデル殿下に関わりのある物品(アイテム)だとは思うが、だからといって「いい夢が見られる」か、どうか。

 「一晩だけなら、甘えてもいいんじゃないかね」

 おばちゃんにも、彼女の心の中は丸見えだった。

 「だまされたと思って、やってごらん」

 「…そう、よね…」

 アスセーナは鎧戸をそっと開け、グラツィエの脚から近衛のメダルを外した。握りしめて胸にぎゅっと押し当てる。

 「あ…」

 小さく呟いて。少女はベッドにぱたん、と倒れこんでしまった。

 「姉ちゃん!?」

 「大丈夫。眠って、幸せな夢を見てるだけだよ」

 毛布を肩まで引き上げてやりながら、おばちゃんが微笑む。ブレットはそんな彼女を睨んだ。

 「おばちゃん、もしかして。姉ちゃんの心に」

 「ちょっと『つないで』あげただけさね」

 幸せそうに微笑んで眠っている少女を、愛おし気に見やって続けた。

 「可哀想じゃないか。あんなにお互いに呼び合っているのに、思いを通わせることができないなんて。せめて、現実でなく夢の中だけは、幸せに」

 (『呼び合っている』…?)

 訳がわからないが。

 「さ、子どもはもう寝る時間だよ」


 一晩明けて。二人はまた心のこもった美味しい朝飯を頂き、示された賢者の館への道をたどり出した。

 「姉ちゃん。夢、見たの?」

 「…うん」

 朝飯の間も、今も。アスセーナはとても満たされた、幸福そうな表情を浮かべていた。

 「ど、どんな夢だったか、教えてよ」

 「そ、その。…殿下と、一緒にいる夢。側にいて、見つめ合って」

 もう、思い出しただけで頬を染める十七歳だった。

 「アレクサンデル殿下が、わたしを見て、微笑んでいらして。わたしも嬉しくて、幸せで、もう!」

 ほけほけしているのはいいが。

 「それだけ?他に何かなかったの。顔見てにこにこしてただけ?」

 「え?う、うん。だって嬉しくて、幸せで、他のことなんて考えていられなかったし」

 まあ、「夢」ってそういうものだが。

 「にしてもさあ」

 ブレットとしてはつっこみたい。

 「姉ちゃんもその『殿下(でんか)』も、いい大人なんだからさ。他にやることあるじゃん。抱きつくとか、キスするとかさー」

 「キ、キス…!?」

 ぼん!と音を立てんばかりにアスセーナの顔が真っ赤になった。

 「そそそ、そんなこと、そんなこと!できるわけないじゃない!」

 しばらくきゃーきゃー言いながら山道を駆け回っていた。

 (あー、やっぱり姉ちゃん)

 それを見ながら子どもは思った。

 (ほんとに好きな人には、近づくのも恥ずかしくてできない方なんだ)

 ブレットが(街の通りで)見ていたところによると、男性より女性の方が本当に好きな人には近づけないタイプが多い。

 こんなに恥ずかしがるのでは、助け出せたとしてもアレクサンデルと現実に顔を合わせたらどうなるんだろうと思うし、あと。

 (やっぱ、鎧の兄ちゃんにべたべた触られても平気なのは『対象外』だから、だな)

 彼には辛いだろうと思いつつも、そう考えざるを得なかった。

 「にしてもさ」

 頭上を見ながらブレットは、やっと落ち着きを取り戻した少女に声をかけた。

 「あのメダル、戻しちゃっていいの?」

 そこにはグラツィエが舞っていた。脚には、近衛のメダルが下がっている。

 「持ってれば、またいい夢が見られるかもしれないじゃん」

 「いいの」

 幸せそうな、でもちょっと切ない表情で、アスセーナは呟いた。

 「一晩だけでいいんだ。夢は、夢だもの。やっぱり」

 毎晩見たら、夢に溺れてしまいそうで、怖かった。

 「一夜の、夢だもの」





 





































































































































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