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ゼリービーンズをつむぐ  作者: Bunjin
第一章 武鎧 摩唯伽
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 工具箱からヘッドライトを出して、佐藤さんは私のヘルメットに装着してくれました。されるがままの人形のように立っていたけれど、それは佐藤さんが近寄り過ぎていたから緊張していたの。


「分かりました。確認してきます」


 佐藤さんは自分にもヘッドライトを装着させて、レーザー加工機の機械背面へと私を導く。危険箇所を触らないように細かく注意してくれて、私は初めて見る空間へと足を運んで行った。


 臭い!


 ゴミでも燃やしたのでしょうか。酷い悪臭が体に纏わり付く。一瞬で服や髪に染み付いてしまったと諦めるしかないありさまでした。


 佐藤さんは平気なのかしら。私は鼻が曲がりそうで仕方ないのに。


「何だ、これ!」


 佐藤さんのヘッドライトが一点を照らしている。機械の内部は狭いので、佐藤さんの脇から覗き込んでました。するとそこには凄まじい光景が見えたのです。


「何ですか、これ?」


 ホースとかケーブルとかが複雑に絡んでいます。いいえ、絡んでいるのではなくて滅茶苦茶になっているのでした。プラスチックの破片があちらこちらに飛び散っていて、正面衝突をした自動車を見ている気がして体が震えた。


「ケーブルベアが外れたんだよ」

「はぁ、ケーブルベアですか?」


 よく分からない名称を言われて、あやふやな返答をしてしまう私。こんな時ははっきりと分からないと答えるべきなのに、初めての事故現場に動転していたのです。


 何をするべきなのかと考えても思い浮かばない。佐藤さんは狭い中で足場を探して、私と場所を入れ替わった。説明を聞こうとしても、難しい顔をしているので気が引けてしまう。


「写真を撮ってもいいですか?」


 私はスマホを取り出して尋ねてみました。


「あぁ、そうだね。気になるところを全部撮っておくといい。僕は先に出ているから、撮り終わったら出ておいで」


 はい、と返事をすると、私は暗がりの中で一人になった。ヘッドライトの光だけが頼りなのだけれど、その光があまりに強力過ぎて、近くのものを照らすと反射して目が眩んでしまう。


 初めて目にする機械。そうは言っても残骸なのではあるけれど、どこの写真を撮って良いのかも分からない。兎に角、全体を総て撮るしかない。細かい部分は拡大して見れば良い。写っていないものが無いように気を付けよう。


「んっ?」


 砕けたプラスチック製の部品が外せそうでした。左手で引っ張ると、苦も無く五個のつながったものが取れた。


「これかなぁ」


 スマホでケーブルベアを検索した。内部にホースやケーブルなどを通して、可動部の柔軟な動きに合わせて案内及び保護するための部品とある。手に取っているものは破損が激しいけれど、まさしくそれに違いなかった。


 損傷の少ない部品を毟り取って復元を試みました。スマホの画像を頼りに、部品の端と端を合わせて捻ると簡単にケーブルベアは連結した。


「何だか戦車のカタピラっぽい」


 玩具で見たような形状をしている。たくさんの車輪が並んでいるところに巻き付ければ、そっくりそのものになるみたいです。


「機械って楽しい」


 物体の動きは直線と回転しかない。それをどのように制御するのかは、基本的に同じなのでしょう。


「きららちゃん」


 私を呼ぶ佐藤さんの声がする。機械の背後に向かっている気配がしました。


「どうしたの、きららちゃん?」

「佐藤さん」


 なかなか出て来ない私を心配してくれているようで申し訳なく思いました。でも、私には大きな収穫があった。それを報告しなければならない。


「佐藤さん。ケーブルベアって、これですか?」


 収穫物を手に取って動かせてみせた。佐藤さんが笑っている。しかも、少し強張った表情が混じっているのは何故でしょう。もしかすると違っているのかな。


「そう。それがケーブルベア」


 勿体ぶって返答されたので、私は思わずにんまりとしてしまった。当然でしょう。ちゃんと調べたんだからね。


「出ておいで。寮に行こう。今日はこれで終わりだ」


 あっ、成程そう言うことか。佐藤さんはお疲れなのだ。だから笑い方がヘンだったのね。でも、私はもっと機械を知りたい。もっと教えて欲しい。佐藤さんがいう工作機械とは何かを早く知りたかった。


 佐藤さんの笑顔が消えていく。ずっと私の面倒を見てくれていたのだから当たり前か。これ以上の迷惑を掛ける訳にはいきませんでした。


 どんな言葉を返したら良いのか分からないから、取り敢えず笑っておこう。佐藤さんは私の笑顔が気に入ってくれているみたいだから、それで誤魔化しておこう。こんな私の教育担当者になってもらったお礼のつもりです。


 寮の部屋に入ると、緊張感がほぐれて疲れが一気に出ました。思い返せば長い一日でした。昨日には、今こんな所にいるなんて想像も出来なかった。


「コーヒー淹れよう」


 昼食時に飲んだアイスコーヒーのカフェインが切れている。そう感じるのはコーヒー中毒になっているのかもしれない。でも、どんなに多く摂取しても一日に三杯くらいだし、別に飲まなくても平気でいられる。その香りを嗅ぐだけで、とてもリラックスできて幸福になれた。


 キャリーバッグからコーヒーを入れたポーチを取り出しました。ジップロックを開けてコーヒー豆を手挽きミルに移すと、途端に香りが漂ってくる。


 グウーーーゥゥ・・・


 派手にお腹の音が鳴ってしまう。香りが胃を刺激したんだわ。


「先にお弁当にしようかな」


 考えがまとまらない。やっぱり疲れているんだと自覚した。


「やっぱり着替えだよね。その為には、まずお風呂!」


 女子寮と同じサイズの小さな湯舟にはお湯がすぐに満たされました。持参した入浴剤を投入すると炭素ガスの泡が勢いよく湧き上がる。ラベンダーの香りが立ち上って浴室に充満した。


『あいつは僕だけど、僕とは違うんだ』


 昨日もお風呂でそれを思い出していた。おじさんの言葉は幾ら考えても意味が分からないし、私が聞き違えていたのかもしれない。


 湯上りの淹れたてコーヒーは私を無心にしてくれる。もう余計なことは考えずにいよう。未来のことだけを考える。それが私の宿命なのです。

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