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ゼリービーンズをつむぐ  作者: Bunjin
第一章 武鎧 摩唯伽
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「げえいんばしょく? これってお店の名前ですか」


 国道沿いの少し薄汚れた店で、『鯨飲馬食』という。そこに佐藤さんは車を止めました。何料理の店なのかは外観からは分からないので、私はどうしたものかと不安になった。


「安くて美味いと先輩たちから教えられた店だよ。実験センターに行く時は、みんなはここで腹ごしらえをするんだ」

「へぇー、御用達になっているってわけですね」

「んー、御用達がお気に入りの意味で言っているのなら、きららちゃんの言う通りなんだけど―――」


 出たぁ、佐藤さんの生真面目。間違った使い方をしているのは分かっているけれど、会話は何となく通じていればいいと思う。


「入ろう。今日は先輩として僕が奢るから遠慮しないでね」


 あっ、ちょっと睨んでいたのがばれちゃったのかしら。気を使わせたかも。


「ホントですか!」


 ここは遠慮しなくちゃならない状況だけど、折角の先輩のお心づくしに甘えましょう。だから笑顔を作って、食べてやるぞぉって意気込みを示してみた。そうすると、佐藤さんが苦笑いをするので、これはちょっと失敗したなって気持ちになりました。


 店内は賑わっていた。私たちのように作業服を着たお客さんばかりいる。そんな中で女性客は私だけみたいでした。佐藤さんの後を追って席の間を通っていると、周囲からの視線が痛いように向けられてくる。お店選びを誤っているって言いたくなりました。


「ここのテーブルにしよう」


 一番奥の席が空いていました。私が壁側で佐藤さんが隣に座ると、他のお客さんからは死角になって漸く視線の餌食から解放されました。私の気持ちを考えてくれている。流石は佐藤さんだと今更に思いました。


「佐藤さん、ここって定食屋さんなんですね。メニューがいっぱいです」


 壁一面に掲げられているメニュー書きの多さに驚きました。何があるのか読むだけでも大変でした。


「そうだね。でも、味噌カツが絶品なんだよ。殆どのお客がそれ目当てに来るからね」


 佐藤さんの注文はもう決まっているみたい。早く決めないといけない雰囲気を出している。


「スミマセン、味噌カツ定食を―――」


 店内の喧騒に負けずに佐藤さんは店員さんを呼んで注文する。それから私を見て、何かの合図を目で送っているようにした。


 何の意味だろう?


 取り敢えず私は店内の喧騒に負けてしまうので、店員さんに耳打ちすることにしました。ちょっと分からないメニューもあったので、幾つか質問しながら楽しい注文が出来たと思います。


 あれれ? 佐藤さんが私を見詰めている。何かいけないことをしたのかしら。でも、怒っている目付きではありません。穏やかに私を見てくれているみたい。


 これは気に入られちゃったのかなぁ。まさかねぇ。まだ半日しか一緒にいないわよ。


「お待たせ致しました。味噌カツ定食と―――」


 料理の提供は早かった。


「鶏の唐揚げ定食。ごゆっくりお召し上がりくださいねぇ」


 うふふと笑って去る店員さん。私の悪巧みは、この後に控えていることを知っている。それは共犯者という立場になったのです。


「あれ?」


 残念そうな声を上げている。そうなのです。私は佐藤さんの期待を裏切って、別の物を注文しました。


「ふんふんふん」


 食事を始めてから、知らず知らずに鼻歌が出てしまう。折角佐藤さんが味噌カツの美味しいお店に連れて来てくれたのに、私がそれを食べられないのが残念で仕方がありませんでした。


「味噌カツじゃないんだね」

「はい。私、唐揚げが大好きなんです。いただきます」


 そう言って食べている途中で、もう一度手を合わせた。でも、本当は佐藤さんと同じものを食べたい。そんな辛い気持ちがして、私の鼻歌は止まらなくなってしまったの。


「お待たせ致しました。クリームぜんざいと鯨プリン、それとアイスコーヒーを二つ」


 私が唐揚げ定食を食べ終わる頃、デザートが運ばれて来ました。内緒で注文していた物でした。


「はぁ、何これ?」

「佐藤さんが遠慮するなと仰ったので、デザートは私の好きな十勝産の小豆と、プリンは鯨と馬の二種類があったので、折角ですから大きいほうの鯨にしてみました」


 ふんふんふんと、私はまた不安な気持ちを誤魔化す。いけない悪巧みをしている。もし佐藤さんに叱られたら、どうやって謝ろうかしら。


 出来るだけ怒られないように、私は美味しそうなスイーツに目を輝かせて嬉しそうな顔を装った。


「いただきます」


 再び、ぱんっと手を合わせて食べ物に感謝を示しました。


「こんなに食べられるのかい」

「あら、プリンは半分こですよ」

「おーい、きららちゃーん」


 スプーンを渡してあげると、佐藤さんは口で言っていることとは裏腹に喜んでくれている。一つのものを二人で分け合って食べると距離感が縮まる。私はそんな親しさに憧れているのかもしれません。


「美味しいーぃ」


 鯨プリンは見た目の大きさと、そのお味に驚かされます。何も期待もしていなくて食べた私は、つい叫んでしまって、慌てて口を手で隠したのです。


 アイスコーヒーを飲んで、クリームぜんざいを頂く。こちらは佐藤さんには注文していない。もしも欲しそうな目をしたら分けてあげよう。『あーん』ってしてあげると食べてくれるかな。


 しかし、その時はいつまで経ってもやって来ませんでした。私はほっとしながらも、残念に思っていることに自分でもびっくりしていました。


 恋人同士でもないのに、私は何を期待しているんでしょう。佐藤さんは私の新入社員教育担当者なのだから一緒にいるだけで、それ以外の理由なんて存在しないのです。


 食事を終えて、先に店を出た。佐藤さんが奢ってくれるので、支払いの間は外で待っていました。


「御馳走様でした、佐藤さん。有り難うございます」


 男性に奢ってもらったのは何度かあります。でも、それは学生同士の同級生で同等な関係だったから、次回にはお返しをしてきました。今は先輩と後輩の差がある。これはどうしたら良いのかと少し悩みの種になったしまいました。

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