天の川
僕は近々星になるだろう。
それだからここに一つ、記念として手記を残そうと思う。
そうはいっても過去の記憶を振り返るだけで、そんな大層なものではないのだが。
僕には三個上の幼馴染みがいた。彼女の名は……ここでは伏せておこう。
彼女とは昔、毎日のように遊んでいた。遊んでもらっていたといったほうが正しいのだろうか。
彼女が小学校を卒業すると一気に会う回数が減った。彼女の部活が忙しかったのだ。そして、中学生と高校生になるとほとんど会わなくなった。中学生と高校生の男女を繋ぐには、幼馴染みという肩書きは少し弱かったと言えよう。
それでも年に一回、七夕の日だけは、晴れていても曇っていても、近所の河川敷に並んで座った。
――これからもずっと一緒に天の川を見ようね。
僕が三歳くらいの頃。感動するほど綺麗な天の川が見られた日にした約束だった。そんな約束にすがらないと会えないほど、僕らは、いや、僕は弱かった。
僕が中学三年生の七夕の日。彼女は約束の時間から三十分も過ぎてから河川敷にやって来た。
「おせえ」
「ごめんね」
そう言って隣に座った。
「でも、姉ちゃんが遅刻なんて珍しいな。滅多にしなさそうなのに」
「ははは。少しうたた寝したつもりが、ね」
「そうなんだ」
彼女の笑った顔に少しだけ違和感を覚えた。
「目、少し赤い」
「えっ……」
彼女は恥ずかしいのか、顔を手で隠した。
「なに、怖い夢でも見たのかよ」
「熟睡していたみたいで、よく覚えてないな」
「そっか」
ジメジメとした空気の中で風が少しだけ吹いた。草の擦れる音が心を落ち着かせた。
今日は生憎の曇り空だった。
「天気予報だと晴れだったんだけどね」
「仕方ねえよ。まあ、来年はきっと晴れるだろ」
「私は、今日も晴れてほしかったな」
寂しそうに笑った。それがあまりにも切なくて、なんて声をかけるのが正解なのかわからなかった。
もしその日を境に会えなくなると知っていたら、一体なんと言ったのだろう。
次の日は学校への足取りが重かった。自分の周りの無神経なクラスメイトが彼女の死について聞いてくるような気がしたから。そしてその予感は的中した。
「昨日死んだ高校生ってお前の幼馴染みだろ。なんか知らないのかよ」
「知らないよ」
「なにか少しだけでも教えろよ」
「知らない」
そうやって落ち着いて対応できたのも数分だった。
「母ちゃんが話してるの聞いたんだけど、死体が結構グロかったんだろ?」
頭が真っ白になる。許せなかった。
「……姉ちゃんは綺麗だよ」
「嘘だ。あれだろ、きっと化けも……」
そう言いかけたクラスメイトが、気がつくと地面に倒れていた。
相当痛かったのか、涙目になっていた。
「てめぇ……!!」
そういって僕に掴みかかってきた。
そこからの記憶はあまりハッキリとしていないが、校長室で母親同士も言い合いになっていたのはなんとなく記憶にある。
「俺、最低だ」
帰り道、母にそう言った。
「姉ちゃんのこと助けてやれなかった。何も気づいてやれなかった……」
それまで一度もこぼれなかった涙が次々と溢れてきた。
「あんたは何で怒ったの」
母が優しい声で聞いてきた。
「それは……」
中学生の知識の中で、言葉を選びながら言った。
「何も知らないくせに姉ちゃんにあんなことを言うなんて、許せなかったから」
母は僕の顔を見て涙目になりながら微笑んだ。
「……姉ちゃんのために怒ったあんたは、最低なんかじゃない。あんたのその想いはきっと姉ちゃんにも届いていたと思うよ」
そんなの綺麗事だと思った。
でも、その時の僕を救うには十分すぎる言葉だった。
あれからもう七十年ほどの月日が経った。
何度か後を追うことも考えたが、なるべく多くの土産話を持って行ったほうが彼女も喜ぶだろうと考えてそれは止めた。
もう少しで僕と彼女の間に天の川に橋が架かることだろう。
「僕は彼女が好きだった」
この想いはただの綺麗事でないことをここに告げて、この手記を終わりとしよう。