第七十六話 「救命の血潮」
書き上げたのが午前五時近く、眠い、辛い。
これも全部歴戦激昂ラージャンって言う奴の仕業なんだ。(まだ狩れて無い。けど天の錬金チケット欲しいから絶対狩る)
――その時は、唐突にやって来た。
大太刀を縦横無尽に振るっていたはずの蓮上が、突如膝から崩れ落ちうつ伏せに倒れ込んだのだ。
「っ!? 蓮上!!」
それに対して何時でも恋情のフォローに回れるようにと構えていた迦具矢は直ぐに反応し、倒れた蓮上を抱えてペルセフォネから距離を取る。
一方で、蓮上が力尽きて倒れたのを見たペルセフォネは、至極残念そうに武器を下ろした。
「えぇー、もうお終いなの? 折角好い所だったのに……」
ペルセフォネは心底惜しそうに迦具矢に抱えられた蓮上を見つめていたが、やがて諦めがついたのか手に持っていた大鎌を消して蓮上と迦具矢に背を向けた。
「……やーめた。その彼、蓮上で良いのかしら? 蓮上が倒れちゃったし帰るわね」
そう言ってペルセフォネは背を向けたままなにがしかの魔法を起動する。
『仏の御石の鉢』の解析によって、迦具矢はそれが蓮上からコピーしたであろう転移魔法である事を把握した。
「っ、待て! 逃がすと思って!?」
「やぁね、判っているでしょう? 『逃げる』んじゃなくて『帰る』のよ。この違い、判ってるでしょ?」
「ッ!」
首だけ振り返ってそう嘲るペルセフォネに対し、迦具矢は悔しそうに歯噛みする。
ペルセフォネの言う通り、これは『逃走』では無く『帰還』だ。
何故なら、今のペルセフォネを迦具矢は止めることが出来ないからだ。
『仏の御石の鉢』の解析によって判明した奥義スキル『星の如き者』の能力は以下の通りだ。
・一つ、スキル所持者の心臓が魔力生成機関『蒼星炉心』へと変化する事による魔力保有量の無尽蔵化、及び魔力生成量の超増加。
・二つ、保有魔力量に比例した、スキル所持者の全ての能力の強化。
・三つ、スキル所持者が死亡した場合、一定期間『星の如き者』が機能停止する代わりに全快した状態で蘇生する。
この三つこそが『星の如き者』の能力である。
どれひとつとっても非常に強力な能力だが、特に不味いのは一つ目と二つ目の能力だ。
この二つは要約すると『常時保有する魔力が増大し続け、それに比例して全ての能力が強化され続ける』と言うものである。
ただ棒立ちしているだけでも無尽蔵に強化され続ける。
それだけでも十二分に驚異的な話だが、一番の問題は二つ目の能力にある『全ての能力』の適応範囲だった。
この『全ての能力』と言う言葉にはステータス上における筋力や敏捷などの項目だけでなく、ステータスには表示されない自然回復能力や魔力回復速度、保有しているスキルや魔法、奥義スキルにまで効果が適用され、何より二つ目の能力による強化は一つ目の能力による魔力生成量の増加にも適応されるのだ。
加速度的に際限無く増大し続ける、単体で完結した極めて強力な自己強化スキル。
それこそが『星の如き者』の本質である。
だが、もちろんこれだけ桁外れに強力なスキルに何の制限も存在しない訳が無い。
このスキルは一度使用すれば効果が一時間しか持たず、その一時間が過ぎれば再使用出来る様になるのは効果時間終了から二十四時間経過した後という制限が存在している。
……が、こんな物ははっきり言ってあって無いに等しい様な制限であった。
このスキルの性能から言って、一時間もあれば敵対者全てを皆殺しにするなんて事は非常に容易い。
例えクールタイムがニ十四時間であろうと、決戦用と考えればそう問題にはならなかった。
このスキルの使用が必要になるほどの強敵と連続で戦う事になるなど、そうそうありえなるようなものでは無いのだから。
スキルの発動から五分経過するまでの間であれば、例え能力の数値で劣っていようと迦具矢ならペルセフォネを殺害出来た。
だが、蓮上がペルセフォネに襲い掛かったことで迦具矢は様子見に徹する事となってしまい、そうこうしている間に五分が経過してしまっていた。
現在のペルセフォネは単純なステータスの差で迦具矢を容易く磨り潰せてしまう。
その事を理解している為に、迦具矢は自身を嘲わらうペルセフォネに対して射殺さんばかりに睨み付けること以外出来なかった。
それが、どうしようもなく悔しくて情けなかった。
「それじゃ、蓮上が目を覚ましたら伝えておいてちょうだいな。『次はもっともっとお互いを貪り合いましょう』って」
一方的にそう言い残すと、ペルセフォネは何処かへと転移し姿を消した。
その姿を、迦具矢は消える最後の一瞬まで目に焼き付けていた。
「……駄目、もう二度とあいつと蓮上を会わせない。次に会った時はこの手で――」
「必ず殺す」。
そう口の中で呟いた迦具矢は、一度目を閉じるとすぐさま気持ちを切り替えて抱えている蓮上の容態を確認した。
例えどれほどの怒りや憎悪を感じていようと、迦具矢にとって最優先するべきなのは蓮上の存在なのだ。
