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第七十話 「その時何があったのか(中篇)」

(・▲・)「ジュリリィ……(駄目だ、アルバトリオンに全く勝てん。エスカトン弱体化させても通常攻撃が強過ぎる)」

 迦具矢ちゃんを見送ってからしばらく経つ。

 と言っても、五分も経ってはいないが。


 迦具矢ちゃんに後から合流すると言った手前、俺もいい加減覚悟を決めて行かなきゃとは思うのだが、向かった先に居るのが酔っ払って管を巻いているおっさんたちだと思うと立ち上がるのが億劫になる。

 とは言え、迦具矢ちゃんが俺を信じて待って居る以上、これ以上グズグズはしていられない。

 待って居ろ迦具矢ちゃん、俺が今行くぞ!


 フンスッ、と気合を入れて立ち上がり、勢いそのままに飲み会が開かれている会場へと向かおうとする。

 と、そこで―――何者かの接近に気付いた。


「誰だ?」


 誰何しながら振り返るもそこには誰の姿も無かった。

 だが、姿が見えないだけで何者かが居るのを俺は感じていた。

 気配を感じた……と言うよりは、見られている事を、誰かの視線に晒されているのを感じたと言った方が正しいか。

 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているなどと言うが、今この時俺は誰かが俺を見ているという事を自覚し、その視線の先に姿の見えない誰かが居るのを認識していた。


 声を掛けはしたが、相手からの反応は無い。

 傍から見ると、俺が何も無い空間に話しかける痛い奴みたいに見えるが、確実にそこに居る。

 ……何が目的かは知らないが、しらを切り通そうって言うつもりなら多少荒っぽい手段に訴えてでも引き摺り出すか。


 『収納』スキルからいつもの魔導拳銃を取り出し、銃口を姿の見えない視線の主へと向け、判り易くガチャリと音を立てながら撃鉄を起こした。


「もう一度だけ聞くが誰だ? しらばっくれるつもりならこのまま撃つぞ?」


 感じる視線から辿り、相手の眉間があるであろう方向に銃口を向けながら訊ねる。

 これでもなお何の反応も示さないのなら『麻痺弾(スタンバレット)』をお見舞いしてやろう。


 ……しかし、銃口を向けた位置から相手の大体の身長を目算したが、かなり低くないか?

 俺の感覚が間違ってなければ、迦具矢ちゃんより少し高いぐらいの身長しかないぞ?


 ポーカーフェイスを保ちつつも内心で驚いていると、やがて観念したのか空間が揺らめく様にして隠れていた何者かが姿を現す。

 やはり視線を感じたのは気のせいじゃ無かったかと思いつつ、さて一体どんな奴なんだと顔を見て……え?



「……え?」

「あーあ、バレちゃった。隠れるのには結構自信あったし、迦具矢が居ないならバレっこないと思ったんだけどなぁ」



 言葉の割にはあまり残念そうじゃない『少女』の声が聞こえる。

 何らかの方法で姿を隠し、そして今俺の前に姿を現したのは、迦具矢ちゃんより少し上程度の年齢に見える少女であった。


 シックな印象のエプロンドレスを身に纏い、紫色の髪を白いリボンでポニーテールに纏めている。

 悪戯っ気の強い笑顔が特徴的で、姿を消して近付いて来たのは悪意あってのものでは無く、単に俺を驚かせたかっただけなのだろうと感じられた。


 だが、そんな事よりも俺の視線を釘付けにしたのは少女のその『瞳』であった。


 星の輝きを宿すような、深く澄んだ蒼の瞳。

 それは、迦具矢ちゃんの瞳と全く同じ物であった。


「君は……一体……?」

「うん? ああそっか、初めて会った相手には、まずは自己紹介をするもんなんだよね? 人間(・・)って」



 まるで自分は人間では無いと言っているかのような物言いだが、事実としてそうなのだろう。

 彼女が自己紹介をするまでも無く、『鑑定』スキルを発動させた俺の目には、彼女の名前がはっきりと映っているのだから。




「私は『エウロパ』、向こうに居る迦具矢の姉妹よ。お兄さんのお名前は?」




繁栄之女神(はんえいのめがみ) シノミディエウロパ・五種神宝(イクサノカンダカラ)




