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ゼリービーンズをつむぐ  作者: Bunjin
第一章 武鎧 摩唯伽
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 ローストビーフと鶏唐揚げ、パエリアとパスタと生ハムサラダ、その他諸々。大量の食材を人数分買い漁りました。但し、ケーキだけは既に注文しています。これだけは失敗したくないと、皆の意見が一致したからでした。


「武鎧さんって、意外と女子力が高いんだな」


 テキパキと食材を選んで買い物を済ませた私に白井君は言いました。


「ホントホント、武鎧さんって妹キャラなのにお姉さんぽいのね」

「いやいや、お母さんだぞ」


 私を見て二人で笑っている。別に馬鹿にしている様子ではありません。たぶん感心してくれているのでしょうけど、私は外見が子供っぽいと自覚している。化粧も森田さんのように素敵に出来ないし、お洒落にも関心がなかった。だから高校生の雰囲気のままで、女性として少しも進歩していなかった。


 保養所に戻ると、夕食の時間になっていました。皆よりも少し遅れてしまったので、先にお風呂に入ろうかと迷いましたが、食事の片付け係を待たせられないので我が儘は出来なかった。


 森田さんと隣同士に座って、白井君とは向かい合わせの食事になりました。別に男子と一緒になっても気兼ねなんてしない。私はそれほど少女っぽくないのです。でも、男子の下品に話には困ってしまう。白井君も御多分に漏れず、そんな男子の一人でした。


 だから私は無視をする。そんな女子が許せないのなら、白井君には好かれてくれなくても結構ですと思った。適当に愛想良くしている森田さんには悪いけれど、私には無理なのです。


「駄目よ、白井。純真な武鎧ちゃんをからかわないで」

「武鎧ちゃんだって男に興味あるよね」


 あっ!


 私は馬鹿にされていると気付きました。この時だけ『ちゃん』付けでわざらしくと呼ばれたのは、そのせいです。確かに二人からすれば子供っぽい。少しばかりの嫌なことにも愛想良く出来ない。

 だから私が悪いの?


「私ですか? 私だって恋愛はしたいですよ」


 白井君のエッチトークとは掛け離れた返答でした。だけど、生々しい返事はしたくない。それでも頑なに会話に参加しないでいるのは、今後の同期との付き合いに差し障りを生じさせるかもしれない。


「おっ、武鎧ちゃんが乗ってきた。じゃあ、俺とどう?」

「うーん、社内恋愛はしたくないです。それに同期とは尚更ですね」

「やーい、白井がフラれた」

「森田ぁ、五月蠅いなぁ。この手の奴ほどコロッといってしまうもんなんだよ」

「ふーん。それじゃあ、武鎧ちゃんを口説ていみてよ」

「あれ、二人は付き合ってるんじゃないの?」


 私は両手の人差し指で二人を差した。その途端二人が見詰め合う。とても息が合っていると思った。


「どうして?」


 そんな答え方まで同じでした。


「ねぇ、白井。この子、ホントに純真だわ。だから武鎧さんに手を出したら、私が許さない」


 強い口調で森田さんが言った。先程も純真だと言って馬鹿にした台詞だったのに、今度は呼び方を『ちゃん』から『さん』に変えて、白井君を戒めている。この二つの純真に、どういう違いがあるのかしら。


「遊びで付き合えないなんて、そんな女は俺も願い下げさ」


 真面目過ぎるのもウゼー。ぼそりと白井君はそう言って、さっさと食事を済ませて出て行ってしまいました。私は何だか不快で仕方ない。涙が出そうになって、堪えるのに必死だったのです。


「ごめんね、武鎧さん」


 申し訳なさ気に言う森田さんは、私の涙にきっと気付いている筈です。だって私は酷い顔をしている。頬肉が引き攣って痙攣しそうでした。


「私たちって、こんなのだから、あなたが羨ましくなった。異性に慣れてしまったのかな。何人も付き合っては別れて来たので純真さを忘れてた。だから、武鎧さんを見ててね、少しからかいたくなった」


 だから許してというのかしら。余りにも勝手なことを言われて腹が立ちます。


「酷いのね」


 ぽつりと私は呟いた。森田さんはそれを聞いて暫く黙っていたけれど、「そうだわね」と鼻先に皺を寄せて言うだけでした。


 食事を途中で終えて、森田さんは一人で退出する。後に残された私も、もう食事を続ける気分ではなくなっています。どうしてこんなことになったのかしら。


 部屋に戻ってベッドに潜り込むと、我慢していた涙が込み上げてくる。ざらついた気持ちが私を歪んだ闇の中に沈み込ませていく。もう抗う気力も湧きません。でも、それでは駄目だって分かっている。そんなに弱い自分は何年も前に捨ててきた。そうやって生きてきた。


 違う。生きる為に、そうやってきた。


「強く生きよう。私はそうしていくんだって決めたじゃない」


 ふんふんふんふん・・・


 幼い頃、お母さんがいつもこの鼻歌を口ずさんでいました。山口百恵さんが大好きで、この『秋桜』という歌は一番のお気に入りでした。何度も何度も聞かされて、元の歌を聞いたことがない私は、これがお母さんの歌だと勘違いをするほどだった。私もそれを真似していると勇気を貰えたのです。


 翌日は研修最終日。各自の配属先の辞令があって終業となった。研修成績を考慮して人事が決定されたと申し渡されましたが、本当にそうなのかしらと私は疑問に思います。女性社員は営業本部や企画本部に殆ど配属されているのに、私だけが製造本部でした。不満ではありませんが、製造といえば男性社員ばかりが集まっているので、私だけが女性というのは不釣り合いに思えてならないからでした。


 今年の製造本部への配属は自動車と産業機械部門に限られていた。それなのに何故だか、私だけが航空・宇宙開発の製造部に半年間の製造研修継続のままで配属になっています。中途半端な私は誕生会が開催されても少しも楽しめられません。皆と違うから不安で仕方ない。それなのに誰にも相談できないのは同じ境遇の人がいないからでした。


「月光の海!」


 満月が闇の海に浮いている。光の帯が海面のさざ波に反射して、きらきらと輝いていた。誕生会の場を離れて、私は一人でいつもテラス席にいました。


「私は、武鎧摩唯伽であることを、忘れない」


 自分に言い聞かせるように私は言いました。一人だけ配属が違うのは特別扱いしてくれているから。落ちこぼれたのではなくて、期待されている。そう考えることにしました。


「自信を持とう。これが私の人生なのだから」


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