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ゼリービーンズをつむぐ  作者: Bunjin
第一章 武鎧 摩唯伽
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 保養所での研修が終わって、私たちは研修期間中の代休と土日の休日を合わせて三連休を頂けました。だから、私はこれを利用して岐阜県に帰省をします。


 東海道本線の大垣駅でローカル鉄道に乗り換えるのです。ここからは小さな駅が続くけれど、二十分程を乗車して、少し大きな駅で私は降りました。


 高校三年生の時に、私は家を出してもらった。当時通っていた学習塾が終わって、家に帰るには終着駅まで行かなければならない。電車に乗っている時間だけでも四十分以上は掛かってしまう。それを理由にしたのだけれど、本当のところは誰にも言えないことでした。


 父が経営している会社がここにあったので、あっさりとそこの部屋に暮らすことを許してもらえました。家には住みたくない。私の本当の実家はこの住宅地の中にある。あの会社も以前は小さな工場で、赤いトタンの風情が大好きだった。


 駅前は住宅地で古い商店もある。そこで私はお花を買いました。そして、のんびりと歩いていても、そこから神社には直ぐに到着した。この照手神社は手水舎と拝殿がある立派な神社だけれど、いつも閑散として静かでした。近くにもっと大きな物部神社があるので、あまり目立たない存在になっている。


 どちらの神社にも所縁はないけれど、照手神社の裏には墓地があるのです。目立たないようにお寺があって、本当にひっそりとしていました。ここに訪れるのが私の一番の目的です。


 幾つも並んでいる墓石の一つの前に立って、私は深々と一礼をした。そして、お墓の周りの雑草などを抜いて掃除をして、石材を磨きました。買って来たお花と供え物も並べて、蝋燭と線香に火を点した。


「お父さん、お母さん。私、配属先が決まったよ。製造部ってよく分からない部署だけど、一生懸命頑張るからね。応援しててね」


 数珠を持って合掌していると、落ち着いた雰囲気が私を包み込んでくれる。きっと両親が見守ってくれているのでしょう。それがとても嬉しかった。


 供え物を片付けて、もう一度両親に挨拶をして墓地を去ると、丁度お昼時になっていました。お腹も空いたので、近くのカフェで食事をすることに決めました。


「チキンサンドとカルボナーラのセットをコーヒーでお願いします」


 いつものお決まりの注文です。帰って食べるよりも、久し振りのここのほうが落ち着く。小学生の頃からの馴染みであるし、昼食の為だけにわざわざ食材を買って行くのも面倒でした。


 コーヒーをブラックで飲むのが好き。この店で出してくれるコーヒーカップはいつも可愛いデザインで楽しい。今日のものは猫がカップの縁によじ登っているイラストがあった。前足一本だけで落ちそうにしているのを見ていると吹き出してしまいそうになりました。


 会社に顔を出す時は笑顔を絶やしてはならない。父は私に厳しくそう躾けた。娘も碌に教育できなくては経営者として恥であるからです。世間体とか面子とかに兎に角拘っていて、私が内心ではどう思っていてもそれは考えてもくれていないのだでした。


「お帰りなさい、摩唯伽お嬢様」


 武鎧化学工業の建物は全面ガラス張りの三階建てで、美術館を思わせるお洒落な建築物になっている。そこでの私は『お嬢様』と呼ばれる役職を与えられていた。


「ただいま。お父様は?」

「社長は部屋で執務中です」

「そうですか。どうもありがとう」


 三階の自室に荷物を置きに入った。ひと月前の入社式に出掛けたままの部屋の様子でした。でも、少しも埃が溜まっていないのは、誰かが掃除をしてくれているからなのでしょう。きっと会社で契約している清掃業者に決まっています。


 お母様がここに入るのは、お父様が禁じた。それは私を疎んじているからです。私は実の娘ではない。亡くなった娘の代わりに引き取られただけのことでした。


 以前ここにあった企業は、高橋化学工業といいます。私の実の両親が経営していた工場でした。両親が亡くなって、工場は名称を変えられて、私も武鎧の養女になった。武鎧家は資産家で、この地方の権力者でもある。その為に武鎧化学工業は企業の社会的責任を果たさなければなりません。だから、人形浄瑠璃や祭りなどの伝統行事を開催する物部神社の支援を行ったりしているのです。


 ところが社長のお父様は、内心ではそれを快く考えていなかった。私が中学生の頃には、ある言葉をよく聞かされていました。


『役にも立たない芸術や文化などは必要ない』

『お前も茶道なんぞにうつつを抜かしておらんで儂の為に尽くせ。お前を引き取り養ってやっている恩を忘れるな』


 まだ若かった頃のお父様が、赤い目をしている時の口癖でした。とても酷い言葉ではあるのだけれど、私はいつもそれを素直に受け入れていました。それは養女であるからの蔑みではない。お父様の本心を私は知っていた。


 武鎧麗香はどんなに時が過ぎ去っても、お父様の一人娘なのです。たとえ肉体が滅んでも、その心はお父様の中で生きている。娘の遺影の前で、涙で赤い目をしながらも強気な言葉を口にしている。それがお父様という人なのでした。


 プルルルルル・・・プルルルルル・・・


 部屋の固定電話の着信音が鳴りました。ディスプレイには社長室と表示されている。


「はい、摩唯伽です」

「帰ったのか?」

「はい、お父様。ただいま帰りました」

「配属は決まったのか?」

「はい、製造部です」

「そうか。武鎧家の為に精々技術を身に着けてきなさい」


 電話は私の返事も待たずに、一方的に切れた。お父様にとって、私の帰省の用件はそれだけで全部が済まされた。顔を合わせる必要性がないということなのです。


 武鎧化学工業に菩提重工の最先端技術を盗んで来る。私の就職には、それが課せられている。そうでなければ、会社経営者の家族を大学で学ばせてまで他社に就かせる意味がない。


 実の娘ならば、或いは何も気にせずに望み通りの就職が出来たのかもしれない。しかし、私は養女なのです。最高学府に行かせてもらえた時点で、この将来は決められてしまっていました。

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