終:トーキョームーン
侯爵夫人はベッドの中で目を覚ました。
いつの間にか日はとっぷりと暮れていて、満月から半分細った月が彼女の顔を照らしたからだ。
ふと横を見れば、愛しい英武の寝顔がある。
マスクを外した英武の口から、長い牙がこぼれている。
侯爵夫人は、爪の先で英武の口を閉じさせた。
寝ている間に口の中が乾くのはよろしくない。
常であればこの時間にはとっくに目を覚ましているのだが、よほど疲れているのだろうか、唇に触れられてなお英武が起きる気配はない。
起きる気になれないのは侯爵夫人も同じだった。帰ってきた彼にたっぷりと血を与えたからだ。
気だるさに身を任せようとした時、自分を起こした月明かりが英武の顔に忍び寄るのを見て、侯爵夫人はぷぎぃと鳴いた。
音声操作に反応してカーテンがひとりでに閉まるのを確認し、侯爵夫人は瞼を閉じる。
彼女は豚だ。
遺伝子組み換えで人間の骨髄を持ち、人と同じ血が体を巡っていても。
だから、英武がどこで何をしてきたのかは知る由もない。
しかし、英武が彼女を必要としていることは知っていて、それに満足していた。
体の大きい彼女は英武が多量の血を吸っても死にはしない。
人間では無い彼女は、長く血を吸い続けても吸血鬼になる事がない。
吸血鬼を『人食いの化け物』ではなくすことができる存在。
それが侯爵夫人だった。
侯爵夫人の爪が英武のはだけた胸を撫でる。
そこにはもう、何の傷跡も残っていなかった。




