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凛月  作者: Nemuri
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陥落



昨日私より1つだけ年上だった子が退所していった。これまでももちろんここでの仕事は手伝っていたが、朝職員さんに呼び出されて「最年長となったので常に模範的に行動するように。」と告げられた。

ここに来て1か月くらいたっただろうか。すぐに帰れると持っていたはかない希望はとっくに捨てた。


今日も特に何かを考えることもなく掃除用具置きへと向かって外に出たとき、いつもと何かが違う気がして顔を上げた。なんだか空気が生暖かい。敷地内に植えてある木のつぼみが膨らんでいて、濃い桃色の花びらがちらりと見える。もう、2月か。

少しだけ、自分が取り残されて世界が進んでしまった気がした。しかしすぐにそれも「模範たれ」という今の生きがいにかき消され私はただ箒で玄関に入ってきた細かい砂を掃いていく。

ここの子はみんな、明るいように見えて何か心の奥底に抱えているのだろう。掃除をしたり、勉強をしたり、食事をする時間はどこか物思いにふけるかのように下を向き淡々と作業をする子が多い。みんながそれぞれ掃除をする音と、かすかに向かいの中学校から卒業式用の合唱を練習する歌声が聞こえる。

向かいの中学校は、ここに私が来る前部活の大会で戦い大敗した学校だった。あの強かった先輩はもう卒業するのか、とまた少し名前の付けられないような感情が体の奥底からにじみ出てきた気がする。




清掃を終了し、職員室まで報告に戻るとそこには私の担当の心理士 橘さんがいた。心理士との面談は週1日~2日あり、面談がある日は朝の会で発表されるはずだ。今日は私の面談はなかったはず。橘さんは私に気づくとふわりと笑っておいで、と手を振った。橘さんは、この施設の大人とは思えないほど柔らかく、優しく笑う人だ。その笑顔を見ると少しだけかたくなに閉じ込められた私の感情が顔を出して、時には勝手に涙が出てくる。

「どうしましたか、今日は面談はないと聞いていましたが…。」

私は清掃の報告書を職員さんに手渡しながら聞くと橘さんは手に持っていた袋をぱっと開いた。中には大きなおにぎりが2つ入っている。

「急なんだけどお出かけしよ?凛月ちゃん。」

「は、はい。わかりました。」

外出なんて、考えもしなかった私は何が何だかわからないながらも返事をした。どのみちここの大人には逆らえないのだ。






どこにいくかなんて興味がなかった。私は久しぶりの外の景色に新鮮さを感じていた。緑色の車に乗り、後部座席から大通りにある店から目を離せずにいた。以前は当たり前に享受していた環境であったろうに別の世界に来た気がして畏れに近いものを感じた。今後の人生で私はこの店たちに入ることはないんだろうな、と勝手に絶望していた。段々視界がぼやけてきて、体中の器官がぐるぐると回っているような気持ち悪さを感じてきた。もともと乗り物酔いがひどい体質であるのに加え、久しぶりに乗った車だったからかそのうち私は意識を手放してしまったようだ。

次に起きたときはいつもは心地いいとさえ感じる橘さんの甘い香りに耐え切れず、起きたその瞬間に嘔吐した。3、4回ほど続けて吐いて本当に体中の液体をすべて吐き切った、もう苦しい開放してほしいと感じたときようやく車が止まった。




目的地に着いた頃にはもうすでにまぶしい夕日が見えていて、気持ち悪さでグラグラする世界は一面オレンジ色だった。少し遠くのほうに白く大きい建物がたくさん見える。どうやら大きい病院のようだ。中に入ると、もう夕方なのもあって人がまばらにいるだけで無機質な廊下が長く続いている。

エレベーターの浮遊感にまたもや吐き気を覚えながら橘さんに手を引かれるままついていくとやがて、産婦人科にたどり着いた。

「凛月ちゃん、待合室のベンチに座って少し待っててね。」

橘さんは幼い子供に言い聞かせるようにしゃがんで私に言うと、受付のほうへ足早に向かった。

橘さんが受付の人に何か言うと、周りにいた看護師さんが小声で話しながらちらちらとこちらを見始めた。大人が私の知らないところでなにかをするのには、もう慣れてきていたので特に気にせずベンチに深く腰を掛けて気持ち悪さをしのいだ。


また意識を失ったのか、少し眠ったのかわからないが橘さんの声で目を覚ました。

「体調まだきついかな。ごめんね、ここまで車酔いがひどいとは知らなかった。それでね、具合悪い時にほんとに申し訳ないんだけどこれからちょっとした検査を受けてきてほしくて。」

私はもう何も感じていなくて、いわれるがままに診察室へ入った。

眼鏡をしたおばさんの先生の後ろには3人ほど固い表情をした看護師さんが立っていた。先生は私を席へ促すと私の目を見てゆっくり話し始めた。

「はじめまして、凛月さん。私は産婦人科医の綾瀬と申します。今日は凛月さんの身体が健康かどうか見させてもらいたいの。いいですか?」

私がうなずくと、看護師さんたちがこちらへきて私の服に手をかけた。別に抵抗する気にもならずされるがままにされていた。しかし自分の少し膨らんだ乳房が目に入った途端、自分でも気づかないうちに大きな叫び声をあげて看護師さんを突き飛ばしてしまった。

「いやだ、見ないでください!触らないで!」

無意識に自分の胸と局部を隠すように床に這いつくばった私を看護師さんは驚き信じられないような顔をしてみていた。先生はなぜか苦しそうな顔をしていた。私はその顔を見たことよりも自分の裸を見たことが信じられず、ただ床のつめたさを感じることしかできなかった。

「本当に、ごめんね。」

若い看護師さんたちは涙目になりながら、私を強制的に診察台へ座らせた。私は絶対におぞましい自分の裸を見たくなくてぎゅっと目をつぶっていた。

「ごめんなさい。痛いだろうけど検査のために我慢してね。」

先生がそう言って少ししたら冷たい棒のようなものが私の局部に触れた。体の真ん中から指先へ、自分の血の気が一気に引いていくのを感じた。体が今までに感じたことがないくらい冷たくなり、逃げようとしても体は看護師さんに固定され、動けない。勝手に目からぼろぼろと涙がこぼれるが涙の温かさも感じない。冷たい棒はついに私の膣へ侵入し、激痛を生んだ。

その後私の身体は自分の意志で全く動かなかった。先生の言うとおりに抵抗せず立ち上がり、全身に傷がないかを調べられた。先生に親に殴られたことはあるか、兄に傷をつけられたことはあるかと聞かれたが何を言っているのか理解できなかった。しかし不思議なことに口は買って位に動き、先生の質問に答えていた。

どのくらい時間がたったのかわからない。気づけば私は、服を着させられ橘さんの待つ待合室に戻っていた。何を聞かれても答えることができず、私の頭はただ、「なぜこんな思いをしなければならないのか。」という答えのわからない疑問で支配されていた。



病院を出たころ、あたりは薄暗くなっていた。

緑色の車に乗ると橘さんがずっと私に何か話しかけているのをわかってはいたが何もことばをはっせずまたいつのまにか眠りに落ちた。






目を覚ますと、まだ車は児童相談所についていなくて、外には夜になり電気がついたショッピングモールや様々なお店が見えた。なんてことのない景色なはずなのにとてもきらびやかで、惹かれて。

同時に、ここからは逃げられない。

私はこれまでには戻れない。 

という底のない、真っ暗な世界へ落ちていっている自分を ひどく哀れんだ。



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