人面獣 Ⅳ
真っ直ぐに延びる迷宮内の回廊。
目測で50~60m先には無反動砲を構える《後衛》の二人、30m後方では《人面獣》が転倒したまま藻掻いている。
「振り返るな! 走れ!」
ガチャガチャと音を立てる重装備に苦戦しつつの全力疾走。
しかしながら、俺と《前衛》の行き足は甚だ重い。
言うまでもなく、チーム全員が下半身に装備している強化外骨格は肉体疲労を軽減させるための装備であり、この状況を好転させる要因にはなり得ない。
”後、せめて40m! とにかく距離を稼げ! 急げ!”
《05》が装填済のFFV756は ―― 本来、ビルや家屋を貫通し内部で爆発するタイプのマルチターゲット砲弾。
数百m範囲に鋼製の弾片と無数のベアリング球をバラ散くFFV441やFFV502といった砲弾に比べれば小威力ながら、カタログ上での危険域は着弾点から77m。つまり《人面獣》から80m程度離れなくては、アーマープレートやヘルメットで保護されていない部位(腕脚や顔や尻など)を爆散する弾殻で負傷する可能性があった。
『気合入れて走れや! オマエ等!!』
ヘッドセットを震わすのは、《04》からの容赦ない怒声。
にわかに速力を上げる《02》と《03》の背中を追いかけつつも、一瞬だけ後方を振り返れば、回廊の壁を支えに再び立ち上がろうとする魔獣の姿。
人間ソックリの顔が銃弾によって半分以上噴き飛んではいるが、歪んだ口許には嘲笑の如き表情が浮かび、更には痙攣する長い舌が口腔から垂れ下がって、生理的嫌悪感を一層煽る。
”異界のバケモノめ!”
《人面獣》が巨躯を生かして暴れ始めたら、最早手がつけられない。
もしそうなった場合、無反動砲の命中率に期待するのはリスキー過ぎる。
”今しかない! 今なら必中を狙える!”
安全圏まで離脱できたかどうか怪しい中、全身の血が沸き立つような感覚と共に腹を括る。
「05! 84mm弾種MT! 目標《人面獣》! 発射タイミングは任意!」
そう叫び終わった俺は、走る勢いのまま前衛二人を押し倒して自身も石畳に身体を転がす。
『05了解。3……2……1……』
落ち着き払ったカウントダウンを耳に、慌ただしく対爆防御姿勢をとる最中、《05》の唇に紛れもない笑みが浮かんでいるのを視界が偶然捉えた。
”やっぱり、アイツも怖い女だ”
思わず場違いな感想を抱いて目を瞑った瞬間――
『発射!』 雷鳴にも似たカール・グスタフの発射音が轟く。
初速240m/sで頭上を飛翔していく84mm砲弾。
ソレを肉眼ではなく露出した皮膚で感じた直後、後方からの鈍い爆発音。
続けて、猛烈な爆風と濛々たる塵埃が迷宮内に吹き荒れた。
『こちら05。目標に……命中よ』
映像資料
《FFV756》
https://www.youtube.com/watch?v=vhUFu48hzUg