#3 わたがし
鍵を開け、玄関に入ってきた私と彼女は何をするでもなく小スペースに座り込み話し始めた。どうやら遊び疲れてゆっくりしたかったようだ。どれくらいの時間をそこで過ごしたのだろう、30分ほどだろうか。夕焼けチャイムが聞こえ帰る時間が迫ってきたその時、私は彼女に「目を閉じて」と言いながら彼女の手を握り、人生で初めてのキスをした。この瞬間、私は彼女の私に対する気持ちが分かったような気がした。彼女から体を離すと「誰にも言っちゃだめだよ、二人の内緒にしようね。」と彼女がささやいた。私はこの時の彼女の赤らめた頬を今でも鮮明に覚えている。
そうして私はその後、彼女の一言が脳裏で何度も繰り返され、鼓動がずっと高まっているのを感じたまま次の日を迎えたのだった。それまでの人生で一番ドキドキしていたと今でも思う。
それからしばらくの間、私と彼女は今までと変わらず仲良くしていたのだが、あの出来事が起こったのはこの年の秋ごろだった。
その日は体育でポートボールという競技をしていた。ポートボールは、ドッヂボールくらいのボールを使い、台に乗った人にうまくパスをして点数を競うバスケットボールやハンドボールに似たスポーツだ。私と彼女は対戦相手としてゲームをしていたのだが、出来事はその時起こった。運動しているときは何としても勝ちたいと考える私は、とにかく勝つために燃えていた。行動が荒かった。私は彼女がドリブルしているボールを取ろうとしたのだが、勢い余った私の手は彼女を引っかいてしまった。すぐにゲームは中断され、彼女のもとにみんなが集まってきた。すごい勢いだったのだろう、彼女は引っかかれた場所をおさえ、酷く痛そうにしていた。すぐに謝れば良かったものを、ゲーム中で仕方がなかったと開き直り私は意地を張って謝らなかった。この瞬間、私は彼女から完全に嫌われた。当たり前のことである。しかし私はそれでも自分は悪くないとさえ思った。嫌われる理由がこんなにもそろっているのに、私は自分の中に人から嫌われるという概念がまだなかった。
そこにたどり着くまでの間にいくら仲が良く、長い時間をかけて良い関係を築いてきた相手だったとしても、ほんの少しのきっかけで簡単にその人から嫌われ、仲を絶たれうる。そしてそこから再び仲良くなり、信頼を回復するためには出会いから関係を作っていくよりも遥かに時間がかかる。人間関係とは、とてもか細く、脆く、時間をかけてゆっくりとその輪を広げ大きく強くしていくわたがしのようなものだ。
それまで自分と仲良くしてくれていた人たちに対して私はそのありがたみなどなく、周りに友達がいることが当たり前だと思っていた。そんな私に、自分のことを考えてくれる人がいる尊さや大切さを気付かせてくれる人が現れるのはまだ先のことであるー
彼女から嫌われていると分かったのはその後、彼女を遊びに誘った時だった。
#3 わたがしを読んでいただきありがとうございます。人と仲良くしていくには様々な理由があってのことだと思いますが、嫌われる理由なんてほんの些細なことで十分だと私は思います。嫌われることは怖いことですが、しかしその人がどんな理由であなたのことを嫌いになったのかを考えてみると、今後あなたはどうすれば嫌われるのかが分かり、その行動はとらないと思います。もしかすると、人生の中で嫌われることが多ければ多いほど、それ以上に人と仲良くしていくことのコツを学べる良い経験になるかもしれませんね。嫌われる勇気が必要な理由が分かる気がします。今回もありがとうございました!次回もよろしくお願いします。