 迦具矢ちゃんの姉妹、ダンジョンより生まれし幼き女神。

 それがこちらに握手を求める様に手を伸ばしながら微笑んで来た。


 『エウロパ』、名を名乗り手を伸ばして来た彼女に対して、『警戒しなければ』という思いと、『直ぐにでも手を取らなければ』と言う正反対の思いを同時に感じる。


 今でこそ家族として守るべき対象となっているが、この場に居ない迦具矢ちゃんも目の前のエウロパも、本質的には人ならざるモンスターだ。

 実際、迦具矢ちゃんと出会った時は問答無用で戦闘となり、心臓を貫かれて殺されかけた。

 その記憶が、初対面で人となりを把握出来ていないエウロパに対し、警戒すべきだと考えさせる。


 だが同時に、人となりを知り家族として迎え入れるに至った迦具矢ちゃんの存在が、エウロパ受け入れるべきだと訴える。

 対峙しているからこそ判るのだ。エウロパもまた、迦具矢ちゃんと同じく外見よりもずっとずっと幼い存在なのだと。

 迦具矢ちゃんと同質の存在であれば、俺を十分に圧殺出来るほどの力を持って居るのだろう。

 だが、どれだけの力を持って居ようと、目の前に居るのはこちらに手を伸ばして来ている子供なのだ。


 エウロパが自分を迦具矢ちゃんの姉妹と名乗った事もあり、伸ばされたその手を拒む事など、俺には出来そうに無かった。

 だからこそ、危険かもしれないと頭の片隅で警戒しつつも、俺は迷わずエウロパの伸ばす手を取った。



「――俺は蓮上、赤松蓮上だ。エウロパ、君はどうしてここ―――っ!?」

「あは! 引っ掛かった~!」



 ガクンッと、エウロパの手を取った瞬間両足の力が抜け、そのまま地面に膝をつく。

 いや、両足だけではない。頭の先からつま先まで、文字通り全身の力が抜け、エウロパの手を握ったまま両足を地面に着けた状態で微動だに出来なくなっていた。


「こう言うのを、こっちだと『鬼の居ぬ間に』って言うんだっけ? 迦具矢が戻って来る前に成功して良かったよ」

「……! ……!?」

「あはは、息を吸うのに精一杯で、もうお話は出来そうにないね?」


 エウロパの言う通り、今の俺は口にも喉にも力が入らず、辛うじて呼吸する事しか出来なかった。

 感覚としては力尽きるまでマラソンを続けた後のような状態だが、激しい運動をした後の疲労や発汗、呼吸の乱れが無く、ただただ全身の活力が消えてしまったような不思議な感覚であった。


 立ち上がる為に藻掻く事も出来ず、段々と意識が薄れて行くのを感じる。

 これは、なんだ? 体力が完全に底をついている? いや、体力だけではない。体力の他に、魔力まで底をついた感覚がある。

 これは……確か、実際に受けた事は無いが、今の俺と似たような感覚に陥った探索者の話を以前聞いた事がある。

 あれは確か、『吸収(ドレイン)』系統の攻撃を受けた際の話だったはずだ。

 俺の手を握ったまま、悪戯が成功した子供の様に喜んでいるエウロパの顔を見ると、心の無しか先程までより肌艶が増しているような気がする。


 接触した相手の体力と魔力を吸収し尽くす、それがエウロパのスキルなのか?

 そう俺が考えたのが判ったのかは知らないが、エウロパは指一本動かせない俺に対し、自慢するかのようにあっさりと種明かしをした。


「あはは! すごいでしょ? 私の『運命の狩猟者(ライラプス)』は触れた相手の体力と魔力、それに持っているスキルと魔法を全部『奪い取る』能力なんだよ?」

「――!?」


 声にならない驚愕が漏れる。

 反射的に適当なスキルを使おうとしたことで、エウロパの言葉が真実であると理解出来てしまった。

 スキルも魔法も、奥義スキルすらも何一つ、発動させることが出来なかったのだ。


 無茶苦茶だ。

 迦具矢ちゃんのコピー能力も大概ヤバかったのに、エウロパのスキルはそれすらも超えた凶悪さだった。

 相手のスキルを奪い取るスキルなんて聞いた事も無い。



 やはり警戒しておくべきだったかと後悔していると、何故かエウロパは急にバツが悪そうな顔をして視線を逸らし、俺の手を握っているのとは反対の左手で頭を掻いていた。

 その姿は、まるで悪戯がバレた子供の様であった。


「――?」

「あはは……ごめんねお兄さん。実は驚かせたくってちょっと盛っちゃったんだ。お兄さんのスキルは奪って無いよ、一時的に使用不能になっているだけ。ステータスを見れば判ると思うよ?」


 え、そうなの?

