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ゼリービーンズをつむぐ  作者: Bunjin
第一章 武鎧 摩唯伽
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 お礼を言ったところで、エレベーターのドアが閉まった。そのまま五階まで上がる。後でもう一度ちゃんとお礼をしよう。そう思いながら個室の鍵を開けました。


 部屋に入ると、玄関の土間は狭くて外の廊下と同じグレーの床材で、バリアフリーの室内の床は木目調のフローリングで分けられていた。脇には小さな靴箱があって、そこに使い捨てのスリッパが置いてあった。


 右側に流し台と食器棚。左側はバスとトイレ。その奥が六畳ほどの広さにベッドとソファーと机、洋服棚が備え付けられている。


「テレビもちゃんとある。えっと、冷蔵庫は?」


 流し台のほうを確認した。電子レンジと卓上IHコンロに炊飯器があるけれど、肝心の冷蔵庫が見当たらない


「えーっ、佐藤さんはお弁当を冷蔵庫に入れるように言ったのに」


 私はレジ袋の中身を憎らしげに見た。このままグズグズしていたら、また出張の準備をしていた時のように佐藤さんを待たせてしまう。それだけは避けなければならなかった。


「んっ?」


 テレビの横に変なサイドボードがあった。そして、開き戸を開けてみる。


「あった、あった。こんなところに冷蔵庫が隠れていたわ」


 コンパクトな冷蔵庫はレジ袋の物を入れただけで一杯になりました。一番上には製氷皿を乗せるところがあって、取り出してみるといつから入れてあったのか分からない氷が歪な形で固まっている。多分、長期間放置されていて、乾燥してこんなになってしまったのでしょう。


「後で綺麗にしてあげるからね」


 今は就業時間なので、他の荷物はそのままにして、スマートフォンと筆記具だけを持って出ることにしました。


 社用車に戻ると、佐藤さんは既に来ていて工場に入る準備をしていた。腕時計を見て、もう午後四時を過ぎてしまっていることに驚いてしまった。急いでヘルメットを被って、佐藤さんの後をついて行く。


「すまんな、佐藤」


 大きな機械の前に上司らしい人がいた。


「野山係長、お久し振りです」

「そちらは新人か?」

「はい、新入社員で、僕が教育をすることになりました」


 二人の視線が私に向けられている。


「武鎧と申します。宜しくお願いします」


 少しわざとらしく笑ってみせた。


「おぉっ、可愛い新入社員だな。佐藤、手を出すなよ」

「冗談はやめてください。ちゃんとわきまえていますよ」


 私が声を出して笑ったので、野山係長はそれを見逃さない。


「何だ、もう手を出したのか。仕事よりも手が早いな」

「何もしていません!」


 佐藤さんが速攻で否定する。あまりにも完全否定されてしまうのは良い気がしない。でも、佐藤さんが激しく肩を叩かれて、野山係長にからかわれているのは可哀そうに思えました。


「馬券?」


 二人のお喋りの中で、そのワードが気になりました。


「そうさ、こいつはね、根っからのギャンブル狂なのさ」

「へぇー、そうなんですね」


 佐藤さんの意外な一面を知って嬉しくなった。でも、依存症であってもらっては困るわ。そんなものにのめり込んで人生を棒に振る話をよく耳にする。それどころか、周りの人たちにも嘘を吐いたり借金をして巻き込んでしまったりする。佐藤さんはそんな人なのでしょうか。


 佐藤さんの表情をもう一度よく観察する。そんな病的な片鱗は微塵もなかった。


「大学で競馬サークルにいただけだよ。僕は貧乏学生だったんで、賭けなんかしない。専ら予想専門だよ。的中率は驚異の七十%越え」

「自称だろう。しかし、かもしれないくらい当たるよな。そのお陰で、俺は儲けさせてもらっている」

「へぇー、そうなんですね」


 どうやら依存症ではないらしい。でも、そう言い訳をされて、私が考えてることを悟られたのかと思った。そうして私は焦って、同じ返事を二度もしてしまっていた。


「あぁいうものはね、理論と傾向から立式すれば良いのだよ」


 そう言って佐藤さんは私を改めて見詰めている。これはとんでもないことになりそう。佐藤さんは私をどのように見ているのでしょうか。


「私を立式して、どうなっていますか?」

「えっ?」

「あっ、いえいえ。気にしないでください」


 あれ? そんな目では見られていなかったの?


「人は数式に出来ないよ」

「あぁ、そうなんですね。良かったぁ。外れって言われたらどうしようかと思ってました」


 安心したけれど、自分の価値の低さは分かっているつもりでいます。まだ社会の役にも立てないし、いつまでも子供のままで女性としての魅力もない。それは保養所での研修で嫌というほど打ちのめされました。皆と同じように、身だしなみとしての化粧が出来ていないのです。


 中学、高校では全く興味がなかった。大学の頃は勉強や研究をしている方が楽しくて、必要性を感じながらもついつい疎かにしていた。それが今に至っています。慌ててファッション誌を買い漁ってみたところで、付け焼刃ではうまくいく筈がありません。


「ちょっと佐藤さん、出来ないって言ったのに、計算しないでくださいよぉ」


 ずっと見ている佐藤さんが恐ろしいわ。そんなに私ってヘンなのかしら。


「そうだぞ、佐藤。公然と女性に見惚れているな」


 そう言ってくれる野山係長に救われました。佐藤さんはやっと目を逸らせてくれたのです。


「野山係長、修理が必要なのはどこですか?」


 少し声が上擦っているのは何故ですか。本当に見惚れていたとしたら―――?


「背面から入ってくれ。酷い有り様だ」

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