「『アオ』! 蓮上の容体は!?」
『――精査完了。非常に危険な状態であると当機は判断します』
迦具矢に『アオ』と呼ばれ答えたのは迦具矢の身に付けるバイザー型の装備であり、迦具矢の神話スキルの一つでもある『|仏の御石の鉢《アナライズ・オペレーション・アタッチメント》』だった。
迦具矢の戦闘補助機構であるアオは、感情の籠らぬ機械的な声で淡々と事実を述べる。
『魔力、生命力の値が共に危険域に存在し、加えて外傷が確認出来ない程度に修復されていますが、心臓が欠損したままで再生する気配がありません。特殊武装『黒百足』が辛うじて稼働して血流を維持していますが、このままでは一時間以内に赤松蓮上の生命活動は停止すると予測します』
「そんな……! アオ、何か出来る事は無いの!?」
『回答。『天破激震の頂』による血流操作が最も効果的であると判断します。血流を確保し全身の細胞の壊死を防げば、一先ずの危機は免れます』
「! 判った、サポートして!」
『了解』
『仏の御石の鉢』のサポートの下、迦具矢が『天破激震の頂』の振動操作能力によって失われた心臓の代わりに蓮上の全身の血液を循環させていく。
血液循環を迦具矢が行う様になったことで『黒百足』で無理矢理血液を巡らす必要が無くなった為、その分蓮上の負担が少なくなったのを迦具矢はアオを通して把握した。
「……よし、これを続ければ大丈夫。アオ、他に何か出来る事は?」
『――演算完了。最優先目標である血流の確保がされた現在、次の優先目標は栄養素、もしくはエネルギーの補給であると判断します』
「栄養素か、エネルギー?」
『肯定。赤松蓮上の肉体は現在衰弱しきっています。失われた魔力や生命力の補給や欠損した肉体を修復する為の栄養素の確保は急務です。赤松蓮上がペルセフォネを攻撃しその血を摂取していたのも、不足した栄養素を補うためのものだと予測されます』
アオにそう説明された迦具矢は右手に持つ機械剣を見つめる。
血が蓮上の回復に必要だというなら、今すぐ用意出来る事を迦具矢は幸いだと感じた。
「――なら、私の血を「私の血を使ってっ!!」!?」
迦具矢の言葉に割り込んでそう叫んだのは、涙ぐんだ眼で蓮上を見つめるメーヴだった。
ペルセフォネが去ったことによる安堵と結局自分の力では碌に蓮上を守れなかったことに対する辛さから涙が込み上げたメーヴだったが、それでも自分にも出来る事があると奮起しふらつく体を押して迦具矢の下へと歩み寄った。
「『五種神宝・活聖命脈』私の血には高い治癒能力があるの。全部絞り尽くしていいから、この人を助けて!」
抱えられた蓮上を挟んで迦具矢の正面へと来たメーヴは、地面に両膝と手をついて迦具矢にそう頼み込んだ。
元々脅威を感じなかった為自然とメーヴを意識の外に追いやっていた迦具矢だったが、自分の命に代えても蓮上を助けて欲しいと言って来たメーヴの言葉に目を見開いて驚く。
「……良いの? いくら女神が頑丈だからって、全身の血を抜かれたりしたら死ぬかもしれないんだよ?」
「構わない。それでこの人が助かるなら!」
迷い無くそう言い切ったメーヴ。
その言葉に迦具矢は、メーヴの中に自分が蓮上に対して持って居るものに負けないくらいの強い思いを感じた。
同じ姉妹であるペルセフォネが蓮上を襲った為にメーヴに対しても警戒の視線を向けていたが、メーヴの言葉を聞き、真っ直ぐに眼を見た事でそんな必要は無いのだと迦具矢は思った。
(――メーヴは、信用出来る。信じてみよう)
「……なら、これを」
迦具矢は機械剣の一部分離させ、形状を小さなナイフに変化させてからメーヴに渡した。
それを受け取ったメーヴは、恐る恐ると言った様子で迦具矢に訊ねた。
「……信じてくれるの?」
「信じる。貴女も蓮上の事を大切に思っているから」
メーヴの言葉に真っ直ぐそう返す迦具矢。
生まれて初めて誰かに信じて貰えたメーヴはその事に対して嬉しさから涙が溢れた。
感情のままに大きく泣き叫びたい衝動に駆られたメーヴだったが、まだ救うべき人を救えていないと自分に言い聞かせ、辛うじて「……ありがとう」とだけ返した。
「うん。蓮上をお願い」
祈る様にそう頼まれたメーヴは、後から後から溢れる涙に頬を濡らしながら左の手を蓮上の口元に近づけ、右手に持ったナイフで左の掌を切り裂く。
スッと引かれた線から零れる様に血が滴り、その一滴が蓮上の口元へぽたりと落ちた。
『百鬼刃』
白木流剣術に伝わる異能の如き力を持つ百の剣技。
開祖『白木 幻桜斎』が編み出した『百鬼を屠る為の剣技』と言われている。
妖魔の存在などと同じく、ダンジョン出現以前から存在する摩訶不思議なモノの一つ。
実のところ蓮上が使っている百鬼刃は自分用に改良した技である為、本来の百鬼刃とは名前含め少し違う。
例)
蓮上『百鬼刃・迫撃』 → 本家『百鬼刃・野槌』
蓮上『百鬼刃・接撃』 → 本家『百鬼刃・影法師』




