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ゼリービーンズをつむぐ  作者: Bunjin
第一章 武鎧 摩唯伽
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 沖合の風浪が次第に大きく高くなっている。時折、波の先端が砕けて白くなって見える。強い風が白波を作っては潰していた。でも、この浜に辿り着く頃には穏やかなさざ波に変わって、なだらかな砂浜に打ち寄せるのです。


 水平線は眼下のずっと先にあって、その空との境辺りを右から左へと貨物船がゆっくりと航行しています。段々とその姿が船底から隠れていくのは、まるで海に沈んでいるようなのだけれど、それが地球の球形を感じるものでした。


 私の朝はいつも早い。それはこの海を見ていたいから。朝食の準備で賑やかな食堂を通って、誰もいない静かなテラス席を独り占めにしている。ここから素晴らしい景色を眺めていると、心の底から幸せな気分になれました。


 食堂でセットしておいたコーヒーメーカーがコーヒーを淹れてくれた頃合いになりました。食堂に戻ると厨房から出て来たおばさんにぱったりと出会ったのです。


「おはようございます」


 笑顔は忘れない。ゆっくりと頭を下げて、平日の朝食と昼食の準備をしてくれていることに感謝しています。


「コーヒーカップを貸してくださいね」


 どうぞとおばさんが気軽に言ってくれました。砂糖とミルクも渡してくれようとしたけれど、コーヒーはブラック派の私にそれは不要だったので、丁重にお断りをしました。


 なみなみとコーヒーを注いで、慎重にテラス席に運んでみる。コーヒーの良い香りが鼻腔をくすぐる。


「ふうーっ」


 席に座って、私は一息つきました。


 海とコーヒー。それは私が大好きなもの。その二つをゆっくりと堪能する至福のひと時。誰かが来てしまうその瞬間までは存分に楽しみたいのです。それはまるで夢の世界―――


 ブーン、ブーン、ブーン・・・


 腕時計のバイブレーションで、私は現実世界に引き戻された。今からがここでの皆との活動を始める時刻になる。


「よし」


 私はこうして気持ちを切り替えて、皆と同じ時間に溶け込む一歩を踏み出すのです。


「おはようございます」


 眠そうな目を擦りながら仲間の皆が食堂にやって来ました。七時からと朝食時間が定められている。出勤時刻の一時間前なのです。私はとうに準備は整っていた。


 今、私は菩提樹重工業株式会社に就職して、新入社員研修を受けています。世間では菩提重工と呼ばれていて、日本を代表する菩提樹グループの主幹企業なので、とても誇らしいことです。そんな立派なところに就職できて、新社会人になったばかりの私は希望に満ち溢れた毎日を過ごしているのでした。


 武鎧摩唯伽【ぶがい まいか】と言うのが、私の名前。少し珍しい名字で、なかなか読んでもらえないことに苦労しています。画数も非常に多くて、名前を書くのに他の人の倍は掛かるかな。


 この研修は富士山が一望できる海辺の保養所で行われていて、ここが会社の福利厚生施設だと知って驚きです。他にも北海道や九州など全国にあると聞かされて、流石は大企業だと思う反面、私はここで務めていけるのかしらと恐ろしくもなりました。


 新卒採用の研修生は、まず社会人としての基礎を身に付けなければなりません。ここの研修では座学やグループワーク・ディスカッションが中心で、企業理念や事業目的を教育されて自分の役割認識と就労意欲をもつようになります。そして、チームワークやコミュニケーション能力を鍛えられるのです。


 約一ヶ月間の保養所での生活と言えば聞こえは良いものですが、団体行動ばかりで常に誰かに見られています。就業時間外でも就寝時以外は自室に籠っているわけにはいかない。夕食の準備に片付け、それに掃除洗濯。生活の総てが研修です。周辺環境こそ快適な場所ですが、学生時代をのんびりと過ごしていた私にはまさに地獄のようでした。

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