 エウロパにそう言われて、俺はステータスを開いた。

 確認するとエウロパの言う通り、取得しているスキルや魔法は消えていなかったが、使用不能を示すかのように、スキルや魔法の名前の文字が暗い灰色になっていた。


「正確に言うと、『奪ってない』じゃなくて『奪えなかった』んだけどね。こんなの初めてだよ。お兄さん、何でか判る?」

「―――?」

「そっかぁ、判んないかぁ」


 何も言ってないのに良く判るな。表情筋すら動かせないから、表情の変化で判断する事も出来ないはずだが。


 ともあれ、スキルを失っていなかったことに安心するのと同時に、今のやり取りからエウロパもまた迦具矢ちゃん同様、根っからの悪では無い事が判った。

 と言うよりも、善悪の判断基準が無いというべきだな。

 力はあっても常識は無い、と言った感じか。

 この辺は迦具矢ちゃんも気を付けなきゃいけない部分だよなぁ。



 まぁそれは置いておいて、問題は何故エウロパがこのような行動に出たのかだ。


 能力を奪おうとしたこと自体は問題では無い。

 迦具矢ちゃんもエウロパも、他者の能力を獲得する事で強くなるという機能を持って生まれたのだから、それを使うのは至極当然の事だと俺は考える。

 人間で例えるなら、道具の使い方を自然と覚える様な物か。


 俺が問題に感じているのは、何故俺の目の前に現れたのかだ。

 エウロパは迦具矢ちゃんが居ない事を『鬼の居ぬ間に』と言っていた。

 つまり迦具矢ちゃんが居れば、自分の行動を妨害されると判っていたという事だ。

 それを理解した上で、何故俺の下に来たのかが疑問だった。


 スキルや魔法を奪い、自身を強化する事が目的であるのなら、俺でなくとも良かったはずだ。

 それこそ、自分と同格の存在である迦具矢ちゃんが居るこの場よりも、もっと別の場所に行った方が効率も良く、リスクも少ないだろう。

 何せエウロパは、これでも一応は国内最強格の探索者の一人と呼ばれている俺を一方的にボコボコにした迦具矢ちゃんと同じ、『神話個体ボスモンスター』なのだから。

 人間の探索者で彼女たちに勝てる者など早々居ないだろう。



 なのに何故、エウロパは自身にとって数少ない脅威である迦具矢ちゃんが居るこの場にリスクを冒してまで現れたのか?

 その答えは、エウロパ自身の口から語られた。



「――ん、そろそろあいつ(・・・)が来るね。私も早く逃げなきゃなぁ」



 あいつ? 逃げなきゃってどういう……。

 エウロパが呟いた意味深な言葉に疑問符を浮かべる中、エウロパは握っていた俺の手を放し、今度は俺の顔を包む様に両手を添えて、お互いの鼻先が触れ合いそうなほど近い距離で俺の顔を覗き込んで来た。


「ホントはね、スキルを奪ったらすぐ逃げるつもりだったんだよ? けど、お兄さんとお話……は、あんまり出来なかったけど、一緒に居るのがなんだか楽しくてつい長居しちゃった」


 そう言うとエウロパは俺の顔に添えていた両手を放し、何故か自身の髪を結んでいた白いリボンを解いて、それを俺の右手にキュッと結んだ。


「……不思議だよね。さっきまで私さえ生き残れればそれで良いと思ってたのに、今はお兄さんにも生きてて欲しい、また会ってお話したいって思ってるの。だから、『運命の逃走者(テウメソス)』をちょっとだけ貸してあげる! また会って、今度はゆっくりとお話ししましょう。お兄さん!」



 微笑みと共にそう言い残すと、エウロパはその場から姿を消した。

 見た感じ、俺から奪った……いや、奪えてないんだからコピーしたというべきか。

 俺からコピーした転移魔法を使って、エウロパは何処かへと姿を消した。


 嵐の様な少女だった。そんな感想が浮かぶが、本当に嵐が来るのはこれからかもしれない。

 『あいつ』が来る、だから逃げるエウロペは言っていた。


 神話個体ボスモンスターであるエウロパが、戦いもせず逃げようとする存在……。

 そんなものがこの場に来るのなら、迦具矢ちゃんや職人仲間の皆も危険だ。

 何とかこの事を伝えないと!


(つっても動けないしなぁ。『五色教典』だけでも『収納』スキルから出して持ち歩くべきだったか)


 ある種の人工知能が搭載された『五色教典』なら、今の様に俺が動けない状態でも自己判断で色々と働いてくれる。

 だが、残念ながら今の俺はスキルが使用不能の状態である為、『収納』スキル内に仕舞った『五色教典』を取り出すことが出来ない。

 いやそれだけじゃない、『蓬莱鉱山』での採掘に一区切りついた現在、探索用の装備類は全て『収納』内に仕舞っている。

 今着ているのは動き易い普段着だけで、防御力的にはほとんど裸一貫に近い状態だ。


(不味いなぁ。せめて『朱雀羽織』があれば違っていたんだが、あれは『神龍の角槍』に括り付けてどっかに投げちゃったからなぁ)



 色々とタイミングが悪過ぎるなぁ。と感じていると、サクッと草を踏む音が間近から聞こえて来た。

 もう来たのか! と驚きつつ、辛うじて動く眼球を動かして足音の主に視線を向ける。

 するとその足音の主と目が合い、そして―――




(ああ、こりゃ死んだかな……)




 自然と、そんな感想が思い浮かんだ。


 足音の主は、迦具矢ちゃんやエウロパと同じ蒼い星の瞳を持っていた。


 だが、それ以上にその瞳は、俺にとって良く見慣れたものであった。




(ああクソ、体が全く動かない。迦具矢ちゃん、みんな……せめて逃げてくれ、こいつは駄目だ)




 おそらくは迦具矢ちゃんとエウロパの姉妹であろう少女。


 彼女が俺を見るその瞳は、狩人である俺にとって非常に見慣れた……獲物を前にした肉食獣の物であった。

次回、蓮上死す。デュエルスタンバイ!

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