人面獣 Ⅵ
”何が起きた? 何が起きている?!”
塵埃が覆い隠してしまった機関銃の残骸から目が逸らせない。
心拍が早鐘を打ち、みるみる口腔が乾いていく。
『02が被弾!』 戸惑ったような《03》の喚き声。
”被弾?! 一体何処から?!”
『こちら04、《人面獣》に活動兆候はナシ!』
”まさか第三勢力からの介入?! 《探索者》の少ない第九階層でか?”
困惑と恐怖が膨れ上がる中、ゆっくりゆっくりと回廊を包み込んでいた灰色の帳が取り払われていく。
”マズい! 俺達の位置が暴露する!”
”直ちに発煙手榴弾を……”
焦燥感に駆られた手がポーチに伸びるが、寸前で思いとどまる。
”いや待て!……煙幕を炊いたところで状況は好転しない。下手すりゃ千日手。それどころか、一人ずつ各個撃破される可能性だってある”
此処は悪名高き《レキシントン大迷宮》、しかも第九階層。
漫然と場当たり的に対応を誤れば、代償は破局と決まっていた。
”考えろ! 考え続けろ! 絶対に思考を止めるな!!”
俺は伏せたまま180°回れ右、《第三の腕》で荷重分散された重機関銃を引き寄せ、回廊を塞ぐ巨大な輪郭へと銃口を向ける。
「こちら01。今より牽制射を実施! 03は02の救護を頼む」
『もうやってます!!』
後送という概念が意味を持たない《迷宮》深部。CLSの資格を持つ《03》の存在が、こういった局面では一層有り難い。
「05! 熱線映像で周辺索敵を!」
『05から01。既に索敵を実施中。背後を含めて標的以外の明確な熱源は未だ確認できない』
「01了解! 05は84mmの再装填を。弾種は任せた!」
”となれば……残る可能性は一つ”
今や悪視界はほぼ回復し、蓄光性ガラス物質の石畳が再び回廊全体を淡い光で浮かび上がらせつつあった。そしてタイミングよく、演劇の幕が上がるかの様に塵埃から体高4m超の《魔獣》が顕在化する。
「……嘘だろ? 馬鹿な?!」
結論から言えば、《人面獣》は健在だった。
生焼けでも肉塊でもなく、無反動砲を撃ち込む以前と同じ姿に見える。
ただ、嘲笑の形に歪む口許が緩慢に動き続けている点だけが違っていた。
あり得ない! FFV756の直撃だぞ! 爆散する無数の鋼片だけでなく、高性能爆薬による爆轟 ――3000℃を超える高温と音速を凌駕する衝撃波―― に巻き込まれて無傷なワケがない! 《魔獣》も生物である以上、重度熱傷と爆傷肺からは逃れられないハズだ!!
心情とは無関係に、俺の指先が重機関銃の引き金を押し下げる。
Dow! Dow! Dow! Dow! Dow!Dow! Dow! Dow! Dow!Dow!
重機関銃からマズルフラッシュと轟音がバラ撒かれ、次々に12.7mm弾が着弾し火花を散らす。アッという間に残り短い弾薬ベルトを機関部が喰らいつくし、空薬莢が跳ねる音を残して発砲が止んだ。
”?! ”
銃口から立ち込める発砲煙のせいか、僅かに《人面獣》がボヤけて見える。と同時に、嗅覚と聴覚を刺激する小さな違和感 ―― その独特の感覚が記憶を騒がせ、警鐘を打ち鳴らす。
”そうか!? そうだったのか!?”
「04構えろ! 84m弾種HEAT! 目標《人面獣》!」
そこまで一気に捲し立てた途端、《03》と《04》の悲鳴じみた声がヘッドセットに割って入った。
『危ない! 05逃げろ!!』 『姉ちゃん!!!』
上体を起こして振り返れば、《強化外骨格》のパーツと予備砲弾のケースを撒き散らしながら、崩れ落ちる小柄な《05》の身体――。
”《05》までが被弾……”
俺の喉から正真正銘の絶叫が漏れる。
「04!!! 今すぐ撃てえぇぇぇぇぇぇ!!!!」
注)CLS=Combat lifesaver (コンバット・ライフセーバー)