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 私たちは屋敷へと戻った。

 とぼとぼ歩きながら、一言もしゃべることなく。

 自分の脚がこれほど重く感じたのは、生まれて初めての経験だった。

 きっと妹たちも同じだったはずだ。

 元気でおしゃべりなサーシャすら、俯いて黙り込んでいる。


 屋敷に到着して、陛下直轄の騎士たちが帰っていく。

 道中にチラッと見えたが、街の人たちは変わらず王城の近くまで押しかけているようだ。

 もしも私たちが彼らの前に出て行けば、どうなるか想像するのも恐ろしい。

 それと同じくらい、これが現実なのだと訴えかけてくるような光景は、私たちの心を揺らがせている。


 十分、三十分、一時間……


 三人が同じ部屋にいて、黙ったまま過ごした時間。

 頭の中では陛下に言われたことがループ再生している。

 感じているのは圧倒的な不安。

 それがいよいよピークに達して、サーシャが震えた声で私に尋ねてくる。


「ねぇアイラお姉ちゃん、ボクたち……どうすればいいの? 王様の言ってたみたいに、一人だけしか残れないの?」

「サーシャ……」

「嫌だよ……ボク、お姉ちゃんたちと離れたくない」

「私だって同じよ。でも……」


 陛下のおっしゃっていたことも理解できる。

 街で広まっている暴動は、私たちの誰かを犠牲にしなくては収まらない。

 日に日に過激さを増している所為もあって、陛下も余裕がない感じがした。


 再び嫌な静寂が訪れる。

 そんな中、カリナがぼそりと呟く。


「わたしは、たぶん聖女に相応しくない、と思う」

「カリナお姉ちゃん?」

「急に何言ってるの?」

「事実だから。わたしが残っても……迷惑をかけるだけ。だから、わたしは追い出されても仕方が――」

「ふざけないで!」


 カリナはびくりと反応した。

 私自身、こんなにも大きな声が出るなんて思っていなかったから、自分の声に驚いている。

 それくらい真剣に怒ったということだ。


「私たちは聖女である前に家族なのよ? 一人でも欠けたらだめに決まってるでしょ。それともカリナは、ここでお別れになってもいいの?」

「……嫌」


 私の質問に対する回答は、言葉よりも涙が早かった。

 カリナの瞳からは、大粒の涙がこぼれ落ちている。


「やだよぁ……」

「私もよ。いじわる言ってごめんね」

「う、ぅ……」


 泣き崩れるカリナを、私はぎゅっと抱きしめる。

 サーシャも瞳をウルウルさせていたから、一緒に集まって抱きしめ合う。

 二人につられて、気づけば私の瞳からも、ポツリと涙が落ちる。


「お姉ちゃん」

「カリナ、サーシャちゃん」


 二人が名前を呼び合う。

 離れたくないという気持ちは、三人とも同じくらい強かった。

 

 そんな時――


「いやはや、実によい姉妹愛だねぇ~」


 パチパチと拍手の音がして、彼は部屋に入って来た。

 声で誰なのかわかっている。

 私たちはゆっくりと顔をあげ、扉の方を確認する。


「……デリント様」

「やぁアイラ、せっかくの美しい顔が崩れてしまっているじゃないか」


 私はごしごしと涙をぬぐい、妹たちを庇うように前に立つ。

 デリント王子の表情が、何かよからぬことを考えているように見えて不安になる。

 何よりこの状況で、普段と変わらずヘラヘラしていることが気に入らない。


「何の御用でしょうか?」

「おっと怖い顔だね。私は君の婚約者なんだよ?」

「まだ正式な婚約はしておりません」

「はっはっは、そうだったな。しかしまぁ、だからこそ良い提案が出来るというもの」

「提案?」

「そうだ。君たち三人でここに残るための、実に良心的な提案だよ」


 三人で残れる?

 その言葉に反応して、妹たちが彼に目を向ける。

 私も驚きながら、疑いつつ尋ねる。


「内容は?」

「簡単なことさ。この中の一人、例えば君が私と正式に婚約すればいい」

「それでは一人しか!」

「早とちりは感心しないな、アイラ。婚約するのは一人だが、残る二人の安全も私が保証しよう」


 デリント王子は両手を広げ、さながら大衆への演説のように語る。


「そうだな。私の持つ屋敷にしばらく匿ってあげよう。当分は外へ出られないと思うが、まぁじきに治まるだろう。二人にはその間、私の世話でもしてもらおうかな?」

「世話……?」

「何をすればいいんですか?」


 カリナとサーシャが尋ねた。

 純粋無垢な二人は、彼の言う意味がわからない。

 おそらく私だけが気付いていた。

 彼の言う世話が、いかがわしい内容であることは……


「それはもちろんお世話だよ。色々とね」


 彼もハッキリとは答えない。

 でも、ニヤニヤとした嫌な笑顔が全てを物語っている。

 要するに彼は、私たち三姉妹を自分の所有物にしたいだけだ。

 そうすれば王国での安全は保障してやると、交換条件をつきつけている。

 理解していない二人ではなく、私に対する要求で間違いない。


「さてどうする? 提案を受け入れるなら、今すぐにでも父上に――」

「申し訳ございません。しばらく考える時間を頂けないでしょうか?」

「――っ、まぁそうだろうな。ゆっくりと考えればいいさ」


 ここで回答をするわけにはいかない。

 頷いてしまえば、全てが彼の想い通りだから。

 デリント王子は小さな舌打ちをして、部屋から出ていこうとする。

 扉に手をかけ立ち止まり、チラッと私を見て言う。


「だが、選択肢は限られているぞ?」


 意地悪な助言を口にして、彼は部屋を出て行く。

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