人面獣 Ⅴ
『目標に……命中よ。……コホッ、ゲホ』
《05》が小さく咳き込んだのを皮切りに、俺も含めたチーム全員が我慢できずに咳やくしゃみ、更には嘔吐反応を開始する。
迷宮という閉鎖空間における爆発物の使用 ―― 体感的には”炭鉱内での爆発事故”に巻き込まれたのと大差ない上に、息苦しさを嫌って誰もガスマスクなんか常時装着しちゃいない。
爆風の吹き戻しが終わった今、濛々たる塵埃が回廊全体を覆い尽くしていた。
ゴーグルで肉眼は保護されているが、ほぼ視界はゼロ。
伏せたままで片手を彷徨わせれば、《前衛》の二人らしき体躯が触れる。
「0203! 怪我はないか?」
口許まで伸びるスピーチマイクを掌で覆いながら、小声で安否確認。
『02だ、……ピンピンしてるよ』
『03です。おかげさまで何とか無事です』
”良かった” 俺は胸の内で安堵する。
炸裂により凄まじい運動エネルギーを得た弾殻は、当たり所が悪ければ思わぬ重傷や致命傷を引き起こす。一見無傷に見えても、ヘルメットの隙間から数mmの小片が脳幹まで達して即死……そんな話は枚挙に暇がない。
「0405、状況を報告」
『こちら04、視界不良のため照準を一時中断。熱線映像に切り替え中』
『05、標的を熱線映像で捕捉した。未だ動きナシ』
《後衛》の二人は、こうした事態に慣れている。84m無反動砲の照準器に統合されている熱赤外線暗視装置なら、(おそらく輪郭程度だろうが)この悪視界でも《人面獣》を視認可能らしい。
「01了解。05は監視を続行」
「04も監視に加わってくれ。人面獣は.50口径どころか.30口径弾でもダメージを負っていた。おそらくFFV551の出番は無いと思う」
《04》が装填済のFFV551は ―― 装甲車や戦車の装甲を貫通し撃破するための化学エネルギー砲弾。
最大400mm厚の装甲板をブチ抜く性能を持つが、使用したばかりのFFV756みたく広範囲に炸裂したりはしない。ピンポイント攻撃用で、外せば完全に無駄弾。
しかも、装甲を持たない軟標的に用いた場合は不発の恐れもあり、あまりに対費用効果が悪すぎると言わざるを得ない。
『なんだよ! 結局、姉貴がイイとこ総取りじゃん!』
『02から04、ボヤくな、ボヤくな』
『コチラ03、次の機会がありますよ~』
流石に弛緩した空気がヘッドセットから伝わってくる。
本来なら、第十階層以深を徘徊している魔獣《人面獣》の討伐成功。
実力以上の、文字通りジャイアントキリングを決めたのだから無理もない。
”正直、上手く行き過ぎた感があるな……”
なにせ俺達の必勝パターンに持ち込むには、標的から80m程度の最小交戦距離を開けつつ、無反動砲の後部から盛大に噴き出す燃焼ガスを避けるため、後方にも40mの空間が必要となる。計120mを超える直線距離を確保できる戦闘領域……もしココが迷宮内の大回廊でなければ、結果はまた違っていただろう。
『……で、人面獣の死骸って金になんの?』
意識がヘッドセットに引き戻されると、話題は既に新たなモノへと移っていた。
『十階層のチームが、”眼球”が討伐証明で相当高く売れるって言ってましたよ』
『マジか? いや……そいつはマズイな……』
『あッ?! オマエ等、まさか機関銃で!』
『それ以前に84mmで生焼けの肉塊になってるかもね。05から01、監視開始から3分が経過。現状に変化無し』
「01了解。全員に通達。あと2分経ったら警戒しつつ前進を開始。標的の絶命を確認でき次第、《本部》に無線で指示を仰ぐ」
無反動砲の着弾以降、回廊には迷宮特有の静寂さが漂い始めている。
小声の無線通話が意外なまでに響く、そんな事実に気付いて顔を顰める中、ようやく塵埃が降り下りて悪視界が回復の兆し見せていた。
『上の方なら塵埃も薄いぜ、もう直視出来るんじゃないか?』
おもむろに長身の《02》が立ち上がる気配。
”あっ! 馬鹿!” 咄嗟の悪態が口を衝いて出かける。
アラスカの灰色熊ですら心停止の後に数百m走って一矢報いるだけの執念を見せるのに、《迷宮》と《魔獣》を舐め過ぎだろ!?
『02から01……』
台詞に被さる様にして聞こえたのは、凄まじい衝突音。
僅かに時間を置いて、ゲンナリ面の俺の直ぐ傍に何かが降ってきて派手な金属音を立てた――
L字に折れ曲がった汎用機関銃の残骸だった。